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言いそびれたのは─二口 上の続き 7
そういや妙にすっきりした感があるのは何故か。
部活に向かう途中、二口はふと思う。
ちょくちょく絡みにきていた先輩が来なくなったからか。
いや、心が軽いような、ふわりとするような気もする。
そう思えば隣の席のあいつの笑顔が浮かんで、なんとも言えない気持ちになった。
むかつくだけだったあいつとは少しづつ打ち解けているような──
少しづつ、いろんな表情を目に驚かせられたり、目を逸らせなくなったり。
「あーあ、まさか……ねえわな」
ぼそりと呟いた、己に。
青根がふと見やった先を見れば。
「……あ」
そう、青根も視線を感じたらしいのだ。
鈴花とトイレでもめたというあの女先輩の。──
数メートル離れたところを通り過ぎるところ。
向こうは二口を目に、「げっ」とあからさまに言った。
そして逃げる様にそそくさと、いや、逃げたのだろう、駆けていってしまった。
避けてもおかしくはないだろうけど──。
「あいつ、どれだけトイレで暴れやがったんだよ」
ソレが原因としか思えず、二口はぶふっと笑った。
青根がじっと見ていて、
「わーかってるっつの。今度からアブネーマネさせっか」
けれど今日の昼もエンジェル鈴花の突発的な行動を追いかけるばかり、ツッコミ三昧するばかり。──
「手に負えるかわかんねーけどな」
ほとほと呟いても、あの笑顔が思い浮かぶ。
──ぱんおいしい! ありがとう!
そう言っていた笑顔が。



部活が始まり、常通り励む体育館の中。
二口の目にふと入ったのはエンジェル船津──ではなく、船津鈴花ではないか。
「……は? あいつ何して……」
「お? んだよあの女子じゃねーか」
この間も見学に来てたよな、と先輩が言った。
ただ疑問なのは、マネージャーとなにやら話しているからだ。
「あいつ、まさか……」
「お、なんだ、マネ候補かやっぱり?」
そう、まさか。──
マネージャーやるつもりかあいつ!?
そう思えばそわそわして、駆け寄りたくも練習だ。
だがすぐにマネージャーが茂庭に何やら告げ、皆に声を掛けた。
「皆……っ! アイスの差し入れたくさんもらったぞ!」
「お!? マジか!」
沸く中、二口は疑問だらけだ。
「は? お前、こんなに……」
鈴花はひとまず、笑顔をバレー部の面々に向けた。
「すぐそこの商店のおばちゃんが、冷凍庫壊れちゃったとかで! んでよかったらもってけって言われたんですけど
食べきれないので! よかったら皆さんでどうぞ」
「うおおいいのかよオイ!」
鎌先先輩などは早速どんなんがあるのやらとわくわくしている。
「お店のおばちゃんにスチロールと、氷もいただけたんで一休みするまで溶けないと思いますよ」
にこにこと──。
二口とてむろん、ありがたいと思う。
けれど、
「お前……俺と話す時とは随分違うな!」
思わずそうツッコんだ。
「じゃあ私はそろそろ……」
「待てこらァ! ムシすんな!」
「二口うるさいぞ!」
そうなだめつつも、茂庭は気の置けない風な二人のやり取りを目に、そういえば、と言った。
「もしかして……女子トイレで二口を庇って言い争いしたっていう子なんじゃ……」
鎌先がおもしろそうにした。
「お? マジか! その時の女子か!」
鈴花がちらりと二口を見れば、彼はやれやれと頷いた。
「ま、そっスけど……んでわかったんスか」
「いや、だって仲良く見えたから……仲良くなかったら、庇わないだろうし、それに二口って
意外と女子と話さないし……」
「つうか、女子自体が少ないじゃないっスか」
二口はそんな仲良いワケじゃ、と言うも、
「照れてんじゃねーよオイコラァ!」
「誰が照れてるっていうんですか……」
鎌先にからかわれ、げんなりした様子で。
「照れてるんですか二口堅治くん?」
鈴花に顔を覗き込まれ、どきりとしたとは絶対に認めたくない。──
「うるせー! お前は照れたりしねーんだろーけどよ!」
それってちょっと照れたって認めては──いないのか?
茂庭がどきりとしていた。
「そこの商店、手作りのお惣菜もお弁当もおいしいのでよかったら、是非。──じゃあ練習がんばってくださいね」
鈴花が笑顔で一礼する中、皆々礼を言ったり、またな、と手を振ったり。──
二口が思わず、その背に言った。
「おい! つうかんでバレー部に持ってきたんだよ。他にも運動部でも茶道部でも、配る先あんだろが」
鈴花が振り返った。
「あんたが居るからでしょ」
──じゃあね、と残して体育館から出てゆく。
その背をじっと見送ってしまう二口に、先輩のにやつきが迫った。
「お? お? 照れてんのか? オイクラァ二口照れてんのか!」
「……っいいじゃないスか別に」
鎌先先輩は”その言い草はなんだ”と怒ったが、茂庭はほのぼのと見守ってしまった。
二口が照れるなんて、と。



