[携帯モード] [URL送信]


安全な場所──3
とりあえず──
最初部室で俺の指に襲われた時に抵抗しきれなかった理由は”俺の事が気になっていたからだ”と
言い聞かせました。
本当はあんまり愕然として抵抗しきれなかっただけかもしれませんが、そう言い聞かせました。
濡れていたのは事実なので、まあそれでいい。
今は、俺のところに居れば、見たくないものも見ずに済んで大切にされて安心できる。
それだけわかっていればいい、鈴花さんは。
ここは安全な場所なので──。
なのに、俺が目を離した隙に早速傷つけられるなんて冗談じゃないので、今日は学食帰りのとある先輩男子にそれとなく声を掛けた。
「鈴花さん、彼氏できたの知ってますか」
「は……鈴花?」
驚いて俺を見た先輩男子はそのイケメンぶりを崩して眉を顰めた。
つい今の瞬間まで、「あーハラいっぱい」とか、隣に居る女子に笑顔で言っていて愉快そうだったのに、
突然申し訳ないとも思ったんですが、声を掛けました。
新しい彼女と一緒に居る今、モトカノである鈴花さんの名前を出す俺はなんて無粋で、もっともっと申し訳ない筈なのですが、そこはまあいいだろう。
いくら鈴花さんが"悪い"という事になっているからと言って、別れてすぐに他の誰かと付き合うなんて所詮その程度ですし。
「あー……あかあし、だっけ? 鈴花がたまに名前出してたっけ……で、なんか用かよ」
「誰? つうか鈴花って、あれでしょ、モトカノでしょ……」
新カノさんとやらはちょっと不機嫌そうだ。
そりゃそうだ、すみません。
「だーからとっくに別れたっつの。あいつ俺が付き合ってやってたっつうのに浮気したっぽいんだよ。ヤッてはいねえつってたけどさ」
俺は首を傾げた。
”付き合ってやってた?” 
は?
随分イヤな野郎な口ぶりだ。
確かに鈴花さんはバカ正直なところもありますが、こんなイヤな奴を好きになるほど見る目がないわけじゃない。
ああそうか、ただ単に今の彼女の前で虚勢を張りたいだけか。──
「で? 鈴花早速彼氏? ハァ? その浮気相手と?」
「浮気じゃなくて本気みたいです、俺に」
一瞬呆れ返るほどに口を開け放ったイケメンが目の前に居ました。
「……そうなんだ? へえ……おまえと? あ か あ し くん」
「はい。でも付き合い始めたばかりなので、お二人みたいに仲がいい恋人同士みたいなことは、まだ」
まあ、もうやることはとても暑苦しいくらいにしたんですが。
昨日の、あの準備室で──。
「仲がいいだって。ウチらだって付き合い始めたばっかだけどそう見えるとかうれしー」
そう言った女子はちょっと機嫌を直したみたいです。
鈴花さんのモトカレは俺をひと睨みしただろうか。
──ケンカ売ってんの。
──嫌味?
とか、言いたげですね。
けれど嬉しそうな新カノの前で出せませんよね、それ。
「おまえが……へえ、浮気相手だったんだ」
「ああ、それなんですけど、浮気じゃないです。俺に告白されて、自分の気持ちに気付いただけです、鈴花さんは」
「ふうん……」
モトカレは笑えない──でしょうね、そりゃあ。
俺はまあ、嘘は言ってませんよ、嘘は。
俺の指に抵抗しきれなかった鈴花さん、その事実がある限り。
それでいいですよね。
俺が鈴花さんにとっての”安全な場所”で居る為、その為なら、多少脚色したってそんなことは瑣末すぎるんですから。
それに鈴花さんだって今ではそう思っている。
ずっと俺を気にかけていたと思い込んでいる。
もっと正確に言うと、俺に思い込まされた。──
けれど、しつこいようですが、俺の指に抵抗しきれなかった鈴花さんはきっと”そう思っていた”ので、それでいいんですよ。
これから俺が大切にしていきますから。
「じゃあアイツ、んで俺に切られてあんな泣いてたんだよ」
「じゃあアンタ、んで鈴花さんに裏切られてすぐ次の人なんすか」
「あ?」
やばいな、こんなに睨まれてるのに全くビビれない。
「所詮その程度だったんですよね」
「さっきからなに? おまえ」
ああ、一向にビビれない。──
少しはビビりたいんですよこれでも。
あんたは鈴花さんの隣を独占してた。
死んで欲しかったというのが本音ですが、それと同じくらい憧れたんで。──
「鈴花さんが打ちのめされたのは、あんたを傷つけたと思って苦しくて仕方なかったからですよ」
目の前の人ははっとしたみたいだ。
「いくら俺への気持ちに気づいたからと言って、あんた──っていう言い草もすみません。先輩との思い出は消える訳じゃないですから──」
まあ、消すけどね。
「自分を切った先輩の方だって辛いとよくよくわかってたからだと思います。だから、俺に傾いてる自分の感情を押し殺して、先輩の傍に居ようとした」
脚色していますが、あながち嘘でもないか。
どうせ嘘じゃなくするし、今はこれが最善か。
今といえば──
すぐ傍で彼氏の腕を不安げにさする女の人が居るんですが、あなたは何も悪くもなんともないのにすみませんと思っています。
五分くらいしたら顔も忘れていいかなと思っているので余計申し訳ないんですが、生憎そこまで記憶力は弱くないもので許してください。
目の前の先輩は今、はあっと溜め息をついた。──
自分の髪を、かき乱した。
「バカか、あいつ……気ィ遣いやがって。俺だって、こいつと浮気してたのによ」
へえ。
ああ ”こいつ” とは、今、「ちょっと言っちゃうそれ!?」とか、悪びれずに、むしろ何故か気恥ずかしそうに言っている甘ったるさが妙に鼻につく生き物の様です。
「まあ、お互いさまってことで……あー鈴花のがタチ悪リィか。浮気じゃなかったってことはハナからおまえに本気だったんだもんなあ」
「だからこそ鈴花さんも苦しかったんでしょうね」
実際の俺は事を起こすまでは見事な後輩扱いをされていましたが。
いいんです、指に抵抗しきれなかった鈴花さんはやっぱり心の底では俺に傾いていた筈ですから。
「あーあ、鈴花も全然こっちの浮気に気付かねえし、切るタイミングなかなか無かったけど、ちょうどよかったわな」
あーいいですね、それ。
「俺も悪者にならなくて済んだしまーいっか」
いいですね、もっと、お願いします。
「あいつバカなのにヘンにマジメぶったとこあんじゃん。ゴムつけなきゃヤだとかさ。んな締まんねえからつけるとちょっとな。とか言ったらおまえに悪いけど」
なんなんですかこのクズ、俺にとっては最高のクズなんですが。
今も今で今カノさんに小突かれて、へらへらと宥めている、そんなクズ。
よかった、安心して鈴花さんに言い聞かせられます。
どこかのゴミのことはゴミ箱からすら消去してなかったことにしていいんですよ、と。
なんて無粋な言い方をするのも俺は得意ではないんですが、一度決めたらマウスをクリックする程度の作業として処理をします。
からっぽになったゴミ箱にはもう何も入る余地もないくらい、俺が埃すらつけさせないので。
よかったですね、鈴花さん。
「いえ、全く悪くありませんよ」
俺のことはあんなに濡れながら随分と締め付けてくれるので、鈴花さんは。
──それじゃあ。
そう言い残せば、ゴミクズさんはすっきりした笑顔を残していきました。
ホントバカで単純で、俺は安心してクソ野郎だと思うことができる。
鈴花さんといて、楽しかった思い出もたくさんあるだろうに、鈴花さんにあんなに笑顔を向けられていたくせに、それすら思い出せなくなってしまったんだろう腐れ者。どうぞお幸せに。
なんにせよよかった。
鈴花さんが”おまえすぐ次の男かよ”だのなんだの蔑まれるような事態は退けたと言っていいかと。


