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イロトリカノジョ──9
寝る前に文字を送ろうとした。
──明日な、つーか朝〜。
──オヤスミ〜。
──ハーイ。
──どういたしました〜。
などなど、鈴花に送ろうとして、天童はふわっと天井を見た。
寝転がっていたのだ。
何か不思議なような、早く送ってしまえばいいものを、というか、返事をしたいものの──。
そう、今日、鈴花からたったひとこと、”ありがとう”と送られてきていた。
それへのレスだ。
「んあ……?」
何故か、言葉を迷うような感覚。
気遣って? それも違うような──。
瞼の裏に浮かぶのは、鈴花の”諦めたような苦笑い”だ。

金を持っているから、なんでも買えるのに、出会いは買えない。
白鳥沢にやってきて、念願だったのだろう友人もクラスに幾人かできた様子だ。
バレー部でもマネージャーとして認められてきた、仲間もできた。
なのに逃れられないらしき、家のしがらみとやら。──

天童は思う、易々と口出しはできないと──
鈴花自身が覚悟を持っているなら、そこに介入してそんなん家出してしまえなんて言うのは無粋だからだ。
ただ、口で”覚悟している”ようなことを言っておきながら、諦めたような悲しげな顔をするのは許せなかった。
許せないなんてもう、一端の仲間となっているのだから、皆笑って卒業できりゃいいと思う。

「あー……キャラじゃないんですけど……」

とか、やはりキャラじゃないことをぶつぶつ呟きながら、鈴花に返信した。
──仮に婚約者でもオッケーですよん。
なんて、文字を試しに表示させて、消去して、
──こないだ一年に借りてたっしょ?
──エロ本、俺にもよこすよ〜に。
と、上げて、目を瞑った。
全く照れ隠しじゃないけれど、自分らしいかと。



翌朝、朝練が終わった後だった。
鈴花がこっそり、天童に「昨夜天童くんが言ってたやつ」と、エロ本を渡してきた。
「おあ! マジでキター!」
「ふふ、寒河江くんのおにいさんのお下がりだよ。そして私のお下がりになり、私もお世話になった」
「マジで! 使われすぎたエロ本!!」
「だいじょぶ、ぶっかけてないから」
天童が雷くらった直後、寒河江くんが駆け込んできた。
「船津先輩なにが出るんですかぁああああ!!」
「飛び乳はやっぱファンタジーだよね〜」
「お前らまだ朝だぞゴラァ!!」
セミセミがたまらず怒鳴り、鈴花が寒河江くんを庇い、天童が噴出しつつ、エロ本をはためかせ、呟いた。
「……っは、通常運転な〜」
目の先では、セミセミに説教されて正座している寒河江と鈴花が居て、けれど、
「寒河江君、搾乳もたまにはいいよね〜」
「えっ!? ハイ!? ハイ!」
「一年に高度なプレイ求めんな!」
そのやり取りに天童がくっと笑ったならば、鈴花と目が合った。
──昨日、ありがとう。
そう言っていた、その目が。



朝練が終わり、教室に向かう。
牛島などと分かれたあと、鈴花がそれとなく言った。
同じクラスの天童と二人きりの僅かな時間に。──
「なんか忙しすぎてびっくりしちゃったなー」
それとなく。──
「だって、朝練ありの日が暮れるまで。おばあさんの口利きとはいえ受け入れてくれた鷲匠監督の顔を絶対につぶしたくないから、
授業中に寝るなんて絶対に無理。品行方正でいかないと」
天童が思わず噴いた。
「品行方正な飛び乳ファンタジー貸してくれてあんがと!?」
鈴花もからっと笑った。──
「部活に授業に、一人暮らしの生活に忙しいよ。休み時間は友達と話したりとか、
いっぱいいろんな事を知ったり。凄い、充実してるかなって」
「王子様見つける時間もな〜ちゃーんと必要っしょ?」
「ん……そだね。友達はさ、牛島君とか、瀬見君とかかっこいいよねっていつも言ってて……もちろん
私もそー思うけど、バレー部のみんなかっこいいし」
「つまり特定の王子様はまだまだ見つかってねーってことな〜。でもさ? いつひょんて現れっかわっかんねーっしょこればっかりは〜」
「だね」
鈴花がにこりと笑った。
そこに諦めの色はもう、見えない。──
天童が目を細めた。
「ね、ね、”バレー部のみんなカッコイイ”に俺も入ってるっしょ?」
「もちろん……っ」
その答えに天童は少年らしく、笑った。

