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バリカタヒーロー10
しめやかに照らす月明かりの下、手を繋いで歩んでいくのは初々しい恋人同士。
初々しいと言っても、けっこう何回もキスしてましたね。と素娥の方はくすりと笑う。
「ハァ……ッ鈴花が俺のコト好きとかスゴイ!」
「……だ、って、天童くんが、その、好きになって……私……」
「その事実がスゴイヤバイ! 俺の鈴花マジ俺のクァアア!」
この街の月夜、大興奮な天童が鈴花の手を張り切って引いていく。
鈴花がゆっくりと微笑んだ。
「天童くん、私の家まで送らなくても……あの、疲れてるだろうし」
「ハイ、却〜っ下」
「でも、あの、食堂閉まるって、さっきの川西くん……? が、言ってたけど……大丈夫?」
「ん? 太一にゴハンとっといてくれるよーに頼んだからだーいじょぶノープロ〜」
「でも、お腹すいてるよね……」
「つか、鈴花心配しすぎな〜」
「だって……好きだから……」
それだけ言うので精一杯。けれど──
「あーヤッバイ嬉しい鈴花が俺のコト好きとかテンション上がりっぱなしでヤバイ!」
時にきゅっと手を握ったり、手と足を同時に出して歩んでみたり、天童は終始ご機嫌で、鈴花はそれだけで楽しい。
心がほのかに躍る。──
「ハイ! 鈴花の彼氏ィイ〜はァ〜ッダレ?」
「誰って……天童くん、だよっ……」
「アーイキャンフラァアアアイイ!!」
「と、飛ぶの?」
「SA・TO・RI〜FRY〜」
「あ、揚げるの!?」
天童はからりと笑う。
「そりゃアガるししゃーない〜。すっかり鈴花て呼んじゃってるし、キス──したしね」
歩みながら──
鈴花が見上げた横顔は、この単なる帰り道を、夜の空気をゆったりと噛み締めていた。
それは周りの景色まできれいに見える瞬間。
「ありがとう、好きになってくれて」
自然と、呟くように伝えた。
「──ん。そっくりそのまま返しますよん。ありがと──好きになってくれてさ」
やがて名残惜しさを唇に残して、手を振った。



数日後、部室で着替えていれば天童が機嫌よく携帯を確認していた。
「お、鈴花からメールゥ〜俺の彼女からメールゥ〜」
「付き合うことになったんだもんな……」
瀬見が感心したように言った。
「ハイ! 英太君もチ〜!」
「お、写メか? 俺と一緒に写ってどーすんだよ? ソレ」
「鈴花に送ってもいい? イイ? 今、部活終わったよんて〜」
「別にいいけどよ……あのカノジョはお前が好きなんだし、天童がピンで写ってるヤツ送ればいいんじゃね」
俺まで写ってても、嬉しくねえだろ、と──瀬見は首を傾げた。
「ん? だーってさ〜部活キッツイてのに、こーやって和気藹々? してるゆる部分もさ? 報告したいんだよネ〜鈴花、疲れてるでしょって気遣い激しいから〜」
瀬見と一緒に写っている画像を送りながらそう言ったなら、皆が一瞬見守るようにしていた。
練習を終えた部室の中で──。
「彼女も喜ぶんじゃないか。天童のことを実は仲間思いだと解ってるみたいだしね」
「ちょ、獅音照れるしそーいう暴露ナシ!」
大平が思い出すのは鈴花が以前言っていたことだ。
──でも、天童くん、俺さいこーとか、俺俺ってアピールしたりも、するのに……仲間が得点してもめちゃくちゃバンザイしてたりとか……
すごく喜んでて、なんか、いいなあって。
あれは練習試合の後だった。
──バレーだけじゃなくて仲間のみんなのことも好きなんだなあって……思ったんだ。天童くんが喜んでると、私も嬉しくなっちゃって……今日、観れてよかった。
そう言っていた。
今、天童は彼女から返事が来たとかで喜んでいる。──
「よっしゃァアア鈴花は今ナニしてんの〜とか、送っちゃおかナ〜」
「部活始まる前も何かやり取りしてたよな──。同じクラスなんだろ?」
山形がさりげに訊いた。
「ん? そだよん〜そ、そ」
「教室で顔見れんのに、それだけじゃ足りないもんなんだな」
好きならそういうもんだよな、と山形は言ったが、
