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曖昧だった人──白布 上の続き
曖昧さを気に掛ける余裕なんてない。
というか、もちろん記憶にはあるけど、そんなもんだ。
「はぁ……っ」
「けんじろ〜ジャグリングしてもいいよん〜」
「天童さん……いつもみたいにおもしろおかしく言おうとして上手く言えてないくらい、へばってますね……」
「あづいネ〜」
そう、誰もがへばるスパルタ練習──毎日の事だけど、今日は特に気候が蒸すし、これが地味にキツイ。
「ジャグデジャグリングだ!? なに言ってんだ天童ハハ」
瀬見さんのツッコミもキレがない。
テンションもおかしいくらい、今日はほんと──練習試合でふがいなかったせいもあってか、監督には凄まじくしごかれていた。
「ったく、まだ明るいな」
日が暮れ果てるまで練習だ。
でも、まだ練習かよなんて思わない。俺は思う暇もない。
「……っし」
ジャグに水を……。
「白布さん運びます!」
「ああ、お願い」
一年達が運んでってくれた。
後少し休憩か──。
水場から続くこの通路も風の通り悪くて蒸すな、ちょっとグラウンド側で休憩るか。──
なんかいつもより騒がしい声が聞こえる。
野球部が試合でもしてんだろう。
スポドリ飲みながら、休憩がてらゆっくり歩きながら──あ、やっぱ野球部じゃん。でも試合じゃないみたいだ。
休憩は後十分くらいか。
五色のやつ、ヘコんでたし、ったく。
グラウンド見える辺りでもやっぱちょっと風の通りがいいくらいだな。
体育館戻るか。──
「鈴花──!!」
なんか聞いたことのある声だ。
確か、食堂で──曖昧の友達なくせに、まるで逆な張った声。
そういや、あの曖昧って鈴花って名前だったよな。
一応先輩なのに俺の頭の中じゃすっかり曖昧呼びになってる。
まあ俺の頭の中なんて誰も知らないし、それはいいけど、どうしたんだ?
「おっ……船津じゃん……っ」
なんか、野球部の連中も休憩に入ったのか──なんか、見てる、俺も見た。
「……は」
タオル、落としそうになった。
グラウンドじゃ野球部、その向こうじゃ、あれって──
「鈴花先輩──!!」
走る、走る女子がそう叫んで、鈴花先輩とかいう人からパスをもらって──
「は……あ?」
タオル、拾えないだろ。
ゴールネットが揺れた。チームメンバーが走って、走って、喜び分かち合ってる。
「鈴花ナイスアシスト!」
そんな声が聞こえた。
ぐっとガッツポーズして笑顔で走ってくのは──
「曖昧先輩……」
俺は呆然としてぽろっと。そう言ってしまった。


何がどうなってる。
あんなどんくさそうな、いや、どんくさかったろ、”ウシワカくん勢”にちょっと突き飛ばされて力なく転んで、文句も言えなかった人。
学食で座ろうとした席を後から来たヤツに譲っちゃうようなお人好し超越したバカみたいなところ。
控えめな声で曖昧な苦笑してるしかなかった人。
そんな見ててイラつかせる曖昧が、今、拳突き上げて、指で相手のゴール指して、チームメイトを鼓舞してめちゃくちゃに駆けてる──。
「は……あ? 嘘だろ」
思わずそう言うしかない、なんだあれ、鈴花って同じ名前のそっくりかよ!?
「……っ」
思わず体育館戻って、シューズ履き替えて、そっちの方に駆け込んだ。──
「はぁ……っ練習試合!?」
「えっ、あっ……相手、結構強いみたいだぞ」
なんか、俺と同じで休憩時間に見学してたっぽい剣道部の誰かがそう言った。
目の前じゃ女子がボールを蹴って、走りまくってる──そう、女子サッカー部だった。
「上がれ──!!」
「十番ケア──!!」
張り合う声が鳴り響いて、走る、走る、走って──。
「そんな高いパス……っ届くのかよ!」
目の前の光景がホント、信じられないくらいに──
数人入り乱れて飛んで、体当たりされてもあの曖昧は、ああもう曖昧なんかじゃない、なんだよその闘志。
飛んで、競り合って、歯を食いしばって、ヘディングしてる。
パスが飛び出た。
「……っカウンター!!」
叫んで、また走ってく──顔つきが、全然違う、別人みたいに。
なんだよそのジャンプ力──いや、違う、競り合う時に敵のディフェンダーの肩を利用してより高く飛んだ……のか?
