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イロトリカノジョ──7
「んじゃ皆乗って──寮まで送ってくからー」
「イイの? いいの!? ヤバイなんかミニレア体験!」
「ミニレアってなんか美味しそうです!」
「船津マジでいいのかよ? 悪いつうか」
「かと言って英太君はわくわくしてマース」
「俺もしてます!」
「俺もネ!?」
乗ったことのない類のお高そうな車──それはまだいいが、お嬢のSPに送られるという体験に皆ちょっとそわそわしてしまう。
「別にドリフトとかカーチェイスする訳じゃないよ?」
鈴花が「さあ乗った乗った」とからりと笑って促した。
「さあどうぞ、お送り致します」
丁寧な翁は護衛なのだという。
「お願いします」
「しあス!」
乗り込めば、工が車内をきょろきょろしていたり、鈴花が「変わったものはないよ」と言ったり。
車はすっと走り出した。──
「船津ちゃん毎日送迎されてるんだもんネ〜うらやま〜」
「そう? でも、もし友達ができたら歩きながらクレープを食って帰るっていう夢がある」
「クレープ好きなのかよ?」
瀬見に鈴花がぐっと頷いた。
「女子らしくきゃっきゃするのに必須アイテムじゃないの? そんなかんじがする。そしてクリームを拭いてあげたりしながら好きな男の話をする」
「お? 船津ちゃんて好きなヤツいたりすんの?」
「いない。でもバレー部のみんなはいいやつばっかり」
当然のようにそう言うから、また和んだ。
そこで、運転中の彼が口を開いた。
「鈴花様、ご友人といらっしゃるというのに申し訳ございませんが、お伝えせねばならないことがございます」
「どうしたの?」
「実は先程、お買い物されている合間に、当主様からご連絡がございました。近況報告をなさるようにと」
鈴花の顔つきが明らかに変わったので、天童も驚いた。
「後十分もしないうちに寮に着くのに何故今伝えるの?」
「それはもちろん、皆様鈴花様の味方でいらっしゃると思いましたので」
鈴花がゆっくりと──噛み締めるように頷いたから、皆見守っていた。
「帰ったらおばあさまにするわよ、近況報告。というか、あなたもしてくれてるでしょう。どちらにしろこの話は帰ってからよ。みんなすまんこ〜」
「え!? あ、うん!」
皆固唾を呑んでいたのだが、鈴花がいつも通りに戻ったので、ほっとしていいのやら。──
護衛の彼はゆっくりとハンドルを切った。
「もしもバレー部の何方かとお付き合いなさることになったなら、おばあさまもお喜びになることでしょう」
「それっておばあさんの初恋の人だからでしょ? 鷲匠監督が」
「ファッ!!?」
三人の男子が全員ぎょっとした。──
「ええ、そして鈴花様のおじいさまは鷲匠殿の後輩でらしたとか」
「ソ、そうなの!?」
天童に鈴花が頷いた。──
「私も写真で見ただけだけど──」
「マジか……」
瀬見が恐ろしげに呟いた。
鈴花は運転席に向かい、恨めしげに言う。
「ねえ、というか、なんでそれを今、言うのよ」
「それはもちろん、皆様鈴花様の味方でいらっしゃると思いましたので。──」
先程と同じことを返され、鈴花が照れぎみに息をついた。
「別にナイショにしてる訳じゃあないからいいけど……ヘンに遠慮されたくないのよ、皆に。せっかく仲良くなったんだから」
「本当に青春なさりたいなら、遠慮は無用かと」
雇われの身であれど、やはり相当の年齢である彼の言い分に鈴花が少々唸った。
「わかってるけどね──」
「物理的な嵐からは私がお守り致しますので、どうぞ存分に青春というものに没頭なさってください」
「ありがとう──。あ、みんなごめん」
「いやいやあのさ、あのさ船津ちゃんさ、なんかいろいろ凄いんだけど!?」
「凄いて?」
「いろいろビックリだけど……つうか……つかァアア! ッカッコイイ! 俺も言いたい! 嵐からお守りしますとか言いたい!!」
「天童さん! 嵐をドシャットです!」
「工それイタダキ!!」
「でも、工君て思いきり言いそう。好きな子には”守るから!!”とか言いそう」
「もちろんです!」
「ちょ! 俺も言うし! 守るしィ!」
「ほう……! 天童くんは好きな子が……!」

