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ほのかな予感──上の続き 日佐人 2
夕方過ぎて、任務を終えて、雑談していた少年だったが、彼の隊長が言った。
「あああ!? 日佐人オイ、なんだそいつ!? 乳丸出しってオイ、夏だからって張り切ってんじゃねーよその女! ありがてえけどよ!」
そう、日佐人はどう返したらいいのやら。
ただ、雑談していて妙にそわっとしているのを見抜かれてあーでもねえと訊き出された結果であった。
堤がおもしろそうにしていたとは日佐人少年にはちょっと意外だった。
「またおいでって言われたんだろ?」
「……っでも、それは社交辞令だと……思うので」
年下の仲間の純朴ぶりに堤もその細い目を和らげてしまう。
「でも気になるからそわそわしてるんだろ」
「……っそれは……」
「乳首丸出しで社交辞令もクソもねー!」
諏訪さんはそう言ってたけど──
んで、日佐人ばっかりラッキーなんとかだとかちょっとどやされてしまったけど。
数日後、いつもの帰り道をゆけば、次第にそわっとする。
──日佐人はつい。
──あの女の人、やっぱりあそこに住んでるんだよな、もうすぐ脇の道を通りかかるけど。
「……しゃぼんだま?」
はっとしてその出所を視線が追えば、あの路地裏だった。
思わず立ち止まれば、よくは見えないけれど──
窓から手が伸びた。
それはしゃぼんだまを追いかけ、弾いて、体が乗り出したなら目が合った。
「あっ……」
「んあ? おおお……君はこの間のいい子だね。またおやつカルパス買ってきてくれたの?」
この通りから路地裏のそこまでは歩んで十五歩ほどだろうか。
声は届いて、日佐人はどきりとしたのだろうか。
あんまりふゆりと見つめられて、どうしたらいいものやら。
「す、すみません何もなくって……しゃぼんだまに引かれて、立ち止まっ……た、だけで……」
ふふっと微笑が見えただろうか。
「ねえねえちょっと、なんていい子なの。だめだよこんなBBAの気のきかない冗談に惑わされたら」
「え……冗談……?」
「あはは君はいい子だねほんと」
「あ、の、おかしいですか……」
「ピュアだね〜」
「えっ……」
まだ距離は十五歩を保ったまま、しゃぼんだまは風に流されて日佐人の方へ。──
「お、ごめん、しゃぼんだまが」
「いえ……このくらいなんとも……」
「あれだよ、バーベキューとかしてても言うじゃん? いい男に煙は行くんだよ」
「えっ!? そうなんですか……? そんな、オレは……」
「酔っ払いどもの粋な冗談だよ。しゃぼん玉に好かれてるか、そうか、君は」
距離は十五歩──
よくは見えないが、窓から顔を出している女が缶ビールを手にしているのは、かろうじて見えた。
そこに突っ込んだ小さなえんとつから、泡だまが出て行くから、思わず、三歩、近づいてしまった。
「え……ビールからしゃぼん玉が出……っ」
「あははこれ飲み干した缶に洗剤と水入れただけだよ」
「そ、うなんですか……」
大人ってわからない。──
日佐人がそう思ううちに、またタバコの煙がくゆった。
しゃぼんだまを吹くのをやめて、煙を吸って吐いているのだ。
「で? 学校帰りか、これから宿題でもすんのか」
「あ……これから防衛隊員の任務があるので」
「あーボーダーさんか〜日々がんばってんだね〜」
「はい……!」
「うっ……! まぶしい……素直なキラメキが眩しい……溶ける……」
「ええ、あ、あの、溶けちゃうんですか!?」
残り十二歩。
「あはははは君はほんといい子だね〜よし、のど飴をあげよう」
その距離は一気に縮まるだなんて。
手招きに思わず駆け寄ってしまって、妙にどきどきするなんて。
日佐人は落ち着けない。
その手にころり。
のど飴ひとつ。
「い、いいんですか……? ありがとうございます……」
今は開け放たれた窓から対話していて、日佐人には女の背の向こうの部屋の様子もちょっと見える。
「知らないおばはんから食い物もらっちゃだめでしょ」
「えええ! おばさんじゃないですから!」
「おおありがとー。あはは、おっぱいまで見たし知らないってほどでもないか」
そういえば、と。
生乳というやつである。
それは日佐人少年十五歳には刺激的だったものだから、今もまざまざと思い返してしまう。
「あ、の……オレに、見られて……平気だったわけじゃ……」
「うん、すっごい恥ずかしかった、お嫁にいけない……」
「うあっ、ごめんなさい……!」
君は全く悪くないのに、謝っちゃって、かわいい。
そんな視線がそこにあった。
「まあでも、君みたいないい子だから、見られてもよかったかもね」
「そ、そうですか……」
──そうですかってなんだよ!
──こういう時、もっと何かあるとかないとかないのか。──
日佐人の脳内は目まぐるしい。
そこに着信音が響いた。
「あー電話か……ちょいまち」
「あ、はい……」
女はすたっと部屋の中の携帯を手に取った。
「おはようございます!」
──今、夕方なのに……?
日佐人がきょとんと思ったことだ。
「あーペンと? あーはいはい、了解です。レシートどうしますか、あーはいはい、了解です」
その会話を聞きながらも。──
女が電話を切って、戻ってきた。
窓の間際に。
「ごめんねー」
「いえ……あ、忙しそうですし、それにオレも基地に行かなきゃならないので……」
「がんばってね、いい子……じゃなくて、いや、いい子なのは間違いないんだけど、ええと……」
「あ……っ笹森、です」
名前を言うだけなのにそわっとするのは──
──この人が緩やかに見てるからだろうか。
ほのかに思えば、
「ささもり?」
と、笑顔が見えた。
「あ……の、ひ、日佐人です」
「ん、日佐人くんね、了解ー私は鈴花。まー知らないおばはんじゃなくなったかな? ちょっとはなー」
「あ、の……っおばさんじゃないですから……っ」
「え? なに? ホメてもうちにはもうお菓子ないよ」
「そ、そういうんじゃ……っ」
「あはは、うそうそ、がんばって、私もこれから仕事。がんばるから」
「がんばってください……っ」
もう、ばたばたと──挨拶をして、だっと走り出したのは脚だけじゃなくてその胸の内も。
けれどそこまで形にはなっていない、今はほのかな予感だけ。
──何の仕事してるんだろう。──
そう思い、はたと振り向けば、窓を閉めるところだった女が──
鈴花さんという人が、快い笑顔で手を振っていた。
「……っ失礼します」
礼儀ただしい少年を見守るように。


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