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約束じゃなくて確定──犬飼、バレンタイン、彼女
犬飼が鈴花の部屋を訪れたバレインタインデーの夜。
鈴花がちょっとじとっと見てしまうのは、彼が持っている大きなバック。
部屋の台所にて茶を淹れて、居間に戻れば唖然とさせられた。
「うわ……こんなにもらったんだ……ていうか、なんでココでわざわざこれみよがしにテーブルに広げんの! そのバックの中に入れたまんまにしておけばいいでしょ! どうせ持って帰るんだし! それとも自慢!?」
そう、犬飼はバックから取り出したチョコどもを何故か鈴花の部屋のテーブルの上に並べ、すんなりとドヤッた。
「そうそう、こんなに、ね? 奇特な子もなかなかいるもんだろ」
「いすぎてレアじゃないし……」
鈴花はげんなりだ。
様々なパッケージ、きらびやか、華やか──なリボン、ラッピング、囲まれているのは自分の彼氏。
「鈴花もありがとう」
そう、それは鈴花が今日、犬飼に渡したチョコレート。
けれど他の子たちが犬飼にくれたチョコレートの中に今、紛れてしまって。──
──付き合ってるのは、私なのに。
そう心の中で、言葉になった。
「おれってさ、義理でもなんでも愛想よくチョコレートもらうと思ってるだろ」
「え? まあ……でも、そうかな」
「お返しもそこそこにするとか」
「まあ、そうだろうね……」
「まあ実際は鈴花以外の本命は受け取らないんだけど、そこんとこオーケー?」
鈴花が自分の唇を小さく噛んだ。
「……っ信じてる、けど……」
「けども、ね、やきもち焼くとか仕方ないね、鈴花は」
「しょうもなって言いたいわけ!」
「いや、そこは妬いてもらわないとおれの立つ瀬がないだろ、うん、ないね」
「……っそりゃできればもらって欲しくないっていうのもあるけど……」
犬飼は鈴花からのチョコだけをひょいっと膝の上に置いた。
「じゃあ、はい、こうしよう」
ここは鈴花の部屋、リビングにはテーブルがあり、犬飼が居て、テーブルの上にはリボン、ラッピング、なんかいっぱいのキラキラチョコレート──犬飼がもらってきたそれら。
そう、それらを今、犬飼は笑顔で薙ぎ払った。
「ええー!? 何してんの!」
鈴花が驚くほどに一瞬で、犬飼の腕に振り払われてそこそこに落ちてしまったチョコレートたち。
鈴花が何をどう言ったらいいかわからなくとも、犬飼は平気な笑顔だ。
「──だってほんとは全部要らない。鈴花のこれだけでいいんだよ。わかった?」
「あ……」
そう、自分があげたチョコだけは振り落とさずにきちんと持っている周到彼氏、犬飼澄晴。
鈴花はほだされそうになるも──足元には犬飼が投げ払ったチョコレートたちが散乱している。
「私のだけでいいなら……っじゃあ他の人からは受け取らなきゃいいでしょー! こんな……っ放り捨てるみたいにしちゃって……っもったいない……っ」
「だって鈴花が妬いてくれると思ってさ」
──たったそれだけの為に──と思うのはよろしいか否か。
鈴花がぐっと堪えた。
「でも……っせっかくくれた子がかわいそうでしょーが!」
「え? どうせみーんな義理だよ。本気のは受け取らないってさっき言ったろ。あ、もちろん鈴花以外ね」
「義理だからってこんな……っもったいないでしょ!」
「じゃあ鈴花食べなよ」
「いらないし!」
「じゃあやっぱりおれが食べる流れ?」
のほほんと”どうしよっかっこんなに──”
だの言いながら、テーブルの上から薙ぎ落としたチョコをころんと拾ってみせる。
「あーわかったわかった、来年からは義理だろうがなんだろうが一個も受け取らない。これでオーケー?」
どうあれ、義理だろうと受け取って欲しくないのが本音だとは度量が狭いか──。
など思いつつ、鈴花はこくりと頷いた。
「……っん……」
