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一日一沼──沼井←後輩マネヒロイン
授業のない休日。──
とも言っても、部活はもちろんあって、バレー部もだ。
そんな中の一人が今、こけた。
「アッ……! あっれ……おいおい、鈴花ちゃん、だいじょぶ!?」
そう、鈴花、男バレのマネのやつ──
──に、すぐに駆け寄ったのは大将で、他の面々も気遣ったが、
「……っ大丈夫です……」
鈴花はどうにか自力で立ち上がった。
──なのに、一歩踏み出した瞬間に、
「いっ……痛……歩けな……」
そう言って、顔をきゅっと歪めた。
──捻挫でもしたか?
一瞬、皆々ひやっとしたが、それよりも逸早く声を掛けたのは、
「大丈夫かよ」
沼井だった。
「……っだ、いじょうぶじゃないかも、です……」
鈴花がつらそうに言うと、彼はケガはなかったか、と気遣う。
鈴花が心奥で喜んだことには気付けぬまま、今はただ。
「……っおい、マジで大丈夫かよ」
「だ、めかも……です……」
広尾がどこかしれっと見ていた。

──沼井君心配してますね、と。

まあ、痛いには痛かっただろうし、大事なマネージャーではあるし、広尾自身も心配したいけれど、しているけれど、
ここはとりあえずエースとマネの様子をチラ見しようか、と。──
すると鈴花が視線を床に、立ち尽くし、言った。
「沼さんが抱っこしてくれないと歩けない」
ただいま、皆で運動部寮の食堂から再び体育館に戻る道中だったのだが。──
ぴたりと止まった。
「抱っこ!?……って、っおい、船津……」
沼井は何故俺を指名!? とは思うけれど心配が先に立つ。
おんぶでもいいのか? ともかく、運ばなければ。──
そんな沼井の心配を何故か恨めしそうに見やるとは、この船津という女はなんなのか。
「……おんぶじゃなくて、抱っこしてくれないと動けない……」
なんなのか──つまり、そういうことらしい。
「……っあ? おい……だから、抱っこってお前」
「い、痛くて……」
「おい、マジで捻挫したか? 膝は大丈夫か?」
沼井が気遣う、鈴花が辛そうにする、広尾がしれっと観察している、大将も「ああ」と気付き始める、潜が「でも、実際に転んだし痛かったんじゃ」と思いつつ、先島がそんな激しく転んだか? と首をかしげていた。
船津というマネージャーはというと、
「……っ沼さんが抱っこをしてくれないと、わたし、ここから一歩も動けない……」
ふとももの辺りの布地をぎゅうっと握って、なんかいじらしく眉を寄せた。
「……俺じゃなきゃって、お前……」
沼井は、ともかく「誰が運ぶとかカンケーねえだろ、痛てえんじゃねえのかよ?」
と、案じている。
「鈴花ちゃん、俺だったら? 抱っこというやつ」
広尾が真剣なふりをして、からかったのは、
「沼さん以外じゃ、動けない……」
鈴花がこう言うと予想していたからだ。
そして、どうしたらいいやらぎょっとしている沼井にふった。
「だ、そうだ」
「いや、別にいいけどよ……俺じゃなきゃだめとか、どうしちまったんだよ、おまえ」
とにかく、手を引いてやったらいいか? と、沼井が手を差し出した。
「沼さん冷たい……」
「あ? おい、なんでそーなる」
「だって……動けないって言ってるのに……」
「ああ? おい……っなんで泣いてんだ!? 痛てえのか!?」
なんだなんだ、とにかくそんなに痛いなら、早いとこ手当てしなければ──。
案ずる沼井の目の前には、両手で顔を覆った鈴花。
──が、その指の隙間からちらり、沼井を見た。
「痛いよう」
チラ
「うっ……動けない……沼さん」
チラ
「ぎゅーて抱っこしてくれないと、治りません……」
チラ
「おーまーえーなあ……」
チラ三連発についに沼井和馬も”案じた俺がアホだった”と気付いた。
チラ鈴花が恐る恐る、沼井を見上げたらば──
「運べってんなら運んでやるよ!! ックラァアアア!」
「沼さんんああああ〜!!」
それはなんとも嬉しい悲鳴だった。──
「きゃぁああああ!! ど、どうしましょう沼さん!」
「何がだよ!」
「きゃぁあああああとか可愛い悲鳴をあげてしまいました! 沼さんのせいです!」
「あっ? 俺のせいか!」
「はい、沼さんのせいです!」
「楽しそうじゃねえか!」
「嬉しそうと言ってください!」
「よーしこのまま持って帰っか」
「い、いいんですか……?」
「……っ冗談に決まってんだろ!」
いい加減鈴花を下ろした沼井が気付いた。
「つうかおまえ、ホントはどーなんだよ、膝見せ……まだ赤くも青くもなってねえけどこれから痣になんねえか? 足首捻ったりとかしなかったのかよ」
「沼さん、優しい」
「……心配すんだろが」
大将が「ヨカッタネー」と言いたそうにほわーんと見守っていた。
──が、鈴花が自分のジャージの裾をくいくいとたくってゆく。
「あの……こっちに、痣ができたかもです……」
「ぶつけたの膝だけじゃねえのかよ?」
沼井が心配心ゆえ、腰をかがめて見やったが──
鈴花は限界まで自分の裾をたくしあげていく、めくり上げてゆく、ぎゅうぎゅうと──。
「あの、ふとももの、もっとウラガワの……」
「……っおい、んな見せるとかお前……つうか、何もねえじゃねえか」

