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ナイショのお買い物─二口 上の続き 9
そろそろ梅雨か? 何気なくそう思ったけれど、実はまだ五月である。
「え? 六月に梅雨入りすっかも怪しいのに何言ってんだよ」
同じクラスの友人にそう言われて「まあな」と返したものの、二口はどうしたもんかと思う。
いつかのトイレ事件など、鈴花の気持ちに何か返したくて聞いた、ヤツの欲しいものは傘だった。
しかし二口は思うのだ、もしも「お前には世話になってるからな」などと言って渡したなら──
──誰がいつあんたの世話を……?
とかクソナマイキさが返してきそうで、傘はまだ購入してはいない。
ただ、梅雨入りしたなら、「どっちにしろもう梅雨だろが、せっかくだから使えや」などと言いやすい。
渡しやすいという目論見もあり、梅雨はまだかとつい、友人にぼやいたのだった。
「は? 雨好きとかねーだろ。ロードワークとかあんじゃん」
「そりゃそーだし、その前にインターハイ予選だしな」
梅雨がどうだの言ってる場合などではない。
ただ──教室の一角で喋っていた今、ちらりと自分の席、その隣の席のあいつを目にすればやはり
大人しく本を読んでいる。
──駅のすぐ傍なら、二十一時くらいまではやってたかあのショップ。いや、あそこはんないーのなさそーだし。
それに何より、インターハイ予選が控えている今、買い物に出向く余裕もない。
ぐだぐだに消耗して返って、ストレッチして、飯を食って風呂に入ればばったり眠るだけ。
起きたならすぐに朝練の為に動く。
──予選終わってからだなやっぱ。
そう思いつつ、けれど、着席したならば。
「──おい」
「──なに」
やはりつっけんどんな返事に二口は大概思う、こんな女なのに、と。
欲しいものを礼としてでも、渡したいと思ったとは、と。
「お前、新しい傘欲しいっつってたろ」
「ああ、うん」
「買ったのかよ」
「まだだよ。来月の後半くらいに梅雨入りを控え、満を持して買う所存だ。どうかしたか」
「あ? べつにどーもしねーよ!」
二口は心の中でよっしゃ、と拳を握ったが、後から思うのだろう、俺は別に礼とかの気持ちであって、
んなコイツにそんなにも欲しいもんくれてやりてーワケじゃねー! と。
ともあれ、俺が買ってやっから、と予告するのもどうか。
できればクソナマイキさをぎゃふんと言わせたい、いや、違う。
──ありがとう! やきそばぱん、おいしい!
あんな笑顔をまた見たい。
そう思ってしまった自分に二口は額を抱え込んだ。
「あーああ……バカか……」
独り言はそりゃ鈴花にも聞こえたから。
「どうした二口堅治くん──バカって自分のことか? 病院いくのか? 頭の」
「誰が病院行きだコラァ! 確かに俺はバカだけどな! お前なんかに……っんでもねえ」
二口はいい加減、ぷんすかとそっぽを向いた。

──傘? ふーん買ってやろっか、鈴花はどんなのいーんだよ。
──えっ……そんな、買ってくれるなんて……。
──そのくれーもさせてくんねーの? お前俺を庇ったんだか余計なマネして手首に痣作ってよ。それに、アイスも、おばちゃんの飯ごっそーしてくれたのも、俺、けっこー嬉しかったんですけど?
──……っそれは、私が勝手にやったことで……っ。
──傘、欲しいんだろ、そのくらいさせてくんねーとか、お前ひどっ。
──そんな……っ堅治くんの気持ちは、嬉しい、よ……嬉しいの、すっごく……。