「けどさ……今年は、今回はこんなにたくさんだ。──貰ってしまったものは大切に食べる。それもオーケー?」
鈴花がまたも頷いた。
もらって欲しくない。
されどいざもらってしまったとしたら、くれた誰かの気持ちをないがしろにする彼で居て欲しくはない。──
そして結局妬くとは、ほんに度量が狭いと痛感すれば、自分に呆れるところもある。
「もらっちゃったものね……」
「ちなみにこれ、全部おれの自作自演って言ったらどうする?」
「……は?」
「鈴花になんとか妬いて欲しくて買ってきたんだよね」
「は……? こんなに……?」
「買ってきたっていうか、姉さんたちに荷物持ちさせられちゃって、そのご褒美に買ってもらったんだよ。バカだねえって呆れられちゃったなあ、鈴花ちゃんも大変だねって笑ってたよ」
「あ、あ……あ……」
鈴花がふらふらと犬飼の隣に腰を下ろした。
「っあああ〜!! バカ〜!!」
「はい、ぽかぽかしない。あ、全部義理って言ったけど姉さんたちからの家族チョコもあるよ。それからなんと、鈴花へのお礼チョコもね。うちの姉さんたちから。鈴花ちゃん、いつも澄晴がお世話になってますってさ」
「な……嬉しいけど……あんた……それすらさっき、もう! 捨てるふりとかちょっとー!!」
「なかなか役者だったろ」
「ひどい! お姉さんたちにちくってやる〜!」
「中身はほら、無事だから大丈夫だって。ほら、これとこれが姉さんたちから鈴花に。おれに弟バレンタインも……これとこれ。後、実はおれも買ったんだよね。鈴花いちごチョコ好きだったかなって」
「え……」
嬉しい、けれど。──
「それすら捨てるふり、とか……」
「ん? 鈴花どうせ捨てさせないじゃん、気持ちをないがしろにするなって死ぬ気でおれの口につっこむだろ。まあ、そういうプレイもいいかもだけど? それに、床にちょっと落ちたくらいくらいなんともない、ない。鈴花の部屋の床は鈴花が今日もきれいに磨いた筈だしね。何故かというとおれが来る予定だったから。いやいや、鈴花が妬いてくれて非常に嬉しいねえ。そっちのが重要でごめん、ね」
鈴花はだんだんと眉間に皺を寄せ、歯はぎりぎりと噛み締めて──ついに、犬飼に飛び掛った。
「っもう〜!! こいつ!! ドラゴンスリーパーお見舞いしてやるっ!! あああ違う!! その頭ドツくにはDDTがいいかな……!!」
「おっと痛い痛い。はは、DDTって、だから童貞なんだよテメーはの略? おれが清らかじゃないのは鈴花がその身をもって知ってるわけだけども」
「く……っ」
「はい、ここに座ろうか」
「あっ……」
すんなりと腕を取られて誘導されたのは犬飼の膝の上。
逆らえないなんて、鈴花はほとほと沁みる。──
唇の温度が体の強張りも怒りもすんなり溶かしてしまうなんて、好きで仕方ないだけだと身をもって、解ってしまう。
「……っは、ぁ、」
「こんなおれに付き合ってくれてありがとう」
どうにもできずに鈴花はすとんと、彼の肩に額を預けた。
指に指を絡められて、きゅっと握った。
「これに懲りたらもっと妬いて束縛してみようか。おれは大歓迎だけど、どうする?」
「……っもう、束縛なんて……しきれないってわかって言ってるでしょ」
「それは勿論。今のはおれの希望っていうか願望っていうか欲望? あ、違うかな、欲求ってやつ。──ちなみにちゃんと気付いてた?」
「え……」
「来年のバレンタインからはって言ったろ、おれ」

──来年からは義理だろうがなんだろうが一個も受け取らない。これでオーケー?

「まあ、来年だけじゃないんだけどね」
「一個も受け取らないって、約束……?」
「約束じゃなくて確定。勝手に決めたら怒られるかなあ、鈴花に。どうだろう?」
彼の首筋に額をこすりつけるように首を横に振った鈴花が居た。


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