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うどんに涙──終
やっと傷をふさぎ始めたかさぶたが癒えたのは牛島が鈴花の薬になっていたからだった。

天童が学食に行こうとしていた昼、窓の外のベンチに二人を見つけて、によりとした。
「若利君、彼女の手作りベントーとか! うらやま〜」
「船津のやつ、珍しく張り切って教室出てったと思ったらこーいう事かよ」
瀬見も、「いいんじゃねぇの」と言って、一瞬見守っていた。
鈴花が作ってきたのだろう弁当を、のどかな様子で食べ始めた二人の後ろ姿を。
二人はたった今、箸をつけた様子だ。
「あれ? ウシワカ君と……彼女?」
天童と瀬見の傍を通りかかった女子がそう言ったが、もう一人の女子が首を傾げた。
「えーその割には距離遠くね」
そう言って、通り過ぎていった。──
確かに、恋人と言うには、座っている距離がそう近くない。
合間に一人くらいは座れそうな、そんな距離感だ。
けれど瀬見と天童には今も見えた。
牛島が何か言い、鈴花がほころぶような顔をした。
牛島が微かに優しげな眼差しを向ける。そんな、見慣れた光景が。──
「なんなんだろネ? あの長年連れ添ってる感てさ〜?」
「落ち着いてるクセにたまに突っ走んだよな、若利のやつ」
「こないだもいい加減名前で呼べ〜って、みんなの前で迫っちゃってたよネ? 船津ちゃんメチャクチャ照れてたつーのに」
「ま、そのうち呼ぶんじゃねえの」
さあ、早く行かないとランチ売り切れんぞ、と言って、二人は窓際を後にした。
そっと見守られていた二人は二人きりで、弁当を食っていた。
「鈴花、これはなんだ」
「あっ……包んでないしゅうまいだよ、誕生日に貰った本見て、作ってみたの……」
「うまい」
黙々と食べていくのに、しっかり感想を伝えてくれる。
そんな彼だから鈴花はまた作ってきたくなる。
「たくさん入っていて安いから、と、冷凍の焼売を買っていたな」
「あっ……一番最初、一緒にスーパーに行った時……そういえば」
思い返すと懐かしいくらいに、少しづつ弁当の中身は変化を見せて、何より変わったのは鈴花が明るい顔を見せるようになったことだった。
「この間は米の水加減を間違ってしまったと言っていたが、今日はしっかり炊けているな」
「うん、この間は初めての炊き込みごはんだったんだけど……牛島くんにも食べて欲しかったのに……次回はうまくいくようにするね」
鈴花が苦笑したけれど、
「一度二度失敗してしまってもいい、おまえが前向きだからそれでいい。そのうちうまくできるだろう」
その苦笑は柔らかなものに変わった。
鈴花が微笑むと、頷くと、牛島も彼らしくありのままそうする。
天童が”あの長年連れ添ってる感”と表現したように。──
「ところでうどんはまた打ったか?」
「昨日またやってみたよ、まだまだ上手くできないけど、けっこうおいしかったよ。筋肉痛になるかと思っちゃったけど。──そのうち……食べに来てね」
「ああ、邪魔する」
時折あるこんな時間が時折でもいいと思えるのは、信頼しているからなのだろう。
弁当箱を再び包みなおした頃、学食帰りの天童と瀬見が窓の向こうに見たのは、寄り添っている二人の後姿だった。


あたたかい湯気がほのかに上がり、小さな部屋の中に二人きり──。
連戦後なので、明日の朝練は取りやめになった夜、牛島は鈴花の手料理をふるまわれていた。
とは言っても、うどんと、素朴なおかずのみ。
量だけはあるから、と鈴花が牛島に箸を渡した。
「うまい、あたたまる」
「よかった……あっ、おあげさんまだあるよ、入れる?」
「ああ」
いつかダンボールだらけだった部屋が今はもう──台所の棚の上には白布家から譲られたホットプレートが。
ベッドサイドには天童が貸してくれたジャンプが。
テーブルの上には白鳥沢のメンバーの写真が飾られている。

「今度のテスト期間、終わったらまたお好み食べに来てくれたらいいな……みんなで」
「俺はお前が好きだ」
鈴花がお揚げさんを思わず落としてしまいそうになって、けれどそうっと牛島の器に入れた。
「だから、皆がここに邪魔する機会があっても、何があっても、俺は絶対に筆頭として居たい。天童にはそういった独占欲がいいのではないかと言われる。瀬見にはたまに心配される。俺が鈴花を大切にしているからこそ、窒息させてしまうのではないかとな」
うどんをすくった鈴花が驚いて箸を止めた。
「窒息って……そんな縛られてるなんて思わないよ」
「平たく言うと、亭主関白のようになったなら、鈴花も戸惑うだろうと──そう言われた」
「だいじょうぶ。ついて行きたいから。──それに、私がもし泣いちゃっても牛島くんがちゃんと受け止めてくれるし、私が間違ったことをしたら、ちゃんと叱ってくれるだろうし……そういう牛島くんが、好きだよ」
二人、小さな卓に向かい合い、うどんをすすっていた。
まだ太さが違ったり、ところどころ十割蕎麦のように途切れたりする手打ちうどん。
けれど、あたたまる。──
「鈴花が戸惑っても、躊躇することなど許さずに引っ張っていきそうだと、俺も思う」
「そういうところも好きだよ。私が息切れしたらちゃんと待って、励ましてくれるだろうし──好きだよ」
「ありがとう──。うどんも、うまい」
「……ん、ありがとう──」
湯気がほわわとして、だしの程よいうまみが沁みる。
「これから先も俺だけが食えればいいと思ってしまう。独占欲がないとは言えない」
「牛島くんみたいな凄い人がそう言ってくれるなんて嬉しいよ」
ほわほわ、ふわりと──この空間はあたたかい。
「凄いやつか」
「そうだよ、私に一人じゃないって思わせてくれるから」
「そう思わせるやつは俺でなければならないと言って欲しい」
「牛島くんじゃないとだめだよ」
牛島が頷いた。
「そろそろ若利と呼ばないのか」
「じゃあ若利くん、て呼ぼうかな」
「若利でいい」
「じゃあ……若利、おかわりする?」
「ああ、頼む」
やがてあたたかなうどんが再び器に入れられて、目の前で湯気を立てていた。
「若利って、自然に呼べてるかな」
「ああ、すぐにそれが当然になる」
鈴花が嬉しそうに笑った。
何年経ってもこうしてゆったりしている二人の未来が見えるようだった。


うどんに涙──終

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