教室の傍の廊下で待っていると、鈴花さんが駆け寄ってきた。
「ごはん、食べた?」
「はい」
笑顔でよかった。
ずっとそうしていてください。
「鈴花さんは弁当ですよね、旨くいきました?」
「あーもう、最近はけっこう上手く作れるんだから」
笑顔でよかった。
「今度作ってください」
「明日作るー」
鈴花さんはもう、笑顔で俺に張り付いてきて、抱きついてきたりとかでちょっと目だっちゃってますが、なんてこんなに満たされる。
このまま余計なことは考えずに居てください。そうさせますから。
安全な場所で居続けますから。


その放課後、木兎さんが言いました。
赤葦ばっかり彼女とかずりー!! と言ってくれました。
先輩達にはちょっとからかわれましたが、祝われる恋人同士になれました。

翌日の昼休み、鈴花さんと合流すると、あのゴミが傍を通りました。
鈴花さんにニヤッとして話しかけました。少しだけです。元気みてーだな、と。
鈴花さんは俺に夢中で、ゴミに目もくれない。
けれどどこかのごみが喋っていたように、へんなところでクソマジメですからね、鈴花さんは。
そのゴミを拾いました。
「うん、元気」
笑顔で、そのゴミをゴミ箱に捨てました。
「あかあしくんとしあわせそーでよかったじゃん?」
「うん」
まんべんない笑顔にゴミ箱の中からなんか、どうでもいいような音が聞えてきた気がするんですが、鈴花さんが聞く必要はありません。
「鈴花さん、準備室、いきます?」
「うん、行こ」
周りがぎょっとするくらい、向かう最中も俺にしなだれかかってくる。
「そういえばさっきの人、誰でしたっけ」
「思い出さなくていいんだよね、赤葦くん」
「そうですね、そうです。鈴花さんは少し、遠回りをしただけですから」
そうだよね、と──鈴花さんは心のどこかに蓋をして笑顔で言う。
まあそんなものはその都度引っぺがします、傷口をちゃんと確認させた上で、俺は薬を塗っていきます。
これはええとですね、第二段階でしょうか。
第一段階では”思い込ませて”陥落させる。
第二段階では、”思い込みを取っ払っても、俺に依存できるように”ということです。
「私、ずっと赤葦くんのことが好きだったんだし」
そうですね、そうです。
それをほんとうの事にしたいということです。
今やこれからは当然ですが、過去すら俺のことを好きだった、ということになります。
鈴花さんは何も考えなくていいんです、俺に守られて幸せです。そうですよね。
「昼休み、あと二十分ありますね」
続きは安全な場所で。


前へ次へ
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!