「明日午後休みあんじゃん? その時、クラスのダチと遊びに行くとかいいんじゃん?」
「……ん、誘ってみよっかなって思ってるんだ」
「ナンパで簡単にニセ王子に引っかかったりしたら怒っから」
鈴花が天童をふいに、見上げた。
ちょっと口を尖らせてるのは、昨日も”諦めた顔してんな”と怒ってくれたひと。
「大丈夫、かっこいい皆を普段から見てるから、その辺りの童貞には容易く引っかからないよ」
隣を歩むのに、なびく髪先が妙に、先行くように見える。
天童が一瞬見守って──
「……っ今一瞬船津ちゃんカッコよく見えたのに! さすが俺達のマネちゃんて思ったのに!
ドーテーのヒトコトで台無しコレ! わかるこの気持ち!?」
鈴花は悪いと思いつつ、腹をおさえてしまう。
「……っごめ、天童くん、リアクションしてくれるから嬉しい……っ」
「ちょお! 俺だってネ!? いつだって ”童貞!? ブッフォ!” とか、”まーたショジョとかDTとか言っちゃう〜” とか、余裕ぶったりとか、んな時ばっかじゃないからネ!?」
「あ……っ引っ掛けてきそうなのって、童貞じゃなくてヤリチンの方? ヤリチンて言うんだよね確か」
「ソコ!? はっきりヤリナントカとか言う!? 言っちゃう!? いやそれだけだけどハッキリ言っちゃう!?」
「ごめん……っなんか、いつも、ハッキリいろいろツッコんでくれるていうか……言ってくれっから……うれしい……っ」
鈴花がくしゃりと笑っていて──天童はやれやれ、見守りますか、だなんて──
「いやハッキリいろいろっつーなら、いつもシモネタハッキリ言っちゃうの船津ちゃんだから!」
「え〜? 今は童貞ってコトバしか言ってマセーン」
「何その言い方俺のマネ! ちょぉおああ!!」
「きゃーっ!! アッタマぐりぐり禁止──!!」
「しかもDTだけじゃねーし! ヤリなんとかってヤツも言ったじゃんか!」
「やめ……っあはは、くすぐったいって……っごめ……っと見せかけてぎゃくしゅー!」
「ぁああ、ちょア! 俺意外と脇腹弱いからァアア!! ッヒャヒャヤメ……ッ」
「おまえら何くすぐりあってんだ!!」

そう言って、ぱしゃり、撮影したのは瀬見だった。

「ッ!? 英太君ナンか今撮った!? 教室入ってたっしょさっき!?」
「若利に本返しに行くの忘れてたんだっつうんだよ」
瀬見はそう言いながら、鈴花と天童にその画を見せた。──
そこには互いにくすぐったり、ちょっかいを出しながら腹を抱えて笑っている二人の姿が。
兄妹のようでもあり──
「白布と工と撮ってばあさんに写真送ってたろ。これなら更に仲よさそーで船津のばあさんも安心するんじゃねえの?
また”こいつと結婚すんのか”って船津ばあちゃんに訊かれたりしてな」
鈴花と天童は顔を見合わせた。──
そこに零れたのは、朗らかな表情。
「……っそうかも」
「王子様候補いっぱいな〜。英太君とも撮っちゃう? ホラ、工と賢二郎で船津ちゃんサンドイッチしてたっしょ? アレの俺と英太君バージョンとかど?」
「……っ俺はそーいうくっつくとかそーいうのはいいっての!」
「船津ちゃん英太君に飛び込んじゃえー」
「はいっ!」
「んだそのいい返事! ほぁっ、お、い、船津ー!!」
「ハイ、まんざらでもねー英太君イタダキ〜」
天童と鈴花、二人は瀬見に軽く説教されながらも、悪戯が成功した兄妹のように、くすりと笑いあってしまった。


イロトリカノジョ──9

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