[携帯モード] [URL送信]


勘違いのドヤ顔──二口 上の続き 5
翌朝だった。──
そういや、あの先輩女子、もう教室まで絡んでもきやしない。
どうでもいいと思いつつ、それどころじゃなく、二口は朝練後に、ずっしりと席に鎮座していた。
青根がどこか、案じている風で、だいじょぶだつの、とアイコンタクトで通じれば、青根はこくりと頷いていた。
さあ、船津鈴花がやってきた。
二口がじいいっと見やる視線をかい潜るように着席して、シャーペンの芯などをチェックしている。
そこで見えた、二口の目に。──
「おい、なんだソレ」
「ん?」
「だから、その手首の痣だっつの」
くそ、昨日は気付かなかった。──
と、二口は口惜しい。
口惜しいと思う自分が口惜しいのに、思わず鈴花の手首をぱしりと取った。
「きゃああ〜ふたくちくんせくしゃるはらすめんとですう〜」
「く……っこのアマ!」
そう、非常に口惜しい──。
心配すりゃあコレか! と。
「どーしたんだよこれ!」
「へ? ぶつけたんだったかな、忘れた」
何事もなかったかのように、そんなそぶりの船津鈴花。
二口は歯を噛み締めた。
「は? ぶつけた?」
「べつに痛くない」
「そーいう問題か! 昨日三年の女子トイレで何してやがった!」
鈴花がはて、と首を傾げたが二口はいい加減ごまかされない。
「あ? こっちはもー話聞いてんだよ、お前だろ、三年女子の……あの先輩達にケンカ売りにいったの」
鈴花は一瞬押し黙っていたが。
「そっちに迷惑はかけない。まあ、どちらかというと、私に痣をつけてしまったあの先輩たちの方が、処罰の対象に
なってしまうから、バレー部には迷惑はかからない。私は言いたいことを言っただけで、暴力は働いていないからね。
──まあ、茶道部の女子先輩さんが一部始終を見ていて、私の言い分に味方をしてくだすったようなので、証言もとれる。
だから心配しなくていいよ」
けろりとそんな調子で、何事もなかったかの様に本を読み始めた。──
二口はいやいや待て、と、
「余計なことしやがって……いてーんじゃねーのかよ」
「ぜんぜん」
恐らく、言い争って、髪や襟首などひっつかまれたか?
その際に、手首もきつく拘束されたのだろう。
こんな、痣になるくらいに。──
「痛くない筈ねーよ」
「痛いとしても私が勝手にやったことで、あんたは心配しなくていい。軽く蹴られたりはしたけど小突く程度だったし、平気。殴られたワケでもないし」
「納得できっか。気ィ遣いやがって……危ねーマネしてんじゃねえよ」
「気なんかつかわない、そんな暇ない、なんでいちいちわざわざ私がそこまで」
「ひでーなおまえ!」
「あの先輩たちの言い分にはムカついたからカチ込んだ。でもそれはフタクチケンジさんにはまったく関係ございません」
「あんだろが!」
「私が勝手にむかついただけだけど──ただ、そのムカつきを本物に変えていいのか、ガチで勢いのまま
あの女子センパイにカチ込んでいいのか、自分の背を後押しする為に、二口堅治くんの”バレーバカぶり”を見にいった。──
その結果、本物に変えていいのだと──そうわかった。だから文句言いにいってやった。それだけ」
──おわかり?
なんてドヤ顔をしてみせる馬鹿、このアマ、クソナマイキ、船津鈴花。
──確かめたいことがあったので行っただけだよ、部活見に。
とは、このことだったのかと納得したなら、
二口はもう、泣きたいくらいに、言いたい言葉がすんなりと出た。
「おまえにバレーバカっつわれるのは、悪くねえかもな」

かっこいいくんでも、やっぱ部活バカなんじゃん? 所詮ウチの男子だしィーバカばっかじゃん?
そんなことを言っていた容姿の華やかなあのひとと、

私みたいにあんたと相性悪いやつでも、あんたのこと認めてる。確かにバレーが好きなんだとちゃんとわかった。
ああ、ちがうな、自分の好きなものに全力で向き合えるやつなのだと知った。
上から目線でそう言いやがった、見た目は地味なクソナマイキ。