部活帰りに例の商店にぞろぞろ寄ったのは、むろんアイスの礼も兼ねてだ。
「……マジで冷凍庫壊れたみてーだな」
青根がこくっと頷いた。
業者が修理へと持っていったらしく、狭い商店の中、冷凍庫があったらしいスペースが空いていたのだ。
茂庭が店主のおばちゃんによくよく礼を述べていて、他のメンバーも「どもっした!」と挨拶をしていた。
二口もジュース片手に、レジで会計だ。
「アイスいただいたっス」
「鈴花ちゃんの彼、お昼はどうもねえ」
「うあっ!」
つい、ぎょっとした声を出してしまった、そうだ、このおばちゃんは誤解したままだったのだ。──
鈴花が否定しなかった為に、付き合っていると。
──ここで否定しとくか? いや、でもあいつは。──
──どーせばれてるもん、私があんたを好きだってこと。
そう言っていたことを思い出せば何故かこのままでもいい気がして、
──あ、人間としてはね。
そんなつっけんどんぶりを思い出せば、何故か悔しい気がして、一先ず、「うまかったっス」とだけ返した。
自分の心がつかめない感覚に振り回されている気がしたなら、
「なんだオイ! 付き合ってんのかやっぱり! テメーだけ彼女作ってんじゃねー!」
先輩にどやされ、おもしろそうにされてしまう。
「鎌先さんも作ったらいいじゃないですか……」
そこからまたどやされ、茂庭が商店の中で騒ぐなと慌て、部員たちはぞろぞろと出た。
「っはー……やっぱ誤解したまんまだし、あのばーちゃん……」
「え? 付き合ってないのか?」
茂庭がぐんぐんバーを開けながら訊いた。
「いや、船津が……あいつが否定しなかったんでそのままになってたんです。今更ほんとのこと言っても、
どうなるってワケでもないですし……。それにあいつは俺のことそーいう目で見てないスからね、ぶっちゃけ」
「不満そうだなあ、二口」
「いっ!」
また変な声で反応しちまった。──
妙にどきりとするとは口惜しい。
「不満っちゃ不満……スかね、あの女、憎たらしいくれーナマイキで……ほんと。なのに俺を悪く言った三年女子に
ケンカ売りに行くわ、今日だって差し入れするわ……。ほんっとナマイキなんですけど、ぶっちゃけそんなには俺は」
「その続きは本人に言えよ」
二口がはっとして──焦ったかの顔を茂庭に見せた。
信頼できる仲間たちとの帰り道、柔らかな主将の人となりについ、言葉がつらつらと引き出されてしまって、
つい。
はっとしたなら、茂庭にとん、と背を叩かれた。
「ウッス」
頷けば、買ったジュースをぐっと飲んだ。
──明日、ひとまず、アイスの礼から言っとくか。さっきは言いそびれたからな。
そう胸に決め、帰路を行った。


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