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今は雨乞い──二口 上の続き 13
付き合いはじめて数日、昨夜は二度目の電話をしてやったぜ。と思う二口は登校途中はっとした。
それは単なるおやすみ電話なのだったが、まだ二度目という初々しさだったが、それでも、
──俺からしかしてねーな……。
そう、まだ二回でも、付き合いはじめでも、鈴花がべったり甘えてくる女じゃないと知っていても、ちょっと悔しい。
教室にて着席すれば、鈴花が傘をロッカーに入れていた。
「あ、おはよ」
「おう……つうか今日、雨の予報あったか?」
「いいや、ない、これをミロ」
「お?」
鈴花は傘を丁寧にビニールに入れていたが、二口に見えるようにすうっと取り出した。
それを目に二口はぶはっと噴いた。
「……おまえ、小学生か! 名前かいてやがる!」
「だって私の宝物だからな」
あ──ちょっと悔しいんですけど。
二口がそう思うのは、またこうして鈴花に心のどこか、柔らかな部分をかっさわれてゆく感覚に。
──俺の方ばっか、ハマってるみてーで、ちょっと悔しい。
そう、おやすみ電話は二回とも自分から、それもちょっと悔しい。
けれど、鈴花と居ればわかる、鈴花の確かな気持ちが。
「万が一失くしたくない。だから傘置き場には置けない。早く使いたいから予報は晴れでも持ち歩く。
っていうか、ドヤ顔したいだけなんだけどな、私は──どうだ、彼氏からのプレゼントなんだって」
素直な笑顔を朝っぱらからいただきました。──
二口は大概沁みて、大概惚れてしまったと思う。
「……っそうかよ」
「うん」
「自慢しとけよ、誰かに訊かれたら」
二人共に隣同士のその席に座れば、鈴花が差し出してきたものがあった。
「そうそう、貴様にくれてやりたいものがあった」
「ハァ? ったく、さっきは可愛かったのによー! 貴様ですかなんなんですか鈴花サンよ」
「ほれ」
シンプルなラッピングだが、プレゼントだとはむろん二口にもわかって、首を捻った。
「ハァ? 俺誕生日もまだまだだしよ……傘の礼とか言うんじゃねーだろうな」
「そういう訳でもないけど、商店のおばちゃんに商店街のよい小物やサンを教えてもらった。
そこには傘もあるという。そこで買った。──おばちゃんのごはんももっとおいしくなるような、
そんな素敵な箸だ」
「箸、かよ……」
「もちろん、箸入れとセットになってるよ」
二口が開けていいかと訊ねると鈴花が笑顔で頷いたもので、早速開けてみた。
「お、いい色じゃね? つうかマジでいいのかよ……つうか、あのよ」
「ん?」
二口がちっと目を逸らして、けれどちゃんと合わせた。
「嬉しいんだけど……マジで……」
「一度お母様にちゃんと洗ってもらってから使うんだぞ」
「わーってるつの! つうか自分でやるつーのそのくらい!……サンキュ、な」
鈴花が目を細めた。照れた彼を見守るように。──
だから、二口はまた照れくさい。
「今朝もお店に寄ったら、おばちゃんが言ってくれた。──素敵な傘ね、と。──その箸を購入した小物やさんのご主人も
仰ってくださった。その素敵な傘は先日、お惣菜のおいしい商店のおばちゃんに卸したばかりなのだと」
二口は思い出す──。
傘を買った商店、鈴花が常連な店。
そこのおばちゃんに「傘を買ったこと、あいつにはナイショに」とお願いしたのは、鈴花にサプライズプレゼントしたかったからだった。
「そっか……あのおばちゃん、やっぱちゃんとナイショにしてくれたんだな、俺が傘、買ったこと」
鈴花がやはり、と納得して微笑んだ。
「おばちゃんのとこで買ってくれた傘だったんだね」
