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誰もいない家──R18 終
「あっ、あっ、あっ……」
鈴花が嬉しそうに喚いた。
日佐人のそこを濡らしているものを丁寧に舐めていた。
「もったいな……い、だめ、ぜんぶ、わたしの……」
呼吸を荒げながら、濡れた蠍が股を這う。
そんな感覚が恐ろしくもあり、感触は嬉しくもあり、けれどどこか恐ろしくもあり──
いや、恐ろしいなんて思いたくない日佐人だから、鈴花は必死に努めた。
「鈴花さ、そんな、あっ……まだ、びくんってなっちゃって……オレ……それに手も、痺れて……」
鈴花がぴくりとした。
縛られている、自分が縛った日佐人の手首は彼の腰の下にあるまま。
「日佐人くんの手首、痺れたの……? かわいそう……でも、ほどきたくな……居なくなっちゃったら、いやだよ……」
「いなくなったりなんかしない……!」
鈴花がびくりとして、泣きそうな顔を向けた。
錠が──鈴花の背中の向こうで鈍く佇んでいた。
「鈴花さん……オレ、居るから……手、外しても、鍵とっても大丈夫だから……オレ、居るから」
「日佐人くんだっていつ居なくなっちゃうかわからないじゃない!」
悲鳴だった。
「ここには誰も、帰ってこないよ……寂しいよ、寂しいよ」
この広い屋敷がことさら古びて見えるのはひっそりとしているからだろうか。
どこか物悲しく存在するのは、一人住まい同然である鈴花が寂しいからだろうか。
「……っ置いていかないで……もう、一人はいや……」
涙はぼろぼろと零れるのに、その瞳は宙を彷徨っていた。きっとそうだったのだろう、幼い頃から。
この広い屋敷であたたかい部屋を求めて彷徨っても、ただひたすらに冷たい廊下としんと凍えた部屋が延々と続くだけだった。
冷たい床にぽろぽろと落ちてゆく涙は優しさに拭われることすらなかった。
迷路のような屋敷に一人、取り残されたまま。

日佐人がどうにか身体を起こして、再度願った。
「鈴花さん、だいじょうぶだよ。鈴花さんに触りたいから、リボン外して欲しいんだ、だいじょうぶだよ」
「あ、う……」
ぼろぼろと寂しさがこぼれて、絶対にはずしたくないと、髪を振り乱していた。
「それとも鈴花さんは、信用できないオレを好きになったの?」
髪はまた左右に振り乱れた。
「こうすれば、少しは触れるけど」
日佐人が、腰を上げて、鈴花の頬にキスをした。
涙を拭ってゆく。
頬にそばかすをあてた。鈴花が安心できるように。
「ごめん、鈴花さん、オレ、まだガキでこんなやり方しか……でも、寂しくさせないから。それから悪いけど、鈴花さんがもし別れたいって言っても手放す気はないんだ」
「日佐人くん……」
濡れた瞳が”ほんとうに?”と訊いていた。
涙の向こう側に見えたのは、好きになった彼のほのぼのとした笑顔だった。
それはなんてあたたかくて。
「あっ……あ、わたし……っ」
彼と出会うまで、こんなに安心できる笑顔を鈴花は見たことはなかった。
──本当に俺の子か?
猜疑心を持つ冷たい目と、
──あんたさえ産まなければ今頃は。
気色悪い汚泥を見るような顔なら、幾度も幾度も見てきた。
そのどれもが、今この安堵感に塗り替えられてゆく。
冷たい床に落ちてゆくだけだった涙を拭ってくれる人をやっと見つけた。迷路のような廊下の出口に導いてくれる彼がここに居る。いつその引き戸を開けても、あたたかい部屋がここにある。──
「は、ぁあ、日佐人、く……っひさと、くん、わたし、うぁ、ああ」
日佐人がゆっくり、鈴花の濡れた頬に頬を合わせた。
安心できますように──。
「自分で無理やりはずしてもいいけど、やっぱり鈴花さんにはずして欲しいんだ」
──オレを信じてくれるなら。
日佐人がゆっくり背を向けた。
鈴花の手が、わたわたとおぼつかなくリボンに食らいついて、震えてなかなかはずせない。
「んっ……あ、あごめんね……」
「ゆっくりでいいよ。どうせ今日は帰らないから……あの、帰らなくても、いい? 鈴花さん」
「あ、あ……っ」
日佐人が感じたのはどうにかこうにかリボンをはずしていく震えた指先と、手に降りかかってくるぼたん雪のような、けれど熱い涙。
どこかどっしり、のんびり構えていたなら、すうっと──手首に開放感があった。
「は、ずれたよ、ひさと、くん」
「うん」
頷いたなら、すばやく振り返って、ぎゅうぎゅうに抱きしめた。
「はぁ……っやっと触れた」
「日佐人くん、ごめ、わたし……っ」
「いいから、怒ってないから、嫌いになってないから、安心していいから、信じていいから、戸の鍵もはずしていいから、いなくならないから、大丈夫だから、大好きだから」
撫でてやればかろうじてスカートしか纏ってない鈴花がただ子供のように泣きじゃくっていた。
やがて眠ってしまって、日佐人もそうした。
──どうかあたたまりますようにと願って。


