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遠い笑顔──二宮、病んでいる。一万打秋祭りの「遠い花火」の続き。犬飼と辻の会話メイン
じきに冬のおまつり、ちょっとの雪に、行灯、かまくら、ホットワイン。──
恋人と歩む、楽しみながら、微笑みあいながら、帰りしまの車の中じゃキスをして──。
そんな理想は遥か遠いと思うこともなくなった。
業務が終わり、ボーダー本部内をちらりと歩む、このまま着替えてまたいくつか歩んで、二宮隊の作戦室へゆく。
──いつものことだ、鈴花にとっての──。
鈴花はくすりと笑う。
二宮隊の作戦室にお邪魔する。
これすら業務の一旦だったなら、だなんてありもしないことを想像して。
けれど現実は、
「お疲れ様です」
あたたかく接してくれる氷見さんがありがたい。
彼女が、時折ほんの少し──心配そうに見やることも、鈴花にとってはありがたい。その気持ちが。
「お、そういえば鈴花ちゃんもう、終わりの時間かあ。夜はあんまり出ないんだ?」
ある程度”知って”いても、ともかくにこやかな犬飼の対応はありがたい。
「そうだね……たまにかな。夜の食堂はそんなに、人が来ないから……週一、かニ、くらいかな」
ぺこりとして、待つ。
待たせる二宮は本部長のところにでも今日の成果を報告にでも行っているのだろうと思いながら──いつものこと。
いつもとは、待たせることではない。
一人で勝手に帰るなという拘束のことだ。
飼い犬のように待たされている鈴花は二宮隊の作戦室の中、氷見が気遣っても、犬飼がにこやかにしても、
辻が茶を差し出しても、座ろうとはしない。
ほんのり微笑んで、端に佇み、二宮を待つだけだ。
犬飼が、にこやかに訊いた。
「鈴花ちゃんてさ、二宮さんのこと好きなの?」
「大嫌いです」
犬飼は意外そうに眉を上げた。それはポーズなのかはわからない。
ただ、鈴花は笑顔だった。
「待たせたな」
二宮が戻ってきて、隊員達は「お疲れ様です」と言った。
二宮の指示があり、軽いミーティングをして、お開きとなった。
本来ならば共有していない独自の作戦内容などを他の隊員、しかも戦闘員ではない者の前で語ることはない。
──が、空気のように端に佇む女が一人。
──害もなく、隊長に”管理”されている船津鈴花という人。
解散したなら、犬飼が「そうそう」と、二宮に声を掛けた。
「さっき二宮さんがちょうど帰ってきたあたりに鈴花ちゃんに質問したんですけど──その答え、聞こえちゃいました?」
──鈴花ちゃんてさ、二宮さんのこと好きなの?
──大嫌いです。
そんな笑顔の答えが。
「ああ、どちらにしろ、知っている」
二宮は顔をしかめるでもなく、不快感を声に乗せるでもなく、鈴花を引き連れ、基地を出てゆく。
「先輩、立ち入らない方がいいかと」
辻が犬飼にそう言ったのは、二宮と鈴花の背を見送ってからだ。
「もちろん立ち入らない関わらない、害なんてない、同情もしない」
さらりとマフラーを巻く犬飼を辻が窺っていた。
「同情ですか」
「そ、飼い主にも新しいペットにも同情はしない」
犬飼は口端をあげても、その目が笑ってはいない。
ただちらりと──興味を傾けて、さきほどは鈴花に”質問”をしたのだろうと、辻は思う。
「ペットとはさすがに船津さんが不憫ですね」
「そうだなあ、じゃあ飼い犬で」
「同じじゃないですか」
「でも、ニュアンスが違うだろ。でも飼い犬の方がましかもね。ペットってほら、犬も猫もいれば熱帯魚から鳩まで様々だからねえ」
「そればかりはお二人には言っちゃだめですよ」
「わかってるって。特に二宮さんには言わない、言えない」
外には雪がちらついていて、夜ともなれば草木も凍る肌寒さに見舞われる。
「船津さんが笑顔で大嫌いだと言った時は、驚きました」
犬飼は意外そうにした。
「そ? やっぱり? ってかんじだよ」
「飼い犬のように扱われているから……でしょうか、やっぱり」
犬飼はからっと笑った。
「あはは違うよはずれはずれ。鈴花ちゃんは意外と頑固だと思うなあ。もしも首輪をつけられても──
本当に逃げ出したかったら、どんなに強制的に餌を与えられても吐き出しちゃうよ、たぶん。それでじっと