二口はどこかおかしいくらいだ、何が地味なんだと。
言いたい事をこれみよがしに言って、一歩も引かない。
犬猿の仲な野郎でも認めたならその為に体を張って、痣まで作って、こっちには一切気遣わせないなんて、ある意味ぶっきらぼうで──

「お前ってほんと、なんつーか……キライじゃねえよ、俺は」
言っちまっただろーが〜!
とか思いつつ、二口はちょっとそわっと鈴花を窺った。
そこには、ぶるぶる肩を震わせているそいつが居た。
「お前……っなんでんな青ざめてやがんだ! 俺が嫌いじゃねえっつったのがそんなにガクブルか!」
けれど鈴花が、かはっと笑ったので、からかいやがって、と思わせられる。
「はあ……っなあおまえ、俺のことな、もしかして好きだったりして」
どうにか負けじと言ってみれば。
「人間としてはけっこう好きだって言っただろうがもう忘れたのか何を得意げになっているんだ二口堅治」
「このアマー!!」
思わず叫べば注目を浴び、青根がずんずんと近づき、二口の頬を押しのけた。
女子である鈴花にはさすがに触れなかったが、頬をむぎゅうされてイケメンフェイスが崩れた二口の顔を目に鈴花が
からりと笑っていて──その笑顔にぺこっとして、自分の席に戻っていった。