──確かにまだなんもないけど、多分これからあるよ!?
先島がそわそわしつつ、
──いや、下着見えるっしょ、そろそろ。
広尾が観察していた。

「あの、もっと奥って言うか……あの、脱がせちゃわないと、わからないかも……」
沼井がじとっと鈴花を見た。
「……っおまえ、ほんとに痣でもなんでも、あんだろーな? っつうか大丈夫なのか」
「は、あ……見てみます? あの、これ以上捲くれないような所にすごい痣、ありますきっと……っあの、二人きりだったら、上からするっと脱ぎます、が……」
「脱ぎます、が!? 何言ってんだおまえー!!」
「うあああ怒らないでください!! っあ! さっき転んだ時、おしりもぶつけました! 痛いです!」
「大丈夫かよ! 医務室行くか!?」
「医務室より沼さんです!」
「あ!? どーしろっつーんだよ!」
「え……だって、私、沼さん……あの……沼さんに……あの……見てもらいたいというか……あの……」
「おい、船津……」
いじらしく、たくしあげた自分のジャージの裾をきゅっとして、恥ずかしげに視線を流して──飛び掛った。
「きゃぁあああ〜!! ぶっちゃけ私を心配して可愛がって抱っこしてくださーい!!」
「のぁあああああ!? コラァ──!!」

結局は痣があろうがなかろうが──
ご主人様大好きなわんこよろしく、尻尾をぱたぱたさせて元気いっぱいにエースにダイブしたマネージャー、船津鈴花が居て、
飛び掛られたエース、沼井和馬は受け止めるしかない。
”待て”や”ハウス”をする暇もなく、照れる合間もなく、こんなに笑顔満点で抱きついてこられたならば──。

「うあー笑うわな」
和馬君、照れてますかねえ、と言いたげな大将がそう言った。
さあ、休憩も後少しだし、あいつら置いて行こうぜ、と言おうと思ったが、他のメンバーはじっとりと見ている。

「おい! そんなに抱きついてくんな! 」
「そんなにってなんですか!? じゃあちょっとだったらいいんですか!?」
「コッチはいい加減汗くせーしなんか気になんだろそーいうの!」
「そんなの気にしなくていいのに、沼さん……」
鈴花の目がとろんとしたのは何ゆえか。──
沼井がぎょっとしたならば。
「……っ休憩時間は後少しなので、体育館で膝枕したいです!!」
「あ!? 膝だのふとももの内側? だの、痛てえんじゃねえのかよ!?」
「沼さんの為だけに私の膝もふとももの奥もがんばります〜!」
さあ、早く体育館に行きましょう、と、鈴花がにこにこと沼井の手を取った。
「……っおい! おまえは転んだとこ、痛くねえのかよ結局!?」
鈴花がしなをつくった。
「とっても痛いけどお……沼井さんを癒す方が先っていうかあ……」
「なにもじってんだ!?」
全く、三年の先輩が、頼れるエースが、翻弄されてしまい、体育館までの道中は忙しい。
先島がぼそりと言った。
「んで和馬だけ……できるだけ苦しんで死んでほしい」
「みぎどー」
そんな広尾の声もこそりとあった。
──お、潜行った。
大将がおお? と、わくそわしたなら、潜が沼井に纏わりついている鈴花に言った。
「あの、船津先輩、転んでケガをしたなら手当てした方が」
「だいじょぶだいじょぶ潜君、痛くもなんともないから!」
しんとした。
「やっぱなんともねーんじゃね〜か〜!!」
痛い痛いの泣くふりは!?
ケツも打っただの抱っこ要求だのは!?
このやろう、と言いたげな沼井に鈴花はまったく悪びれず言った。
「沼さんに抱っこしてもらいたかっただけす! ごめんなさい!」
太陽は今日も眩い──今は見えないけど。
鈴花の笑顔も眩しい──すぐに沼井に怒られたけど。

「船津クラァ!! んだそれ! 抱っこだ!? して欲しいだ!? なら、ああだこうだヘリクツこねてねーで素直に言え!!」
「え……いいん、ですか……?」
沼井がはっとして目を逸らした。
にまっとした鈴花がすかさず飛びついた。──
「きゃぁああ沼さん〜!!」
「……っオイ! あんま突進してくんな!」
「でも受け止めてくれてます〜!!」
うるさい、嬉しそう、はしゃいでいる。──
膝枕はするのだろうか。
先島が羨ましさゆえにわなわなとしながら、恨めしい言葉を発した。
「やっぱり苦しんで死んで欲しい」
「そうですね」
「潜!?」
広尾や大将までびくりとしたが、潜の表情は変わりなし。
視線の先には、鈴花を引き剥がそうとするも力づくなどできやしない沼井が
腰に抱きつく鈴花を引き摺りながらどうにか歩んでいた。


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