そんな架空のやり取りがふと脳内に浮かび、二口は苦い顔をした。
そんな女だったらどんなに可愛げあったんだよ、とひしひしと思う。
なのに、実際に気持ちを傘という形にして返したくなったのは、今も「どうしたんですか二口くん、おこなの? おこですか」とか言いそうな面の女。──
「べつにあんた、バカじゃないでしょ、どーしたの」
「……っどーもしねえよ、忘れろ!」
「まあいつか拝見した小テストの残念な結果は忘れられないが……」
「それこそ忘れろコラァ!」
「ま、病院で頭診てもらうのは私だったりして」
「……は?」
「だってこんなに相性悪いのに、あんたと話すのが最近、毎日、だんだん楽しくなってる」
二口はジト目で鈴花を見た。──
「なんなんスかその素直なスマイルはなんなんスか船津さんよ──。なんなんスか別に病院行くほどじゃないっスよね。
つーか行かせねーし。万が一トチ狂ったっつーんならそのまんまで居てもらえませんかね。俺と話してて楽しいんだろ?
いいんじゃないスかそれで」
鈴花がきょとんとした。──
首を捻った。
「あんたは、私が楽しくあんたと話してるほーがいいんだ?」
「そーいうことだろが。あーあ、お前クソナマイキなのに、たまに素直に笑いやがるしよ」
ちょっとやけくそ気味に認める心。
鈴花が目を細めた。
「なるほど、病院に行くのはやめとこ」
いたずらっぽく笑えば二口がまた口を尖らせた。
どんどん心を許していってしまうこの小さな衝動がどんどん積もって、積もり積もる様子で。
──傘待ってろバーカ。
心の中でつい、悪態をついた。


もう暗くなった頃、ぞろぞろと裏門付近の商店へ向かったのはバレー部の面々だった。
「あら鈴花ちゃんの彼、いらっしゃいませ」
「どもっす」
二口は”まあいいか”と思う。
おばちゃんは未だに付き合っていると誤解している風だが、まあ、いいかと──。
それもこれもあのクソナマイキがたまに見せる心ぶりに惹かれ始めているからとは、口惜しい。
そのうち誤解じゃなく、マジにしてやるだなんてどこかで思っているからか?
そう考えれば”いやいやまさかまだソコまで”だの、ぶつくさ思ってしまうのに、商品である傘を目にして
はっとした。──
「……っそういや、ここにも傘、置いてあったんスね、ビニ傘以外でも……」
そう、もしもこの商店で購入した傘なら余計に船津鈴花は喜ぶんじゃないかなんて。
そう思ってしまう心が止められず、食い入るように見てしまう。
「んだよ二口、雨降ってねーだろ」
「……っそうなんスけど、よさげなのがあったんで……」
ふうん、と相槌を打った鎌先先輩はアイスだなんだと他の部員達とともに選びにかかった。
──さあ、どれにすっか。
二口がどこかわくっとしながら選ぶ様を青根が見守っていて、それは店主のおばちゃんもであった。
「いつもはビニール傘しかないけれど、商店街の小物やさんがお手ごろなのをいくつかおろしてくれてねえ。
最近は鈴花ちゃんの宣伝のおかげもあってか、高校生のお客様も昔ほどじゃないけど増えてきたし
置いてみようかってね」
「……っあの、あいつ、まだ買ってないスよね……」
「ええ。今日の午後入荷したばかりでねえ。鈴花ちゃんは今日の放課後は寄ってないからねえ。
もしかして、プレゼントかい」
「いっ!」
途端にぎくりとした二口がおばちゃんににこやかに見守られていた。──くすぐったい。
そして、少ない品揃えではあったが、目を引かれた一本を手に取った。
──あいつにはちょっと派手か?
そう思いながら──けれど。
──あんたは、私が楽しくあんたと話してるほーがいいんだ?
そう言っていた素直な笑顔には、ちょっと明るい色柄のこちらでも充分似合うだろうと──。
「……これください」
「うちにはちゃんとしたラッピングはないけれど、ワインのラッピングに使うリボンならあるよ」
「いやいや……っさすがにそこまではいいっスよ」
「そうかい? 鈴花ちゃんもその方が喜ぶんじゃないのかい」
──やっぱり完璧、あいつへのプレゼントだと分かられてやがる。
二口はほとほとそう思いつつ、会計を済ませた。
たかだか八百円の傘だ、大したプレゼントってワケでもねえし、ラッピングなんて照れくさすぎる。
そう思えば、
──だって今日のやきそばぱん、すごい美味しいんだもん。値段なんかつけたくないし、そっちも値段つけないで。
そんな鈴花の笑顔が浮かんで、「だよな」と思う。
「いや、あいつ……そういうの気にしないと思うんで、やっぱりリボンいいっス」
おばちゃんがにこやかに頷いた瞬間だった。
「二口、プレゼントなのか?」
「いっ!」
「ケッ! 女居るやつぁよー!」
途端に先輩や同輩にからかわれたり、小突かれたり。
どうにか店を出る間際に、
「明日の朝、もしあいつが来ても、ナイショにしてもらっても……いいっスか」
そうお願いすれば、またおばちゃんが快く頷いたのだった。


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