闘志だけじゃない、クレバーだ。
なのに器用に見えないのは、なりふり構わないボールへの執着が見えるからだ。──
「……っ!」
思わず息を呑んだ。
相手チームに体当てられて、すっ飛ばされそうになってもそのばんそうこう貼ってる膝で堪えて、振り切って、走ってく。
長い、パスが通った──。
「よっしゃいけー!!」
隣で見てる剣道部が応援してる。
けどこんな長いパス、誰も居な……
「はぁ!? 追いつくのかよ!?」
しかも、その勢いで逆スライディングしてしまって、土塗れになりながら。
「いけー!!」
そんな雄叫びっていうのか、上げながら、すぐにまたグラウンド走ってく。切り込んでく。
フォワードだろうか──白鳥沢女子サッカー部のエースだろう人がゴールした。
「ウォアァアアアアア二連続ッシァアア」
隣の剣道部も興奮してる。──
ばっとスコアボード見たら、逆転してるし。
「鈴花ナイスアシスト──!! 辻ちゃーんナイッシュー!!」
そう叫んでるのは食堂の時の曖昧先輩の友達で、
「みんな──!!」
たった一言だった。
そう叫んで、まっすぐに敵陣のゴールを指したのは曖昧。
「ァアアアアアア」
……っこの怒号、なんだよ。
あんな曖昧だった筈の人がこんなにチームを鼓舞して、誰よりも泥臭く体当たりして、ボールを操って、まっすぐにひたすら──突き進んでく。
「……っ相手、青葉女子だろ? もしか、勝っちゃうんじゃね?」
剣道部が言ってる。
ん? 青葉城西っていうとやっかいな顔を思い出すな。
いや、今はそれどころじゃない。
逆転したってまだ一点だし、俺は詳しくないけど、向こうの方がディフェンスとかのシステムとか、ちゃんとしてる気がする。──
なのに、声を張り上げて味方のライン指示して、どんな零れ弾にでも食らい付いていく人が見える。
なんだよ、びっくりしただろ。
あんた曖昧な苦笑いしかできない人じゃなかったのか──。
俺がどっかでそう思う事自体がバカらしいくらいに、なんだよもう、そんながむしゃらにボール追いかけて。
「……っな」
あの人があんまりボールに食らいつくもんだから、相手チームの選手がたまらずユニフォームを引っ張った。
「なっ……反則じゃないのか!?」
審判どこ見てんだ!
