夢 勝手にドヤ顔──二口 上の続き 2 「お、二口、マジかー」 クラスメイトにそう言われたのは、二口を呼ぶ女子が訪れたからだ。 「あーわかんねーけど、行ってくるわ。つか、俺?」 二口はなんぞや、と廊下へ。── 「二口くんだよねーこないだ練習試合みてー」 「あーマジすかどもス」 「三年なんだけどー知ってる? 二口くん、かっこいいってー言っててー」 きゃきゃっとした華やぎはこの工業高校で非常にまぶしい。 「お、センパイっすか。かっけーとか、どもス」 教室の入り口付近で二口がその女子らと話していた。 二口の言う通り、彼女ら三名ほどは三年生の女子だ。 「っかーそういや二口ってイケメンだよなー」 「三年女子が声かけにくっとかマジ?」 羨ましいとか、二口め、とか零しながらにやつきながら眺めていたのは二口のクラスメイトであり、 ”地味っちゃ地味”発言の時に、共に会話していた彼らである。 ちなみに二口が”カタオサ”呼ばわりされたことは知らない。 そして不躾にそんな呼ばわりをしたジミコ、鈴花はせっせと次の授業で使う道具を確認していた。 ふう、これでいいかと一息つくと、二口が教室に──隣の席に戻ってきて、彼は速攻クラスメイト幾人かに囲まれていた。 「うお、二口うらやまーマジかよ」 「あー今度遊ぶべーとか言われただけだっつの」 「で? 遊ぶのかよォオオあのセンパイ女子とォオオ」 「つーか部活あっし?」 「じゃあ譲れ! ゆずれ! 合コンだあああ!」 「俺はそんな暇ねーから声かけて合コンでもやったらいーんじゃね」 「二口よゆーでムカツク!!」 男子は女子と絡みたい。しかもセンパイ、しかもけっこうカワイイ華やいだ女子。 そらいろいろやりたい。 やいやい詰め寄られて、二口もやれやれ参ったぜといった具合で、次の授業だ。 何気なく隣の席を見れば、地味なだけだった筈の生意気女子は、やはり地味に佇んでいる。 二口は思う、つい今しがた、こうしてセンパイ女子が声をかけにきたりとモテ度を発揮したことにもというか、 周囲が騒ぎたてたが、船津は全く無視らしい、と。 ──ふうん。 心の中で、ちらり、言葉になった。 「なに」 そう言われた、ぎゅんと目が合った。 「なんでもねーけど?」 そこでじっと見据えられて、二口はびくりとした。 ──が、びくりとしたなんて認めない、認めたくない。 「ヘンなの、私みたいに地味じゃなくって、ハデな女子センパイに言い寄られてうらやましい〜」 「……っ」 またか、やっぱりか。こいつ、同族嫌悪どころか──。 ともかく、にへりとされて歯噛みした。 二口は負けん気を失わず、ドヤ顔をした。 「あーそっちはこーいうのねーのか?」 「ねーからなんなんですかカタオサくんよ」 大概クソ生意気が! とは思うも、二口はつい、じっと見てしまう。 地味っちゃあ、地味──。 けれど今も、 ──なにかご用ですか、彼氏なんか言い寄ってくる男子なんかいないけどどうかしましたか。 とか、のっぺりと言ってくる女はあくびでもしそうな面構えだ。 「……ケンジだっつってんだろ」 「あーはいはい」 「く……っ」 ──いけすかねえ。 二口に目をつけたのか本気は誰も知らないとことだが、ともかく──。 三年女子の例の先輩はちょくちょく来る、二口に気をもたせにやってくる。── 「あー二口くんいたいた、ねー考えてくれた?」 「あー今度のオフっスか? まだわかんねっスね」 ついには出入り口ではなく、二口の席にちゃかちゃか近づき、隣の席にすんなりとお座りになっている。 その席は船津鈴花の席だ。 ──そういやあいつ、日直……いや、次の実習の準備、手伝いにでも行ったか? 先生に声かけられてたしよ。 二口が何気なく思う、先輩女子は敏感に「あれ? もっとこっちに気ィ向けてよ」と感じる、すいっと地味なやつが現れた。