鈴花が目覚めるとそこはあたたかい腕の中だった。
瞼が少し腫れぼったくて、日佐人が温かいお茶でも持って来てやろうと気遣った。
「あ……でも、鍵が……椅子もないし……」
そう、和室な為に、文机と座布団、そして布団しかない。
「鈴花さん、本棚の上の鍵、無理して取らなくていいよ、オレが取るから。でも、机に足を乗せるのは申し訳ないし、脚立持ってこよう。どこ?」
「玄関の近くに……でも、戸、開かないし、窓から出るの?」
そう、戸には錠がしてるままで、手の届かない本棚の上に鈴花が放った、その鍵をどう取ろうか、ということなのだ。
「そういえば……こうすれば大丈夫だね。引き戸のこっち側をほら、」
日佐人がすんなり開け放った引き戸の右側。
鈴花が錠をつけたのは左側だけだったのである。
つまり、古い家屋だけに古いタイプの左右一枚づつ、二枚張りの引き戸だったのだ。
その二枚同士がしかと動かないようにすればよかっただろうに。
「あ……」
鈴花は自分の間抜け加減にぽかんと、唖然と、そしてなんとも言えず、気が抜け落ちた。
そこに見えたのは日佐人のやんわりした表情だった。
「鈴花さんが壁に投げつけたはさみをどうにか拾って、リボンを切ってもよかったけど、切っちゃったら、鈴花さんに悪いと思って……」
そう言いながら、あぶない道具を片付けた。
リボンをそっと手渡した。
鈴花がぽかんとしている合間に、日佐人はひしゃげて転がっていたペットボトルを拾った。
「鈴花さん、零しちゃった水、拭かないと畳に悪いよ」
「ん、う、ん……と、りあえずティッシュで……」
二人いそいそと拭いていて、鈴花は日佐人の横顔を見つめてしまう。
その横顔が鈴花を見た。
「鈴花さんお風呂に入ったりする?」
「できれば……一緒に……」
「じゃあその前に買い物行こう。オレ、ごはん……簡単なのしかできないけど、つくるから食べて」
「いいの……?」
「明日は日曜だし、学校もないけど、オレが基地に行くまで一緒に居て欲しいんだ」
鈴花が頷いた、何度も。
「寂しがる暇なんかないよ」
そう言ってくれる優しい彼に飛び込んだ。
「それに、あの……オレからもちゃんと、したいし」
少し頬を染めた彼の胸に。


「それから、鈴花さんのこと──寂しかったこととか、無理して言わなくていいけど、もっと、よかったら聞かせて。
それとごはん、上手くできなかったらごめん」
買い物に行った後だった、二人、ごはんを作りながら──。
コンロの前に立ち並びながら。
「やっぱりもう一回縛りたいよ……日佐人くん」
「え!?」
日佐人が、やきめしを盛っていたしゃもじを落としそうになった。
鈴花の唇は耳元に迫る。
「私に、ね、縛られて悶えてた日佐人くん、かわいすぎて……どうしよう、後何万回かしたい……ごはん、食べながらえっちなこと、いっぱい、してもいい……? そうそう、さっきの鎖と錠ね、今度は引き戸じゃなくって、日佐人くんの手首につけてみたらどうかなあ」
「鈴花さ……っそんなことしなくても、オレ……っ」
いなくなったりしないのに──。
けれど鈴花は清清しい笑顔で言うのだった。
「だってかわいかったんだもん。これから先も二回に一回は縛らせてね」
「え!? あっ……それは……く、びそ、んな、吸われたら、あっ……」
「かわいい、かわいい、日佐人くん、かわいい、ごはん食べる前にあと500,000回はしたいよ……」
物理的な問題はさておき、キスくらいなら500,000回できるかもしれない。

二人以外誰もいない家で──





あとがき

「日佐人お前、ちょっと来い」
「お、なんだ、諏訪さんが笹森にカベドンしてるぞ」
「あー太刀川も来い! こいつ彼女に縛られやがってんだよ!」
「束縛ですか? 危険なほどに愛されてるな!」
「嵐山さん、まで……っ」
「はは、ダンガーだな!」
「そうだっつーんだよ! 見やがれ首とかつけられまくりだろ! ココまですっか日佐人何歳だと思ってんだ!」
「トリオン体だったらカモフラできるしいいんじゃないか?」
「そうだな迅!」
「狂おしいほどダンガーだね〜」
「犬飼せんぱ……っそんな、鈴花さんは、あの、」
「愛されてるんだ? こんなにアトがいっぱいだよね……うらやましいなあ、笹森日佐人くんさあ」
「あっの……好き、で、いてもらってて……あの、好きです、オレの方が……彼女のこと」
「ふうん、照れちゃってかわいいね、ささもりひさとくんはさ?」
「犬飼はうちの日佐人イジんじゃねー!」
「なんだタダのキスマークか〜」
「うるせえ出水! 日佐人のカラダ中こーなんだっつーんだよ!」
「う、うらやましい状況……! ゾエさんだってそんな目に遭いたいよ……!」
「あっ……あの、オレは嫌じゃ……あの、鈴花さんが好き。すぎて……喜んで、くれるので……お互いさま。なので……」
はい、解散解散、諏訪さん心配性じゃん、と皆々、手を振ったが──
「ああ──うんうん、幸せな未来しか見えないな」
「迅さん……見えた、んですか……?」
「ああ、ちょっと刺激的だけどな」
迅がいたずらっぽく笑ったもので、諏訪もカベドンをやめた。

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