先程、番号を交換した時。──

──船津に気がある訳じゃねーだろ!
──ある訳じゃねーけど、いいコだと思ってんし!
──俺も最近思ってんだよ!
──え? アレ? 俺、ある訳じゃない訳じゃなかったりして……? お? 船津ちゃんおもしれーし? 彼女になってお願いとかじゃねーけど……ま、アルナシ断言はできませんてコトで〜。

そんな、瀬見と天童のやり取りがあったことを鈴花は思い出した。

──天童くんはおもしろい女子が好きなの?
──そりゃつまんないよりずーっとイイっしょ〜。
──天童くんと話すの、楽しいよ。

そんな、天童とのやり取りを交わしたことも。
少し、見詰め合ってしまったことも。

「ん? いないよん」

今、天童はあっけらかんとそう言っていて、鈴花は微笑んだ。
少し、胸底で何かがちり、と音を立てた気がしたけれど、今はただ。

「なあんだ……だからグラビアの話題とかで盛り上がってるのか……」
「それとこれとはべっつ!」
「船津おまえわかってねーな〜」
瀬見が気持ちよく笑っていて、鈴花が口を尖らせればまた車内は和んだ。
「ア〜でも、俺は一番近い女子ちゃんっつったらやっぱ船津ちゃんだね〜」

その言葉に鈴花がはっとした。
何故だかわからないのに、ちり、と立てた音が、軽やかな鈴音に変わった気がして。

「同じクラスだしマネだしな〜。それに船津ちゃんいーやつだしさ? なーんか、青春させたくなっちゃうんだよネ〜」
「天童様」
「ハイ!?」
「鈴花様をよろしくお願い致します」
「ふおお……ウイッス」
護衛サンに天童様とか呼ばれちった〜!
ちょっとはしゃいだなら、じきに寮に到着したのだった。



「おはざーっす。船津先輩」
「おはざーっす。今日もカッコイイね〜」
「マジすか!」
「船津先輩、こないだの重箱のやつ、マジでおいしかったんですけど!」
「エロ本貸してくれたらまた作ってあげよう」
「ええ〜!! 二次と三次どどどっちが……!?」
「企画モノとかあるかね? 魔乳は却下で頼みます」
朝の体育館では一年坊主どもと鈴花がそんなやり取りをしていて、瀬見が下ネタやめろと思いつつ、
まあ「打ち解けてるみてーだしよかったんじゃね」と言った。
「まーな〜……俺は昨日の鍛治くんの話のがショーゲキだったケド……」
「あーアレな……初恋っつったら五、六十年前の話か?」
「でも船津ちゃんのばーちゃんがさ? 大事な孫の船津ちゃん紹介したっつーかバレー部に預けた?
てコトは今でも付き合いあんだよなー」
「船津の爺さんが監督のダチだからだろ」
「ダチつーか後輩?」
そこに鈴花が駆け寄ってきた。
「あ、おはよ」
「ウイース、昨日送りあんがと〜」
「ううん、楽しかったよ。テンション上がって、帰ってから自己開発しようと思ったけどおばあさんに近況報告しなきゃいけなかったから大人しくしてたよ」
「ジコカイハツ?」
「うーんと、自家発電っていうんだっけ?」
天童の時が若干止まった。
「ア、そうとも言うっけ〜うんうん、そだネ〜って、ヤッてんの!? そゆこと言っちゃう!?」
「冗談だよ、やだ〜」
「ジョークだったの! そーだったの! 俺のなけなしのピュア部分返して!?」
「まあ、ちょっとくらいしかしてないよ」
「やっぱしてんの! そーなの! 俺の想像力逞しいけどダイジョーブ!?」
「天童ストレッチすっぞー!」
「ア〜! 行く行く! あ〜もー!」
鈴花が悪いと思いつつ、ふふっと笑った。
毎日の練習、サポート、まだまだわからないこともあるけれど、練習試合は数度、見た。
地獄のロードから帰ってくれば、練習が終わる頃には、その場で倒れそうな誰かも居る。
けれどまた立ち上がって、前を向いてゆく。
洗濯するのは汗を吸ったタオルやビブス、くずかごにはさんざんに磨り減ってしまった誰かのシューズ、耳が慣れたのは血気盛んな声。
この体育館の中に青春がある。──
知らなかった世界は眩しく見えて、その中に仲間入りできたことが今はただ嬉しかった。


イロトリカノジョ──7

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