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誰もいない家──日佐人 彼女ヒロイン
今日、初々しい彼は初めての彼女と幾度目かのデートだとかで、諏訪がちょっとからかった。
「お、日佐人彼女かオイ!」
そう、基地から出た後の事だ。
堤やらと飯でも、と言っていれば先ほど、彼女を待たせているので、と恥ずかしげに言って断り、駆けて行った後輩で部下で笹森日佐人。
彼が彼女と合流したところに通りかかったのだ。
日佐人が紹介すれば、彼女は控えめに挨拶をした。
「こんにちは……船津鈴花です」
「おう、ガッコ上がりか? 今日土曜だろ」
「あの、講習が……」
誰彼なく接する諏訪の勢いに押され気味なのか、俯き加減でぽつぽつと口にした。
「諏訪さん、彼女あんまり、男子に慣れてなくて」
日佐人がやんわりと言った。
「でも、諏訪さんと堤さんにはお世話になってるっていつもオレ、言ってますから」
「おー日佐人もっと言え! 高三だったか? 女子大生ならダチでも紹介してもらったのによ。なあ大地!」
「はは、そうですね。それじゃあ二人とも気をつけて。飯でも食べに行くんだろう?」
日佐人がちょっと、照れた。
「はい、その後、彼女の家にお邪魔します」
「アレか! 親が帰ってこねー日か!」
日佐人と彼女がもじもじと目を合わせた。
「……はい」
頷いた。
諏訪がわいわい騒ぎ始め、けれど気さくに手を振り、堤と共に街並の中へ紛れて行った。
「鈴花さん、あの、緊張した?」
「ちょっとだけ……でも、お二人とも、いい人だね……応援してくれて……嬉しいな」
ぽつぽつと、けれど心伝わる笑顔に癒されて日佐人が頷いた。
思い切って、彼女の手を引いた。
この午後、二人は可愛らしくもあまり入ったことのない類のちょっとおしゃれなカフェで食事をして、コンビニに寄り、いざ、鈴花の自宅へ向かった。
邪魔するのは、初めてのことだった。


「日佐人くん、入って……どうぞ」
「うん……随分広いんだね、びっくりした……」
「でも、侵攻で離れなんかは被害を受けたよ、仮設住宅を作る為に、手放した土地もあって……」
「……そっか」
あの大惨事を思い返して、日佐人が静かに頷いた。
「どうぞ、こっちだよ、私の部屋」
家というよりは屋敷であった。
少々古く、いかめしく、佇む和室のどれもがしんとしていた。
鈴花に案内され、付いていく日佐人はつい、きょろきょろしてしまう。
「……迷子になりそうだね……広くて」
「つくりがちょっと、複雑だよね……一度入ると、抜け出すのが大変かも」
鈴花がふふっと笑った。
この広い屋敷に一人住んでいる鈴花を思い、日佐人がつい、言った。
「さっき、諏訪さんが言ってたこと……親が帰ってこない日って……」
「そ、そんな……気にしてないよ、両親が別居してて、お父さんはなかなか帰ってこないっていう、それだけだもの」
「……ん、諏訪さんはもちろん悪気なんかないけど、本当にいい先輩で、本当に」
「そうだね、明るくて気さくで……日佐人くん、いい先輩に恵まれてるね」
こうして微笑んでくれる鈴花だから、日佐人は好きになった。
同じクラスの女子が鈴花と中学時代の友人であったのだ。
偶然ファーストフード店で出会い、混んでいたものだから相席となった。
惹かれ始めて時折、会うようになった。
ある日、告白をした、恋しあうようになった。
今日は初めて手を繋いだ。
それはなんてほのぼのとして、初々しくて、穏やかなのだろうか。
今、鈴花の部屋に辿りつき、嬉しさを感じた。
「あ……これ、オレがこの間貸したやつだね」
「ん、おもしろかったよ、後少しで読み終わるから」
「いつでもいいよ」
「日佐人くん、座って座って」
「ありがとう」
畳の上に座布団があり、日佐人が腰を下ろさせて頂いた。
日佐人は私服、鈴花は学校の制服のままだ。
制服のままの鈴花が、がらがらと音を鳴らし、引き戸を閉めた。
格子状の木の枠にすりガラスがはめられている、そんな戸だ。
その木の枠の上の方に鈴花が手を伸ばした。
「鈴花さん、どうしたの?」
「ここと、ここにね、ネジあるでしょ? 」
引き戸の端と、引き戸をはめ込む木枠に、それぞれ──ネジが確かにある。
日佐人が立ち上がり、窺った。
「うん、どうしたの?」
それは恐らく、後から付けられたものなのだろう、引き戸にネジ穴があるとは不自然だ。
「ここにね、これをかけて……できたよ、日佐人くん」
鈴花がふわりと振り返った。
日佐人が首を傾げた。
「えっ……鍵? でも、あの……今日は、家に誰も居ないんだよね……」
「まあ、今日もだけど……」
「あっ……ごめん」
そう、母はその実家に、父は愛人宅かもしくは社内か。
鈴花が小さな頃からそうであった。
何日も家に帰らず、社のデスクにクリーニング業者を呼ぶような父だった。
事情を知っているから日佐人はその寂しさを分けて欲しいと思う。
「ううん、日佐人くんが居てくれたらじゅうぶんだよ、私」
「嬉しいけど鈴花さん、オレに一番頼ってくれるなら、二番目には友達に頼るといいんじゃないかなって……もっと、贅沢になっていいと思うよ。楽しいこと、いっぱいあるから」
「……ありがとう、日佐人くん、大好き……」
優しいやり取りの背中で、ちゃらりと光る小さなチェーン。そこには錠がかけられている。
鈴花がさきほど、かけたものだ。
ネジの先は円状になっていて、チェーンをかけられるというか通せる。
チェーンは小指も入らない程度の楕円形の輪が連なり、もはや細い鎖であった。
そこに、錠がほどこされている。
小さな鍵は、鈴花が本棚の上に放った。
「鈴花さん、でも、どうして鍵なんか……やっぱり、お父さん帰ってきそうとか……」
「ううん、帰ってこないよ……今日も……日佐人くん、座って……」
「うん……」
日佐人も首を傾げ、再度腰を下ろした。
「さっきコンビニで買ったジュースとお水、グラスに入れなくてもいいかな……? もう、鍵もかけちゃったし……」
「ペットボトルそのままでもオレはぜんぜんいいけど……鈴花さん?」
鈴花が静かに脱ぎ去ったのは、制服のジャケットだった。
「今から何するかわかってるよね?」


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