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本気にしたら─阿伏兎、生意気な夜兎ヒロイン

第七師団に近頃入った新入りは同族であり、だからこそここに吸収されたとも言えた。
女だったが無愛想なもので、未だ溶け込んではいないかに見えた。
「はあ……っくそ……っもう……」
文句を垂れながら湯を浴びれば返り血と、そして自分の血もいくらか流れてゆく。
シャワールームの扉の向こうに気配を感じた。
「おい、包帯置いとくから巻いとけ」
「……阿伏兎?」
女は首を傾げながら、声が聞き取りやすいように一度シャワーを止めた。
「なんでわざわざあんたが? 副団長」
「やれやれ副団長と呼ぶならもうちょっとしおらしくしたらどうだ」
生意気っつうかなんつうか。
そう言いたげな阿伏兎が包帯だのを扉の前に放った。
「だからなんであんたがわざわざ?」
「お前さん、今日は余計な世話焼いてくれたしな」
「余計な世話って何よ副団長」
だから生意気な口ぶりはやめろ、と言いたくもあり、それは懐が狭い気もするし。
わざわざ包帯を持ってきてやることも、阿伏兎はどこか歯痒い。
「とぼけてんじゃねえ、俺を庇ったつもりか今日は。あのくれェの砲弾で怯むか」
「だってあいつらちまちま撃ってきてこそばゆかったのよ。たまたま一網打尽にしてやっただけで、囲まれてしまった副団長殿たちを助ける為じゃない」
囲まれたのは阿伏兎自ら敵を誘い込んだからだ。
その辺りを分かっているだろうにそう言ってのける女の裸体は今、半透明の扉の向こうにシルエットだけ、見える。
血はさんざん垂れ流しているんだろう。
あの不器用な一網打尽とやらを銃弾浴びつつ繰り広げた女は。──仲間は。
阿伏兎はふいっと溜め息だ。
「やれやれ、俺にシバかれ団長にシバかれ拾われた身としちゃ随分生意気だ」
「クソ生意気な暴れ馬だからこそ引き入れたんでしょ、手綱握られ野郎共にケツ叩かれて元気に隷属してるんだから許して欲しいわ」
ふふっと、笑う声が聞こえただろうか。──
新入り女のクソ生意気さに阿伏兎がやっと背を見せたなら、引き続きシャワーの音が微かに響き、それは遠くなっていく。
ここは船の中だ。今日のドンパチを終えて飛び立った。また次の目的地へゆく。
船内をゆけば、ぱっと、団長の笑顔が見えた。
「阿伏兎、鈴花まだ生きてた? 今日派手にやられたんだって?」
「ケツ叩かれて血ィ流しても元気だとよ」
「ならよかった。せっかく阿伏兎が引き入れたんだし」
「俺ァ血が余ってんなら丁度いい流し場があるっつっただけだ。結果団長にケンカ売って生きてるたァな」
「阿伏兎が惜しそうにしてたから殺さないであげただけだよ。それに鈴花はこれから強くなるだろうし」
「後半メインじゃねーか」
今は仲間としているが、いつか殺されちまうのかね、鈴花も。
呆れ気味にそう思いつつ、船内の寝床に戻れば阿伏兎はぎょっとした。
「ちょっと、包帯上手く巻けないんだけど。左腕が上がらない」
副団長の寝床に現れた女に──鈴花に。
上半身は裸に包帯。
けれど、ところどころ緩んで、見えそうな見えなそうな。
「それでなんでわざわざ俺んとこに来るかね、てめーは」
「だって阿伏兎がわざわざ包帯、くれたからさ。包帯くらいいくらでも持ってるのに」
そう生意気さを撒き散らしながら、誰も入室の許可などしていないが、すとんと入り込む。
「そうかいそうかい、そりゃおせっかい焼いちまったな。これ以上焼くわけにもいくまいよ」
「だって阿伏兎がせっかく持ってきてくれたのに、巻けない」
阿伏兎が軽く唸った。
なんだそりゃ、クソ生意気な中にちょっとの可愛げか。
いやいやコイツに限ってそれもねえだろうとは感じつつ、やれやれと──。
「ちょっとキツく縛ってやりゃ少しは言う事きくのかねお前さんも」
包帯の先を手に取り、きゅっと引っ張り、巻きにかかってやった。
「組織に属してるだけで充分縛られてるでしょ」
「そりゃそうだ。だがそのおかげで戦場には事欠かねえだろ」
「そりゃそうね。って、あたた……もうちょっと優しく巻けないの」
「甘えてんなよ随分サービスしてやってんだろうが」
そう言う手は無骨に見えて、慣れているものだから器用に鈴花の体に巻きつける。
傷口を塞ぐ。
鈴花がくすくす笑った。
「若い女の身体に触ってるんだもの、喜んでもいいんじゃない」
「生憎俺にも好みってのがあってねぇ」
「おや、副団長殿は傷だらけの女はお気に召さない」
「傷でもじゃじゃ馬でもいいが生意気すぎて色もそっけもねえよ、背中見てもな」
──さあ、巻いてやったし出てけ出てけ、一先ず寝て復活しやがれ。
そう言う阿伏兎に鈴花がさっと振り返った。
「ふうん、じゃあしおらしくすればいいわけだ」
「あ? おい……」
鈴花はよつばいになったなら、あぐらをかいている阿伏兎にそそっと迫る、見上げる、見下ろされる。──
「副団長さま? 阿伏兎……さま? とか?」
「んで疑問だ、それでしおらしくしてるつもりか」
「してるじゃん、よつんばいになってご主人様になにかねだるポーズでしょ」
「型だけで地が出ちまってんだろうが。しおらしいペットがそんな挑発的な目でエサねだるか」
「じゃあお腹見せるとか?」
「せっかく巻いた包帯取るってのか」
「取ったらどうなるの?」
「どうにもなるか」
「なあんだつまんない──」
鈴花はさっと立ち上がる。
「オッサンの女の趣味はよくわかんないわ」
「ぁあオイ! このクソ生意気なんでだいたい俺の女の趣味なんか気にすんだてめーは!」
「さあね、世話焼きおじさんにもっとお世話かけたくなったのかも?」
ふふっと笑って鈴花は出てゆく。
阿伏兎は額を抱えた。
「拾って失敗したか……?」
どこかでそう思う。
かつての敵の中に同族を見つけたと思ったら矜持もへったくれもないただの戦バカ女であった。
はったおした後に──あてもないというその同族を拾って仲間に引き入れたならば、団長にケンカを売ってのされた、そんなバカだった。
自分より強いやつになら従うという戦闘バカぶりを発揮した女は神威に”予約”されたせいもあり、本格的に入団した。
もっと強くなるだろうし、その時また殺してあげるよ。
団長はそう言っていたけれど。──そのバカ女、鈴花に。
そういう理由で師団に入った新入りの”クセ”に阿伏兎は溜め息だ。
──オッサンの女の趣味はよくわかんないわ。
生意気で挑発的で、何が女の趣味だ。
──取ったらどうなるの?
果たして”オッサン”をからかってるのやら、妙に挑発的だった。
それを思えば阿伏兎は息を詰める。
──気のあるそぶりしやがって、本気にしたらどうすんだ。
そう思ってしまった自分に盛大に溜め息をついた。


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