「おーお前、あのおばちゃん大好きみてーだし? 売り上げ貢献したら余計喜ぶかと思ったんだよ」
「うん、嬉しい。──でも、どこで買ってもあの傘は宝物だよ」
鈴花が心底嬉しそうにするから、二口はくすぐったくて、そわっとして。──
「雨、降んの楽しみなわけ」
「うん、楽しみ」
鈴花がまた笑ったから、二口はただよかったと思えた。


早速使わせていただきたい箸を手にすれば二口はちょっと得意げだ。
俺、こんなキャラだったっけ、とか参りつつ。──
昨日、きっちり洗って拭いて、バックに忍ばせた箸。
今日は弁当だったもので、鈴花にこそりと言った。
「今日家でベントー作ってもらったから、おばちゃんの飯はまた今度になっちまうけど……でも、
箸は使わせてもらうからよ」
鈴花が「そうか」と頷いた。
けれど嬉しそうに。──
「……そっか。おばちゃんのお惣菜を食べる時は私も呼んでくれ」
「おう、今日は青根もベントーだっつうから一緒に食ってるわ。最近おまえと食ってる時が多かったし」
そう、いつもは大概級友や青根やバレー部の仲間と食堂に行ったりすることが多かったけれど、
鈴花と付き合ってからは、昼は鈴花と食っている時が増えてきていたのだ。
鈴花はにこりと頷いたが。
「おまえ、一緒に……」
「ん?」
「えー? 一緒に食いたいのにーとか言えよ。一緒にいれねーの、とかよ」
言ってしまって、ふいっと目を逸らした。
そしてまた、どうなんだよ、と窺う。
「なんで」
「あのなーむしろこっちがなんで? 俺彼氏じゃね? とかいちいち言うのもよー……」
「だからだよ、彼氏だから」
鈴花がきっぱりと言った。
「友達とごはんも大事な時間だ。──私にばかりかまけて友達や仲間を大事にできないやつに用はない」
きっぱりと。──当然だと。
「それに、私は夜に子守唄まがいの美声を聞かせられる権限を持っているしな」
いひっと笑うそれは、二口に気遣わせないようにしているのだろう。
二口がつい、頬を緩めた。
「あーアレな、なかなか夢にまで出てこなくて悔しいんだけど?」
「なんだ、まだ出てなかったの。──声が聞きたかったらいつでも歌うぞ。あ〜あ〜」
「今はいいつーの! いちいち歌わなくてもお前自体が隣にいるんだしよ!」
ネタにしやがって、と二口は口を尖らせたけれど。
「青根とかもどーせ知ってっし、今度皆で食う? 昼。からかわれっかもだけど」
「ん? 青根くんはそーいうタイプに見えないけど」
「青根はな……でも、他のクラスメイトとかよ……食堂で先輩と会ったりしたらな」
鈴花が目を細めた。
「……あんたが嫌じゃなかったら、今度、お邪魔させて」
「ん? おう──つうかいい加減、堅治って呼ばねーの」
「堅治──いい加減、鈴花って呼ばないの」
「……あーもーイジりやがって! こっちは割と必死なんですけど!?」
つい悔しげに言ってしまっても、しっかりわかっていると伝えてくれる素直な笑顔が隣にある。
──あーあ、席替えとか勘弁なんだけど。
子守唄を聞ける権限があるとはいえ、そう思うだけ。
「鈴花──って、呼ぶだけで、なんなんだよコレ」
「堅治──って、呼ぶだけで、脈速い」
鈴花が気恥ずかしそうに笑っていた。


翌日、伊達工業の裏門からは勢いよくエンジェル鈴花が飛び出た。
「ハァイチャーリーいくわよ〜!」
「まだソレか! 別にいいけどよ!」
二口もすたりと飛び越え、二人はおばちゃんのお店で昼飯を買おうという算段というかミッション遂行中である。
「お、最近ウチのガッコの連中も増えてきてんなー」
「バレー部のみんなも寄ってくれてるから、広まってきたんじゃん?」
嬉しそうな鈴花に二口は嬉しいと思う。
「で、ナニにするよ?」
