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まんざらでもないやつ─3
いつも足を踏みしめ闊歩し、きりきりとまっすぐ見据える鈴花さん。──
が、少しつらそうで、北添は驚いた。案じた。
「鈴花さん……どうしたんだい!?」
「う……」
基地の中で顔を合わせたのだが、ゾエが心配して駆け寄った。
鈴花はくわっと顔をしかめ、自身を抱き締め、腰をかがめてしまったのだ。
「鈴花さん!? 具合悪いの!? 医務室運ぶよ!?」
「うう……ゾエ〜!! おっぱいがいたい!」
おっぱい、である。
北添がしんとして、ちょっとぽうっとなって、けれど痛いというならそれどころじゃないと気を引き締めた。
「ええっ……痛いの!? 鈴花さんのお……っうぁあええと、鈴花さん痛いの!?」
「んう〜! いたい!」
「大丈夫!?」
「おっぱいがいたい!」
「鈴花さん……っ! 大丈夫!?」 
そう、慌てふためく場合じゃないと──。
鈴花が苦悶の表情を浮かべて、冷や汗をかきそうだからだ。
「あああゾエさんどうにもできないよ……っどうしたらいいんだい鈴花さん! やっぱり医務室に行くしか……っ」
「おっぱいがいたい!」
「医務室行こう! ゾエさんがおんぶでも抱っこでもするから!」
「んぅう〜いかなくていいけどおっぱい痛い!!」
「えええ行かなきゃダメだよ! 行かないと……っゾエさん心配しちゃう!」
「ぁあ? オメーテメーの女になにしてんだ?」
鈴花がのたうつほど辛そうで、北添がもう、もはや抱えて医務室へ行こうとした。
そこに怪人歯がみがみが登場したのだった。──
「何って……っ何もしてないよ! してないからね! する訳ないからね!? ゾエさんが鈴花さんを痛くしたりなんか!」
「じゃーんで痛がってんだよ?」
影浦が指差すところでは、北添のまん前では、鈴花がうんうん唸っているのだ。
「そ、それがわからないんだよ〜鈴花さんほんと大丈夫!?」
「ううぅ〜いたい!」
「鈴花さん〜! 今すぐ……っ」
医務室に──。
ゾエが鈴花を抱えようとしたならば。
「この女がオメー以外にヤられるタマかよ、いっつも絡みやがって」
影浦が呆れぎみに言った。
「え!? ゾエさん何もしてないからね! い、いざ、したってゾエさん優しくしたいし〜。そんなケモノみたいにね? 鈴花さんの胸を痛くしちゃったりとかね? そんな……いやいやいやいや」
影浦は更に呆れ気味にした。というか、呆れ返った。
「あ? まだヤッてねーのかよ? さっさとブチ込んで大人しくさせろや」
「カゲぇえメチャクチャ刺激的なんだけど!」
「うっせー!」
「おっぱいが痛い!!」
「うっせー!」
「腰も痛い!」
「うっせー!」
ゾエがはっとした。
「鈴花さんぎっくりじゃないよね!?」
「んなワケねーだろが!」
「え、カゲ……?」
「チッ……さっさとどっかに寝せとけその女」
影浦は付き合ってられるかと言いたげに背を見せた。
そして数分後、鈴花の部隊の作戦室では、鈴花を抱きかかえて訪問した北添がいて。──
鈴花はその膝の上でうつぶせになって唸っていた。
「ゾエエ……いだだ……もっどお……さすさすして……」
「うんうん、いくらでも看病するからね!」
北添がほろりとしつつ鈴花の腰を撫でてやっている様を、鈴花の仲間二人がやれやれと見守っていた。
「北添くん、鈴花運んでくれてありがと〜」
「どうせトリオン体になったら痛いのとか関係ないし、んな心配しなくてもだいじょぶよ?」
「そんなあ! 心配しちゃうし!」
「おっぱいまで痛いって? さすがにそっちはさすったるワケにはいかんか〜あはは」
「いやいやそりゃそーだけどね!?」
