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バリカタヒーロー4
その夜、鈴花は友人二人と文字でのやり取りをしてというか、質問攻めされたり、本当に五分ほどしか一緒に居なくて、と答えたり。
友人に聞かれて、どきりとした。
──天童くんのこと、好きになった? と。
嫌いではないと返したけれど。
好きになったか否か──今のところは、と付け足そうか否か迷った。
今のところは──。
あの人を食ったような口ぶり、なのに的確に見抜く観察眼、ずうずうしくてゴメンネ、と言うのに、無粋ではない言動。
──好きだよ。
と、惜しみなくわからせる天童覚という彼。
翌朝、作った弁当に箸を二膳つけようかと思ってしまった自分にも、鈴花ははっとした。
「おごるって、なんだろ……」
──明日なんかおごらせてオネガイ!
そう言われた昨日の放課後。
礼なんて何も要らないけれど、今日も天童くんに会えると思ってしまった。
失恋したばかりの自分が──。
心のどこかでそう感じても、天童の好意自体は嬉しくて。


「……っおはよう」
「船津ちゃんオハヨ〜ううあ、センセ来るまで時間ナイ〜」
まずはそんなやり取りがあった朝の教室。
「天童くんたちは朝練もあるんだよね……」
「昼にパス練してる一年坊主どもも居るヨ?」
「うわ……それで、放課後も遅くまでとか……やっぱり強豪だし、すごいなあって……」
鈴花はそわっとしてしまう。
人生で初めての彼氏には無残な結末を味わわされた。
けれど、自分に好意丸出しな天童という彼にすら、どこか遠慮がちに話してしまう、自分との会話はつまらないのでは、と己を卑下してしまう。
そんな自信のない性分は昔から変えられない。
今も話していて楽しいけれど、遠慮がちだ。
「ん? どしたの? 緊張でもしてる?」
「……っ」
鈴花は顔を覗き込まれてはっとした。
「ま、してんの俺の方だケド」
「えっ……」
「これでもけっこーしてんだよネ〜うぁ〜センセきたし! 後でまたな〜」
「……っうん」
鈴花は斜め後ろの席に戻った天童を見送って息をつく、頬をかく。
──こんな私のどこがいいの。
つい思ってしまうのに、天童は惜しみなく好きだと言ってくれてありがたくて、くすぐったい。
──私なんかを。
そう思わなくてもいいだなんて、調子に乗ってるかな、と思えばまたどこか、くすぐったかった。


「ほい」
「えっ……」
休み時間、鈴花がぱっと顔を上げたならそこには天童というか、彼の指先に小さなおかし、ひとつ。
「ホントは今朝渡したかったんだケド、ちっと時間なかったしな〜」
「これって……」
「んあ? 昨日言ったっしょ? べんとーのおかずつまませて貰ったお礼にナンかオゴらせてお願いーて」
渡されたのは小さなパッケージ、チョコのお菓子。
鈴花はそれと天童の顔を交互に見つめてしまう。
「あ……そんな、いいの……?」
天童はふと笑って、ただいま主は居ない鈴花の前の席に腰掛けた。
「コンビニで買っただけなソレ〜。んなコトくれーしかできねーけどさ」
「そんな……っ! あの、いいのかなって……すごく、嬉し……あの、いいの!?」
珍しいほどの勢いに天童が驚いたけれど、すぐに眦を下げた。
それほど、喜んでくれたのだとわかって──。
「ナニソレカワイイネ?」
「えっ!?」
「イヤイヤコッチの話〜」
「あ、あの……天童くん……?」
一生懸命見つめてくるとかなんなんだろうね、どうされたいっつーの? してイイの?
脳内でそう言葉になって、天童はまた緩やかに笑った。
「ん? んな麦チョコ一個に喜んでもらえるとか俺、幸せもの〜ってコト?」
「……っあ、あの……っ好き、だよ、です、むぎちょこ……っ」
さあ、緊張してんのも嬉しがってんのも丸わかり。
天童は、
──カワイイね?
そう口にしてもよかったけれど。
「もっかいお願いしてもい?」
「え……」
「好きだよ、むぎちょこ、の”好きだよ”だけ、もっかい」
「あ……」
気付いて、どきりとして、ゆるっと見守られて。
鈴花はどきりとして、目を合わせられない。
なのに、ちらりと窺うと、彼の表情が言っている。
「ん? もっかい? ダメ?」と。
こんなに照れるなんて惹かれてる?
あの人にふられたばかりで。
私なんかにそう言って欲しいなんて──。
様々巡って、確信できるのは、私なんかに、だなんて思わなくてもいいのだということ。
だから。
「ありがとう……いただきます」
笑顔で、
「すきです」
天童が驚ききる前に、
「こうやって、お礼とか……要らないのに、気持ちくれた天童くんが、好きです」
そう言えた。
目の前にはちょっとぽかんとした天童が居て、
「嬉しいケド……嬉しいんだけど! でもさ〜ソレって俺にイキたい〜とかじゃなくって、むぎちょこなキモチが嬉しいってコトだけじゃんか?」
ちょっと不満そうでもあるけれど、
「ゼッタイ美味しく食ってプリーズゥ〜」
だだっこのようにそう言っていて、鈴花の口元を優しくほころばせた。
「……っだいじょうぶ、絶対においしいから」
好意をくれる天童に正直でありたいと思う。
だから、
「あの、天童くん、時間あったら……よかったら、話できれば……」
「イイヨ? イイヨ? 昼にする? 昼! 学食のアトちょっと時間あっし!」
「うん、私もお弁当食べた後に……あの、できれば教室じゃない方がいい、かな」
「イイヨ? イイヨ?」
まさか鈴花の方からのお誘いとは。
消極的な彼女からの。──
だからこそ、天童は何か改まって言いたいことでもあるのだろうと解る。
「告るてカンジじゃないよネ〜ちっとザンネーン」
「……っそ、そういう、かんじじゃ、ないかな……っ」
「だって万が一告るとかのお誘いだったら船津ちゃんもっと、カオに出そーだし?」
「そ、そうだね……っもし、告白、とかだったら……っ」
どきりとしても、理解のある天童の言動にどこかほっとした。
昼には、校舎の脇、非常口の階段に腰掛けた二人が居た。


