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欠落──犬飼、かわいそうなヒロイン、辻くん語り
廊下の向こうに見えたのは、犬飼先輩と船津先輩だ。
隊も違うというか、そもそも戦闘員ではない船津先輩とはあまり関わりはない。
けれど、犬飼先輩は今日も、なにやら、これみよがしに話しかけている。
それはもう、酷いくらいに愉しそうに。
こんな人だったかと思わせられるほどに。
「鈴花さんさ、ほんっとへったくそだよね。歩き方すらへったくそとか笑える! オレに任せとけばいいのに。って、いつも言ってるよね」
そう、愉しそうで、俺はできればできるだけ本来なら近寄りたくはない。
というのも、
「あの、だから……しなくて、いいから……資料運ぶくらい、あの、犬飼くん、なんで……」
鈴花さん──そう、船津先輩は困っているどころか、
「だってとろとろしてて見てらんないし。おもしろいし?」
「な、なにがおもしろいのか、わかんない、し……資料、返して……っ早くもってかないと……」
「え? なんで? どうしてかな? オレ今さ、話してるだろ。鈴花さんとオレが。
え? 運んであげるのも迷惑とかひどっ! ひどいね。鈴花さんはひどいひとだった」
「そんな、迷惑、とか……そこまで、言ってな……っ」
「わかったオーケー資料は返してあげるから運んであげない。そのへったくそな歩き方でがんばって運ぶんだ? へええ、そっかそうか」
「さっきから、犬飼くん、酷くな」
「いよね? だよね、親切な澄晴くんだよ」
「……運んで、くれようとするのは嬉しい、けど……」
「じゃあもっと喜びなよ、なんで泣きそーになってんの? 鈴花さんて思考回路おかしい? ああ、頭の中もへったくそな回路持ちかなあ」
「も、ひど……いつも、なんで……」
はい、ついに泣いてしまいました。──
何度か見かけたことがあって、まあ、最初の頃は犬飼先輩に疑問を抱きながら止めに入ろうとしても
犬飼先輩はまるでこのままだ。
今日も愉快そうに船津先輩を困らせ、泣かせ、更にはそれを間近でにやつきながら眺めている。
「犬飼先輩──そろそろいい加減に、作戦室へ」
「あありょーかい。あっ、逃げちゃった」
そう、船津先輩はその隙にばたばたと走って逃げていき、犬飼先輩はそれを満足そうに眺めていると。
なんなんですか毎回。
「……子供の意地悪ですか」
呆れ気味に訊いても、犬飼先輩は満足そうに笑うだけだ。
「え? だってあの人、泣かせたくなるんだよ、見てるとさ」
「年上の女の人を泣かせておもしろいんですね」
「泣くとさ、まつげが濡れて、きれいなんだよな〜」
たったそれだけの為に、どうでもよさげに傷つけるとは。
「先輩、欠落してますよどこかが」
そう思わせられる。
「あははなんだよそれ。だって鈴花さんさあ、からかうといっつも律儀に泣いてくれるし、オレのこと好きだったりして?」
「そりゃ大嫌いなんじゃないですか」
「ううわ、ショック! でもそれネタに今度また絡もう、ああ、そうしよう」
すみません、船津先輩──ネタを提供してしまいました。
「ところで犬飼先輩は船津先輩の事を好きなんですか」
「そりゃだいすきだいすき! 優しい澄晴くんにもっと懐いて欲しいんだけどなあ」
「先輩、やっぱりどこか欠落してますよ」
「え? オレ優しくないっけ」
全く、これみよがしに首を傾げる先輩は。
「わかってるところがタチが悪いですね……」
全く、船津先輩もかわいそうに。
「優しいじゃんオレ、こんなに大好きなんだけど。泣かせるくらいで済ませてるとか偉い?」
「はあ。──それで済まなくなったらどうなるのか聞きたくないので言わないで下さいね。船津先輩に避難勧告出さなくちゃなりませんし」
「えーだめだめ! つうか俺の鈴花さんに気ぃ遣ってんの?」
いつの間に先輩の鈴花さんとやらになったんですか。
「遣ってませんし、どちらかというと関わりたくないですね。犬飼先輩が面倒くさそうな気がします」
すみません船津先輩。
俺が助けに入っても、ムダな気がするんです。
犬飼先輩の執着心を見てると。──
ああ、そういえばからかって遊んでいる様で、やっぱり執着してるんだろう、犬飼先輩は、船津先輩に。
そう思える、愉しそうな笑顔は時々、じっとりと蛇みたいに向けられてるから、あの弱弱しい女性に。──
「そうそうたぶん面倒になるって。泣かせるだけで済ませなくなるし、それはそれでいいかもなあ」
──はあ。
「船津先輩が泣くとそんなに惹かれるんですか」
「だってどんなに泣かせても、また律儀に泣くんだよ、睫濡らしてさー。もしかしてオレが喜んでんの知ってたりして」
さあ、いい加減作戦室に向かわないと、二宮隊長の機嫌を損ねてしまう。
「もし、船津先輩が顔を見ただけで逃げる様になったらどうするんですか」
「え? 逃げないっしょ」
「やっぱりどこか欠落してますよ、船津先輩もかわいそうですね」
「そんなことないって」
いや、船津先輩が”こう”させてるのだろうか。
意識もせずそそりをくれて、意地悪い犬飼先輩に”させる”のだろうか。
どちらにしろ、関わりたくはない。


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