「ん〜あっ! おにぎりセット! これこれ、ちょこっとからあげが付いてるのが嬉しいんだよね〜。あんたは? 堅治は? けんちゃんは〜?」
「早く食いたくてはしゃいでんなーコラ。俺はタラフライべんとーにするわ。おばちゃんのウマかったし」
「おいしいよね〜!」
二人が会計しようとしたところで、二人は「あ」と言った。
入店してきた客は「げ」と言った。
「なによあんたたち、これから一緒にお昼なワケ」
「ま、そーっスね! 先輩もココで昼飯買うんスか」
二口が自慢げなものだから、先輩女子も眉をしかめた。
「なんか最近評判らしいし? うまそーだと思って買いに来ただけだっつの」
そこに鈴花がすかさず、商品を指し示した。
「先輩、このミニオムそばセットもおすすめです。いっぱい買ってください」
「うっせーな回しもんかコラ!」
「コロッケもおいしいんです。いっぱい買ってください」
「あたしを太らせる気か船津コラァ!」
そんな女二人のやり取りを二口がどこかぽかんとして見ていた。
「なんだかんだで仲良くなっちってる……? とか?」
トイレでバトルした時にさんざん腹を見せあったからなのか? と思えば、二口もおかしいような。
先輩はやってられないと思ったのだろう。
二人を押しのけるようにさっさと会計してしまい、購入したコロッケセットを鈴花に渡した。
「くれてやるわよ。──茶道部の部長にハナシ、通してくれたらしいじゃん? その礼だし」
ふん、と言ってさっさと出てゆく。
おばちゃんの人の好い笑顔に見送られながら。──
二口のぽかんとした顔と、鈴花の一礼に見送られながら。──


中庭で飯を広げれば鈴花がご機嫌である。
二口は鈴花からもらった箸を使って──。
「うめーさすがおばちゃんだな、やべー」
「コロッケもヤバイよ〜。あの先輩、買ってくれたとは」
「ま、鈴花のスマホブッ壊しちまったしな──つうか、茶道部のブチョーさんは納得してくれたんだろ」
「そうだよ、私がいいならこちらがどうこう言う問題でもないと。──この件はこれで終いだ。んま〜!」
たんたんと言いつつ、やっぱりごはんに頬を落としそうになっている鈴花の隣で、二口がひょいっと箸を掲げた。
「この箸、気に入ってっから──あんがとな」
「うん──私も早く傘使いたいのに、なかなか降らないし……」
「降ったら一緒に帰れたらいーんだけど?」
鈴花がぱっと見やると、二口はそっぽを向いて、飯を食っている。
「ま、部活終わんの暗くなってからだし、待たせるワケにもいかねーけど」
「べつに待っててもいいけど」
「……っマジ!?」
二口はしまった、と思う。
たかだか相合傘な予定な程度で何をこんなにも嬉しそうに、と。
「練習見ながら待ってればいいし」
「……っでも、退屈じゃねーの、何時間も……」
「なんで? 堅治がバレーやってるところ、見るの好きだよ。かっこいいし」
こんなにきっぱり伝えてくる、目を合わせて。
「……お前、照れさせるとか、やめてください」
「フフフそのタコさんウインナーをくれたらヤメてやろう」
「別にこのくれーくれて……あーやっぱヤメた!」
「むっ! なんでよ!」
「うるせーやっぱ嬉しいんだっつの──かっけーとか言われるとな、おまえに」
鈴花が微笑んだ。──
「でも、あんま張り付いて見てるとキモイから、図書館とか行ってるね」
「別にキモくねーよ。あーあ、早く雨降んねーの」
「まだ五月だしなかなかなー」
「週刊天気予報チェックしとくわ」
「ん。──カッコイイ堅治くん、ここはひとつ、やっぱりタコさんウインナーをだな……」
「わーったっつうんだよコラァ!」
鈴花がプレゼントした箸で、与えてやったのだった。


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