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うどんに涙──2
「お疲れ〜」
「寮の飯ナニ?」
皆々話しながらゆく中、更衣室から出てきた鈴花が居た。
「あっ……お疲れ様です」
「お疲れ〜」
天童などが手を振ってゆく最中、牛島が足を止めた。
「引越した先は近所だと言っていたな──。落ち着いたか」
「……ん、そうだね」
「その表情ならば、”言えない事情”とやらはまだ言えないのだろう」
「……そうだね、ごめん……」
「いや、いい。ただ、見てしまったからな。気にはなる」
泣き明かした涙の痕を──。
「牛島くんが、そんな、気にするなんて……」
「俺に言っただろう、”帰りたくない”、”言いたくない”と。拒絶や要求を表すことなど滅多にない船津だと勝手に思っていた。だから余計に気にはなる」
「ご、めんね……」
「謝る必要はない。もう暗い、送っていく」
「え……?」
「さっさと行くぞ」
「そんな……っ牛島くん!? 待っ……」
そのまま外へ、校門へ向かい歩み始めてしまった牛島を鈴花が慌てて追いかけた。
「牛島くん、いいから……っ近いし……っそれに私、スーパーで買い物してから帰るし……っ」
「この時間ならばまだ営業しているのか」
「遅くまでやってるお店もあって……でも、」
「使いを頼まれたのか」
「……そんなんじゃないけど」
そのほの暗い表情は何かを諦めているかのようにも見えた。
「買出しとやらにも付き合う」
「……っだから、牛島くん、早くごはん食べないと……っ」
「それよりも今日は送る。飯は帰ってから食う」
「ええ……っ」
頑なな牛島を止められる筈もなく、鈴花は慌ててついていくばかりだ。
「最寄のスーパーとやらはどこだ?」
「あの、もう少し行ったところの……ほんと、近いから……っ」
「なら良かった。一時間程度で全て済ませられるだろう。船津、お前が何を気に病んでいるのかもな。──ああ、違うな、無理をしている」
「牛島くん、そんな……それに私、”言えない”って、言った、のに……部活ならいつも通り仕事はするから……」
鈴花は牛島が何故こんなに自分を気に掛けるのかわからない。
「あの……言えない事情も、部活には関係ないのに……ごめん、気遣わせて……」
「何故謝る? 気遣ってなどいないが?」
「……そっか」
「曖昧な反応だな。気遣わせることを謝るというのに、俺が気遣ってはいないというと、寂しげな顔をする」
「そんな……」
唇を噛んだのは図星であり、そして隠しきれていない自分に腹が立つからだ。
そんな鈴花の視線が足元を彷徨い、牛島はじっと見つめていたが、行く先に見えた看板を確認した。
「あれか? まだ営業しているスーパーは」
「あ、うん……」
「部活の後にコンビニに行くこともたまにあるが、近頃は──スーパーはほぼ行ったことがないな」
どこかたんたんと言う牛島に鈴花があっけに取られているうちに、足取りはスーパーの中へ入った。
「牛島くん、あの……っ買出しも、付き合わなくても……私、大丈夫だから……」
「お前は意外と顔に出るのだな。今まで気付かなかった。献身的なマネージャーなのだと、それだけ思っていた」
「顔に……? 出てる、かな……」
「無理をして笑っているとは、誰もが気付く」
気付かせるとはなんて不甲斐ない──。
悲しげな苦笑もまた、隠しきれなかったというのに、牛島は籠を持ちずんずんと歩んでいく。
「何を買うんだ?」
「あ、恥ずかしいんだけど……冷凍食品で……」
「これから食うのか」
「そうだね……お弁当のおかずにもなるし……ほんと、恥ずかしいけど、作れないから……」
「自炊か」
「……あっためるだけだけど……」
牛島がふむ、と店内を見渡した。
「惣菜とやらはどうなんだ」
「あの、冷凍食品のが安いかなて……お金、貯めたいから」
「そうか」
え? 炒飯くらい作らないの?
そんなことなど一切思っていないらしき牛島に鈴花がどこか、あっけにとられた。
「冷凍食とはこっちか?」
「あ、うん……レトルトとかカップラーメンとかでもよかったんだけど、毎日だと……」
牛島がふと、訊いた。
「両親は遅いのか」
母親などが飯を作ってはくれないのかとまでは、敢えて訊かなかった。
「……そうだね」
また、隠し切れない悲しげな苦笑が見えたからだ。──
牛島はどこかで思う、悲しい? いや、やはり寂しい、に近いような、と。
ふと思う。──
自分のチームと言えるほど、ワンマンだと言われることもままある。
──大事な仲間てイイネ〜若利君て実はけっこー俺らのことも好きっしょ。
天童にそう言われて、
──嫌悪感などある筈もない。それにバレーは一人ではできない。
そう返したことを思い出した。
尽力しているマネージャーだとは知っているから、気に掛けるのだろうか。
いや、それだけじゃない、心の奥底を引っかく船津鈴花の隠し切れない寂しさ。
何ゆえか──冷凍食品を前に、思うことだった。
「どれにするんだ?」
「あ……ええと、炒飯とか、ピザは高いから……しゅうまいと……いっぱい入ってて安いから……キャベツは家にあるからきざんで……あと、お弁当用に……卵はあるから、冷凍のからあげと……」
いくつか、籠に入れた。
「な、なんか、作れないの、恥ずかしいな……」
「俺もさほど作れない」
「牛島くんが……料理かあ、でも、いざやったら上手だったりして」
「どうだろうか。肉くらいは焼ける筈だ。合宿のバーベキューがあっただろう」
思い出した鈴花が思わず微笑んだ。
「あったね牛島くん、やっぱりいっぱい食べれるんだなあって思ったよ」
「普通だが?」
「……っそうだね、牛島くんの通常運転かも」
冷凍食品郡を前に思わず気がほぐれた矢先、牛島がきりりととある商品を手に取った。
「おい船津、これは自然解凍でいい、だと……?」
「あ、最近多いみたいだね」
「だがしかし、自然に解凍されるまで待たねばならん。今晩には喰えないだろう。こちらは却下だな。いや、明日の弁当用だったらばいいのか」
鈴花が思わず──もっと気がほぐされた。
「でも、これはこれで、レンジであっためればすぐ……」
「なるほど、あたためてもいいのか」
ほぐされて、ほがらかに笑うことができた──。
牛島が首を傾げた。
「スーパーの買出しとやらはお前にとって楽しいものなのだな」
「……っふふ、違うよ、牛島くんが……気を楽にしてくれたの」
「何かしたか?」
「ううん、ほんとに何も……ありがとう」
──礼をされることなど何も。
牛島はそう言ってもよかったけれど、今は言わなかった。
寂しげだった苦笑がゆるりと微笑んだから。


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