待つ──痩せ細って、首輪から抜け出せるくらいに痩せ細って、餓死寸前になっても脱走してっちゃう。
そんなひとだと思うよ、あ、これは例えだけど」
「人間の骨格じゃいくら痩せても肩も頭部も引っかかりますしね」
「そそ、それに何より、二宮さんのマメさが赦さないよ、そんなことはね」
 じきに冬まつりだ。この冷えの中、かまくらや雪像を目にしにゆく予定をたてている誰かは多い。
最も、そんな祭り場へ鈴花を連れ出さない二宮だとは、犬飼も辻も知っている。
「じゃあ船津さんは結局、二宮さんが好きなんでしょうか」
「そうだよ。だからこそ大嫌いなんじゃない? だって大好きなご主人さまが執着してるのは自分じゃ
なくて、居なくなっちゃった子なんだからさ。──」
「じゃあ、なんであそこまで船津さんを?」
「鈴花ちゃんが言いなりになってくれるからじゃない? 普通の子ならとっくに拒否ってるでしょ。でも──
二宮さんが拘ってるのは鈴花ちゃん自身じゃない、鈴花ちゃんを管理下に置くこと、それ自体なんだよ。
もう二度と逃げ出さないようにね」
辻の瞼に浮かぶのは「大嫌い」と言った、あの笑顔。
「……辛そうですね、二人ともに」
「──ね。誰が悪いのかなんて考えたくもないけど」
緩やかに──雪を受け止める犬飼の横顔を辻は見た。
「犬飼先輩はけっこう、船津さんを気にしてますよね、前から──」
「そうだね、頑固な女の子を陥落させるのは好きだけど」
そっちの”気”だったとは辻も読めなかったから多少驚いた。
「ちょっかいを出したりはしないんですよね」
「そりゃそうだ、二宮さんを怒らせてまで出したいちょっかいはない。それにどっちにしろ俺じゃあ無理、
俺じゃあ言わせられない。──鈴花ちゃんに笑顔で”大嫌いです”だなんてとても言わせられない。
できるのは二宮さんだけなんだよ」
そう、誰が悪いのかなんて、罪深いのかなんて、この降り積もる雪も知りえない。
何も知らず、誰にでも平等に降ってくる──鈴花が手のひらで受け止めて、目を細めていた。
「……きれい」
「体が冷える、さっさと帰るぞ」
促され、逆らうことなどなく鈴花は二宮に続く。
すると二宮は歩む速度を緩め、鈴花の隣よりも半歩後方を歩む、いつものこと。
雪を浴びている鈴花がにこりとして振り返った。
「大丈夫です……背中から見守らなくても、滑って転んだりしませんから」
「そんなことは心配していない」
鈴花が微笑んで、頷いた。
一度、「私が斜め後ろを歩むよ」と言ったことがあった。
「心配しなくても、いなくなったりしない」と何度も訴えた。
けれど二宮は頑なに、自分が斜め後方を──歩むのだった。
もう、慣れてしまった。
「もうすぐの冬祭り……行きたいです」
「わかってるだろう」
──行かせるか、と。
「二宮さんと一緒に……でも?」
「それもわかってるだろうが」
──誰が人ごみになど紛れさせるか、と。
鈴花がとうに諦めている心を表すように微笑んだ。
諦めと嬉しさが混ざって、悲しさに変わることをごまかすように。
「早く歩け。帰ったら風呂にでも入って体を温めろ」
けれど、肩に降り積もる雪を拭ってはくれないひと。
「……一緒に入りますか?」
目の前で着替えさせるくせに、絶対に視線を配らないひと。
「ふざけた冗談だな」
あの”線”に腕と脚を繋ぐ時にしか、触れやしないひと。
「あ……っ」
少し、雪に足をとられても助けやしないひと。
「滑って転んだりしないと言っただろうが。間抜けめ」
雪のように冷えた言葉なのに、案ずるから苛立ちを隠しきれないひと。
「ごめんなさい……でも、崖の下に落ちそうになったら、さすがに助けてくれますよね……」
そんな悲しいことを言わせるひと。
「崖にすら近寄らせるか」
なのに、この冷えた肌を決して穢してはくれないひと。
そんなひとなど、
「やっぱり大嫌いです」
こんなにも管理下に置いているのに、雪景色の中の笑顔は二宮にとっては遠い。
「そうか」
頷いただけだ。鈴花は雪を楽しみながら、今日も当然のように言う事をきく、逃げてはゆかない。
吸い込む空気すら管理された”ゲージ”の中へ自ら飛び込んでゆく。
玄関を潜るまで、二宮が鈴花の前を歩むことは今日もなかった。


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