「んう……ゾエエエ……」
鈴花は同じ部隊の仲間にいつもの様にやいやい言うこともできずにゾエの温もりにあやかるだけ。
「んんう……」
辛そうで、ゾエはほろりとしてしまう。
「ごめんねゾエさん気付けなくってごめんね!」
「ん、ゾエの手、あったかい……」
痛みを、手当てしてくれるその手は。──
「ありがと……ゾエ」
その手に伝えたのは普段見せない素直な気持ち。
ゾエはうるっとして、
「鈴花さん……ゾエさんいくらでも看病するからね!」
「あはは、病気じゃないけどね〜。じゃ、ゆっくりしてて〜。あたし達の任務までまだ時間あっから〜」
鈴花の仲間は少しだけ気遣ってやろうと、外に出た。
テーブルの上にはポッド、よもぎの葉を崩した薬湯、温湿布、原始的な痛み止め。──
そして鈴花の腰の上には何よりの薬、あたたかな大きな手。
それがそっと、鈍く痛む腰をさすってやっていた。
「ゾエ……あ、ちょい、らくにな……」
「ほんと!? 鈴花さんこんな時ばっかりはゆっくりしてなきゃだめだからね!? 大切な体なんだからね!? もうゾエさん心配しちゃって……っ」
「んう……」
ゾエの膝の上によじよじしがみつき、寝転がってうつぶせになってはさすってくれと要求し、さすられ、ついには。──
「あ、鈴花さん、寝ちゃった……? そっかよしよし、安心できたのかな、もう痛くない?」
起こさぬようにそっと言葉を落としたなら、小さく小さく、しがみつかれて北添はゆったりと鈴花を撫でた。
「ん、ぞえ……」
膝の上でむにゃる女は安心しきるどころか、大いに甘えて、今は痛みなどいずこだと解るほど、寝顔が穏やかで。
「……ん、かわいいなあ、鈴花さん」
そう零せば夢の中にまで聞えているのだろうか、鈴花が嬉しそうに微笑んだから、北添は嬉しい。
嬉しくて、しがみつく鈴花の痛む場所を、その腰を、そして髪を撫でてやった。
「……鈴花さん、まんざらでもない顔、してるよ」
二人きりの空間、唯一のひとはまんざらでもなく、ゆるりと眠っていて──。
北添の優しさだけがぽつり、響いた。
「ぁあ!? まんざらでもねえツラしやがっておせーんだよ!」
「うぁあカゲぇえ!? 突撃!?」
そう、影浦がばぁんと押し入ったのだ。
「後十五分で出んだろが!」
「いやいやわかってるけど、十分前行動じゃダメ!?」
「カゲさんも心配したみたい、鈴花さんてゾエさんのすきなひとだから」
「ぁああ!?」
「……ッカゲ……! 仲間思いだもんね……!」
「うぜえ展開にもってくんじゃねー! その女が何ともなきゃいんだろが!」
騒ぎ立ててしまったなら、鈴花も起きたようだ。
「んう……怪人歯がみがみがぞえを奪いにきたあ……」
ふあ、とあくびしながら。
「ごめんね鈴花さん! ゾエさんも任務だし、頑張ってくるからね!」
「ん〜いってらっしゃいのちゅー」
影浦が思わずくっと目を逸らし、絵馬は真っ赤になった。
鈴花が大きな体によじのぼってキスをしたのだ。北添のその柔らかな頬に。
「……っ鈴花さん……」
ゾエが目をきらきらさせて喜び跳ねたなら、影浦が怒鳴り、鈴花はふわふわと寝ぼけ眼で影浦隊を送り出した。──
「鈴花さんゆっくり休んでなきゃダメだからね!? ゾエさん心配しちゃう!」
「ゾエさん、心配してるって割りには嬉しそう」
「心配はしてるよもちろんね! でも、いってらっしゃいチューとかね! ものすごくまんざらでもないっていうかね!」
「ぁあ!? 床が抜けるくれー喜んでただろが!」
癒された鈴花がゆったりと薬湯を飲んでいる頃、影浦隊が出陣したのだった。


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