今朝のなんだアレ、うける!
とか言われてなんとも言えない気分になる昼飯時。
青根も含め、同じクラスの連中と購買にゆき、食ったりちょっと話したり。
話題の中心は自分なもので、二口はグヘァと言いたいような。
「今朝のって……あーアレな。船津とは別に……」
「でもよく絡んでんじゃん」
「あ? あーそーか?」
むずがゆい──キライじゃねえよ俺は、とまで言ってしまったのだ。
「ところでカワイイセンパイどーなったよ」
「あーもうこねえだろ……俺に愛想つかしたんじゃね」
「ええー! 二口でもフラれるとかアレか、部活ばっかでかまってやれねーから?」
何気ない問いに、二口はつい、笑った。
「確かに”バレーバカ”だわ。な?」
青根がこくりと頷いた。
そして、じゃあ先に教室戻ってるわ、だなんて言って戻ってしまった。
それというのも、船津鈴花がちょっと気になったとは認めない。
認めないけれど、認めてくれたやつ──船津はもう、昼飯食ったのか、とか思えば足は教室に向かってしまった。
「……ふー」
さりげに息つきつつ、着席してチラ見すれば鈴花は食後のたしなみか知らんが、本を読んでいる。
見向きもしない。──
なんでチラチラ気にしちまうんだ俺は。
二口は己に呆れながらも、声を掛けた。
「おい、そういやそのアザ、冷やさなくていーのかよ」
鈴花が目を合わせた。
「痛くない心配ない、今本読んでるんですけど」
「あーそうかよ! 心配した俺がアレでバカだったってわかったつの……!」
あーやっぱりこのクソナマイキ──。
やってられっか。
「心配する必要は全くない。どっちにしろ、私はイヤな女だからな──」
「は、あ……?」
訝しんだ、本を閉じた鈴花のたんたんとした口ぶりに。
「二口堅治──あんたがあの先輩たちに絡まれなくなって、私は自分勝手に、嬉しかったんだ」
「お前……もしかして……え? マジ?」
そう、鈴花の瞳はまっすぐで──。
充分にどきりとさせる。
「……うん、マジでイヤな女だ。どうしようもなく自分勝手だ……。いくら私がイヤな思いをしようと、人間としてはいいやつ
な二口堅治がふられてすっきりしたとは、とても自分勝手だ」
どきりとしても、取り繕った。
「ふられた、まで行ってねーだろ……でも、おまえ、そんなに……んだよ」
「そんなに、むかついたんだ……申し訳ないくらいに……いや、ドヤ顔をされたのは私なんだから、謝らなくてもいいのか……?」
「……は?」
そこで二口堅治ははっと引き戻された感覚に見舞われて、眉を寄せた。
「いや、だってあんた、あの先輩と話しするたんびに、私にドヤ顔してただろうが。どうだ、おれだってもてんだよ、
ざまあ〜! ってなかんじでな。あれが地味にうっとうしかったから、あんたがふられて嬉しいとは……悪いな、勝手で
……すまない……」
しみじみと謝罪する女に一瞬でもどきりとさせられたとはこのやろう──
「おまえ……っそこかよ!!」
やっぱこいつだわ、やっぱ船津だわ、生意気だわ、ハラタツわ、コイツ──!
二口は忙しない。
けれど負けてはいられない。
「で、でもおまえ……鬱陶しかったってことは、俺のこと好きなんじゃね?」
顎を上げてみたならば。
「どうだろう、人間としてはいいとは思うけど……」
途端にまじまじと見上げられ、二口はこの翻弄されっぷりが己で口惜しい。
「おい、近……」
口惜しいどころか、大概こなくそ! と思う、鈴花が一息ににやりとしたからだ。
「相当楽しそうにドヤ顔くれてたからなあ、ふたくちけんじくんよ〜あれは鬱陶しい、とても鬱陶しかったぞ〜」
「ぐ……っ」
部活の先輩らがいれば、普段生意気な二口のしてやられっぷりに、意外も意外でおもしろがったかもしれない。
「んな楽しそーにドヤ顔してたかっつーんだよ!」
「え? ちょこちょこな、してたよ……? せっかくカワイイ女性と話してんのに、何故か私に
”どーだ俺ももてんだよばーか”ってなドヤ顔を……おまえこそバカかと思ったわ、せっかく
カワイイひとと話してんのに、なにをこっちをチラチラ見てドヤってんだよと」
二口はもう、ムカついたらいいのか、俺ってそーだったかよ、と省みていいやらもう、ぐるぐると──
ただ一つわかるのは。
「オメー大概にエグイとこ突いてくんなコラー!」
そう、まるで平気なツラのクソナマイキ女、全くコラァ! こいつ!
息切れでもしそうだ。
「まあ、そのカワイイ女性は実は可愛くはなかったという結果に終わったわけだけど、気にしなくていいんじゃん?」
「くっ……ちょっとはショックだったんだっつーの! 俺でも!」
「だから気にしなくていいじゃーん。言ったじゃーん。私みたいな相性悪いのでも、認めてるよって──
そのくらいすげーカッコいいやつ二口堅治。したら、相性悪くないカワイイ女の子だったら惚れるんじゃね?」
単純だろ〜と、にぱっと笑うやつ。
──なんだそれ、初めて見ただろが、そんな笑顔的な……。
え? なに、俺、別にコイツのことは女としてなんてどーとも思ってないけど、相性は悪すぎっけど、でも、やっぱキライじゃねえの?
こんなむかつくのに。──
翻弄されて、格好をつけたい心は簡単に素にされて、もう──。
「あーそっすか、そーだよな、カワイイ子な、バレーバカでもいいって子な、いりゃいんじゃね」
もう、やってられっか、けっ、と零した。
「なあ、俺そんな楽しそーにドヤ顔してたかよ。俺だったもてんだよ船津ざまあ! って感じで?」
「おう、してた、してた、すごかったお……」
「おまえ……っツラ近けえっつの! ったく、ウザくてさーせんした〜」
けっと漏らしても、はて、と思う、二口は──
あれ? そういや俺ってあの女子先輩のこと別に、好きでもなかったのによ、と。──
なのに、会話して楽しかったと錯覚していたからこそ、度々の絡みに付き合っていたのかと、今、気付いたらはっとした。
鈴花をぎゅんっと見やった。
「……あーなるほどな」
「今度はなに」
クソナマイキである。
「いや、俺、勘違いしてただけみてー。あの先輩と話して楽しかったってよ。あーありえねー」
「ふうん?」
「俺な、お前にドヤ顔すんのが楽しかっただけらしーわ」
それは悪い笑顔でそう言った。
鈴花がのほほんと見ていた。
あくびをした。
「……迷惑」
ぼそりと呟いたなら、二口が「コラァ!」と叫び、また青根がやってきたのだった。


前へ次へ
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!