「うぁー腹いっぱい〜船津ちゃんも?」
「うん」
階段付近から木漏れ日が降り注ぐ午後、のんびりとしていた。
「で、どした〜改まって〜どしたナニした?」
「……ん、あの、天童くんが好きだって言ってくれて……嬉しいんだけど、あの……」
「チョット待って! いきなりフラれる展開キター!?」
「そ、そうじゃなくって……あの、気持ちは嬉しいとか……嫌いじゃない、とか……そうとしか言えてなくって、申し訳なくて……天童くん、よくしてくれるから」
「ん? んだんなコト? だーって船津ちゃん前カレと別れたばっかじゃんか?」
鈴花が頷いた。
「すぐ次の誰かとか、切り替えられないっていうか……でも、天童くんの気持ちは嬉しくて、話してると楽しくて……ふわふわしててごめんね……って、言いたくて、ちゃんと」
天童が首を傾げた。
「別にキープしてますヨとかじゃないじゃんか? つかソレ、謝っちゃう? どっちにしろ俺、勝手に好き好きやるよん? フラれてねーだけマシとか言わねーけどな〜。諦める気、全くねーから気にすんな〜」
ひらりとした言葉の奥底に見える気遣いがある。
だから、鈴花はゆっくり微笑んだ。
「私、前の彼にふられちゃったけど……彼がね、頭撫でたりとか、お前かわいいって言ったりとか……そんなの生まれて初めてで嬉しかったの、私、舞い上がったよ……嬉しかったの」
その嬉しさは握りつぶされて、無様に泣いた。
その悲痛さを目の当たりにしたことを天童は今一度、思い出した。
けれど鈴花は今、微笑んでいて。
「なのに、あんな小さなハンバーグのお礼にむぎちょこくれた天童くんの気持ちの方がずっと嬉しいんだ」
天童が一瞬、目をまん丸くした。
「ソレ、俺が船津ちゃん好きだからっしょ?」
「前のひとより……てこと、なのかな……」
「あーソレ、くらべもんになりませんヨこれ」
「確かに比べ物にはならないかな……前の彼は、私のことふわっとしか好きじゃなかったのかなて……たまにはお前みたいのもいいかなと思って付き合ってしたら、速攻落ちておもしろかったしって言われちゃったし……」
悲しい苦笑だけれど、今は涙に変わらない。
泣きたい気持ちより、むぎちょこさんをくれた天童の気持ちが嬉しい、そちらの方が大きい。
「少しづつ、消化していけそう」
ひとつ、経験してまた大人びてゆく。
しんみりとでも、消化していって、思い出に変わる。
変えていけると確信した横顔を天童が見守っていた。


放課後が来たなら天童は部活へ向かう。
「船津ちゃんまた明日な〜今度試合観に来て!」
「……っうん、部活頑張ってね……っ」
「好きな子に見送られる俺、活躍な予感〜」
天童が割りと大きな声で言ったものだから、まだ教室に残っている誰かがちょっとぎょっとしたり。
「アッ! そーだ! 船津ちゃん明日もオベント?」
「……っその予定だけど……」
「たまに食堂とか行かないのかナ〜て思ってたんだけど、ど? ど? そしたら一緒に食えるじゃんか! 俺、いっつもベントーじゃねーし〜」
「……っあんまり行かないけど……で、も天童くんが行こうっていうなら……」
「マジ? オケ?」
鈴花がこくりと頷くと天童が飛び跳ねた。
「……ッシ! 明日は船津ちゃんとゴ〜ハ〜ン〜」
「……っ機嫌いいなオイ、飯がどうかしたのかよ」
「あー英太君聞いて聞ーて! 俺自慢しちまうから聞ーて!」
「よくわかんねーけど機嫌よすぎだろ!」
そう、瀬見が廊下を通りかかり、ちょうど教室を出ようという天童と合流したのだ。
「んじゃ船津ちゃん明日約束な〜」
「わかった……っ」
鈴花が手を振れば、天童はやはりご機嫌で瀬見と歩んでいく。
「ハイ! ご〜は〜ん〜!」
そんな声が聞えてきて、鈴花がふふっと笑った。


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