「昨日の夕食の後もラインしてましたよね。──ていうか、寮の前で”今戻って来た”とか伝えるのに写メってましたし、風呂上りにも今、風呂上がったとかって、報告するのに自分写メって送ってましたよね」
川西がたんたんと呟いて、ジャージを羽織った。
まあ、あんなにキスしているところを見てしまったし仲がいいんですね、とまでは、皆が居る今はひとまず言わずに。──
「逐一報告をしているのか? 女性と付き合うとはそういうものなのか」
牛島が悪気無く言ったなら、ついに天童がスマホを握り締めた。
「ウァ……ッそんな送りスギ!? 俺!」
瀬見が確かに、と唸った。
確かに昨日も部活が始まる前、終わった後、朝練が始まる前など、天童はこまめに写メッたり、ああだこうだと彼女に送ったりしていたのだった。
「……いちいち報告激しすぎじゃねぇの」
「ウゥアアそう思う!? マジで!」
瀬見は小さく唸った。
「しかもあの彼女、うるさく連絡よこせとか、今なにしてんだ? とかいちいち言わなそうじゃねぇの」
「そうだけど……そうだケド!!」
天童は青ざめた。
「もしか俺、うぜえ彼氏……?」
はしゃぎすぎたのか、と思い返せば付き合い始めて数日、そういえば訊かれてもいないのに「今なになにしてるよん」と報告するわ、画像送るわ、「もう寝るトコ?」「おはよ」に加えて、昼休みに瀬見などと食堂に行った時にすら、「今日はハヤシライスで〜」だの、報告を──。
「嫌われたらノォー!!」
ヤバイ、はしゃぎすぎた、ヤバイ、冷静に見つめるとヤバイと感ずる自分の行動。──
ジャージをくしゃりと握り締めて、天童はうずくまった。
そこに悪気ない追い討ちがかけられた。
「あの彼女、ヒトが好さそうつうか……ちょっとくれー”またか”って思っても、頑張って返してくれそうつうか、そんな感じだし、だいじょぶじゃね」
「無理させたらノォー!!」
ムンクのように叫ぶ天童は阿鼻叫喚。
「大丈夫だと思うよ」
「うう、獅音アンガト……」
「あの彼女、天童のことを大事に思ってるみたいだから」
「だよネ? やっぱそー思う!?」
「思う思う」
「アーイビリーブゥウウ〜!!!」
「途端に元気じゃねえか!」
この現金が、と瀬見が言っても、天童はその晩──ベッドの上で、ゆっくり落ち着いて、鈴花に送った。
──調子乗っていろいろ送りすぎてスマンゴ。反省中デス。
と──。
既読なのになかなか返事がないもので、いよいよ血の気が引く思いだったが、数分後、鈴花から返事があった。
「お、めずらしっ画像! あ、でも、鈴花本人は写ってないのな〜」
自撮りとかしないのか〜と思いつつ、ベッドの上でごろつけばにぱっとした。
「レシピブック? だよネコレ……」
──お弁当、作りたいなあって。
もしや作ってくれるとか──期待は膨らむ。
──あと、勉強も少ししてたんだ。
「お、また画像じゃん」
鈴花の部屋の机の上、テキストなどが広げられている写真がついてきたのだ。
──夜更かししない程度に頑張ってネ。
そう送れば、
──気のきいたやり取りができなくてごめんね。
そう返ってきた。
「んあ?」
天童がばっと起き上がって、首を傾げたならば──
──でも、天童くんがたくさん送ってきてくれて、嬉しい。けど、無理は絶対しないでね。
その一文を目に、天童はどさりと横になって、天井を仰いだ。
なんという心配御無用だったのか。
──ありがと。明日、学校でね。
会いたい気持ちをゆったり落ち着けようとしたのに。
──大好きだよ。おやすみなさい。
その一文にほとほと参って、シーツにくるまるしかなかった。
クラスで一緒、休み時間は話したり、僅かな暇を見つけては連絡をしたり──繋がれるときは最大限繋がっていたい。
そんな気持ちに返ってきた言葉に同じ文を返して、目を閉じた。
きっと明日は、”大好きだよ”と送ったことを照れる鈴花と会えると思いながら。


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