あの人が転倒しそうになった──けれど爪先はボールを蹴った。
「おっ……ループパス? なんつうのアレ!?」
隣の剣道部が興奮してる、俺も震えた──その弓なりのパスは相手ディフェンダーの頭上を通り抜けて、
「よっしゃ鈴花任せろ!!」
そう叫んで走りこんできた──確か辻って呼ばれてた10番の選手に見事に渡った。──
「ウォオオすげー!! ドリブル早っ!」
確かに、速い──あの人はというと、ユニフォーム引っ張られた事なんかなかった事みたいに、タフにサイドっていうのか? ライン際から上がってく──。
めちゃくちゃ足が速いってわけじゃないのに、パスを呼んで、敵のディフェンダーを引きつけて、10番の選手の道を切り開いてく。
「くそ……っ」
思わずそう言ったのは俺だ。
10番がボールを奪われた。あの人はそのすぐ傍まで駆け込んでる──。
「……っな」
敵チームのクリアっていうのか? 蹴ったボールを体を張って止めた。
「うおお顔面ブロックかよ〜女子なのに」
隣からそんな声が聞こえる。
あの人は痛いだろうに、顔は闘志剥き出しのまま。
その覇気に引っ張られるように、他のチームメイトもボールに食らいつく。
ゴールする為に。──
「……っ取った!」
そう叫んでしまったのも俺だ。
だって何だよあの人、ひたすらがむしゃらで、一歩も譲らなくて、
「……っ船津決めるか!?」
野球部の誰かがそう言ってるのがどっかから聞こえる。
船津って誰だ、あの人か、あの曖昧”だった”人か。──
今は名前なんかどうでもいい。
また激しく当たられても、堪えてボールキープしてる人があんまり泥臭くて、くそ、応援したくなるとかなんだよ──。
あの人が思い切り脚をしならせた。
誰もが思う、シュート体勢。
「いけ……っ!!」
思わずそう叫ぶしかないだろ。
こんなに目の前の壁をぶち抜こうとしてる人を目の当たりにして──。
なのにあの人はシュートを失敗して、いや、踵から蹴りだした──後方に。
「なっ……自分が打つんじゃないのか!?」
そうだよもう俺は思わずガンガン見ちゃってんだよ、点、入れ──。
ボールは敵のディフェンダーを嘲笑うみたいに、後方にパスされた。
そこにすかさず入って来たのは10番だった。
一瞬後に怒号が響き渡った。
相手チームのゴールキーパーが膝まづいてる、ネットを揺らしたボールが余韻を残して転がってく。
「ッァアアアアアア!!」
叫びと、笑顔と、
「辻ちゃんッシァアアア!!」
そんな声と、
「船津キャプテンナイスアシスト──!!」
互いに飛び掛って、抱きついて、肩を掴みあって激しく喜ぶ女子サッカー部がそこに居た。
笛が鳴った。
「……っホイッスル……?」
そうか、ロスタイムって奴も過ぎたのか。
白鳥沢女子サッカー部が勝利をおさめた──。
「……っふう」
思わずそう零した。
なんか劇的で興奮したとか、自分でも驚くくらいに。
「みんな──! 行くよー!!」
”あの人”が──チームメイトを盛り立てて、試合を見てた誰かや俺が居るこっちの方に勢いよく走ってくる。
全員で──。
「はいっ! せーの!」
そこで全員ハイジャンして挨拶だ──。
サッカーのノリってまた俺たちとは違うな。
ゴール決めて飛行機みたいに走ったりとか、テレビで見たことある。
やばい、俺もそろそろ休憩終わりだし戻らないと。
ちらっと振り返ったら、あの人は、相手チームのキャプテンだろう人と握手したりしてる。
そういやさっきのアシストも船津キャプテンナイスって言われてたし、そうか、苗字は船津ね、ふうん。
船津鈴花──衿ピンは三年生、なのに俺って二年にも遠慮がちで、曖昧に苦笑してた弱弱しさがあって──
なんだよ船津鈴花先輩、全然弱くなんかないじゃんあんた。
普段は消極的でもサッカーやる時は豹変とか。
いや、よっぽど好きなんだろ、サッカーが──。
脚だって早いとは言えないし、もともとの身体能力はそんな高くなくても、こんな輝けるほど、練習してんだろ──。
何より、自分が点を決めるより、体を張って止めたり、囮になって味方を生かすプレーが多かったように思う。
俺はやっぱサッカーそんな詳しくもないけど、あの人のプレーは根性サッカーみたいで、なのにあのループパス? とか、最後のヒール? とか、どれだけ練習したんだろってわかるくらいの技術もある。
それに、あんな顔面ブロックみたいな不器用な根性──諦めないとこ。そんなとこに、チームメイトが鼓舞されてるのも見てたらわかる。
味方を生かすプレー、士気を上げる鼓舞、奮い立たせる闘志に加えて、その技術は修練の結果なんだろう。だからチームメイトもついてくるのかもな。──
ああ、この人エースでもない、守護神でもない、司令塔でもない、主将なんだ。──
そうわかった。
はーあ、今日は正直に認める、マジ驚いたし、試合見てて震えた。
俺も休憩終わるし、気合い入れてかないと──。
「っつうかキャプテン!!?」


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