── 「え? この席の子? ごめーん、今、二口くんと絡んでてえ」 先輩女子はわりとこれみよがし、船津は── 二口がつい、様子を見ていれば、 「あ、どうぞどうぞ、ケータイだけとらせてください」 とか言って、そそっと離脱だ。── 自分の席に先輩よろしく脚を組んで掛けている方にぺこりとして。 さっと教室を出てゆこうとしていて。── 「二口くんの隣の席の子かあーぶっちゃけ、ネクラ系? おとなしそーだよね〜」 「カラオケとかも行ったことないんじゃね?」 二口は何故か──いらっとしたのは何故かと自分で思う。 違和感といった方が正しいかもしれない。 己とて地味子だと言った、それも別段貶すまでではなかった、けれど、この女子の先輩は嘲笑まがいで。 教室を出てゆくこうという鈴花と目が合った、先輩女子は鈴花にまで聞こえるように言ったのだから、 おまえ大丈夫かよ、とちょっと言いたかった、けれど。 「……っあのおんな……」 つい、そう口になった。 ──くすくす、おもてになっていますなあ、カタオサくん。 とでも言いそうなドヤ顔をキメられたからだ。── 「……っくそなんだあれ!」 思わず言葉になった。 「どど、どした? 二口くん? あたしと話しててつまんない?」 「いやいや、そーいうワケじゃ……」 ひとまずは穏便におさめようと取り繕ったが、いらっとはした、むかっとはした。 ──こっちが気ィ遣ってみりゃあの女……! ついに心の中でそう言葉になった。 それからだ、度々二口に絡みにくる先輩女子、休み時間など。 鈴花は我関せず、様子は変わりない。──が、 「バレーぶいつ休みなの? どっかいこーよー」 「あーどーしますかねー」 やれやれと答えて、ちらりとドヤ顔をした。── 自分の席で、静かに小説か何かを呼んでいる船津に。 また、こちらを目にくすりと笑った女に。 ──ああ? 見てんじゃねーよ。俺は今、いそがしっから。 ──見たくて見てんじゃねーよ、テメーがわざわざコッチにドヤ顔してんだろーが? 勝手にモテたらいいじゃないですかカタオサくーん。 ──ケンジだっつってんだろーが? 地味でもハデでもいーけど、コッチは忙しいからよ? ──くすくす、んじゃ勝手にしてくださーい。 青根がちらりと目に、首を傾げていた。 言葉にせずとも何かやりあっているらしき、二口と同じクラスの女子の目線での応酬に。 言葉にせずとも何か通じるのはやはり同族だからなのだろうか。 ともあれ、二口がいい加減、先輩女子ににこりとした。 「ま、俺課題とかもあるんで……暇あったらってことで」 「えー二口くーんおねがーい」 そんなおねだりを受け、二口はまあまあと言いたげににこやかに──。 授業は始まる。 席に戻れば、ついにクソナマイキだと認識せざるを得なくなったやつが、いやそうにしていた。 「……うっざ」 そう呟いた。 「あ?」 二口がなんぞ、と眉をひそめ、青根がついに近寄り、止めようとした。 鈴花がくっと笑った。 「……いちいち私にドヤ顔しないでくれますかあ。つかなんなの?」 二口は息を詰めそうになった。 どっちにしろドヤ顔を決めたのは事実である。 「……お前こそ見てただろが」 「お前って誰だよ〜ブフッ」 「こいつ……!」 二口は既に、当初の認識などかなぐり捨てていた。 何が地味で大人しいだ! とんだクセモノナマイキ女じゃねえか……! 引っかかってしまったと思うなんて、まだまだ先だ。 「はーうぜえ……」 昼休みも終わりという最中、鈴花が自分の席でつい零した。 青根がじっと見ていて、鈴花に近づいた。 「……青根くん……? どした?」 青根の視線の先には、教室の出入り口付近で会話している二口と、例の三年女子が居た。 「ああ、あれね……恒例だよね、最近」 鈴花がさらりと言うと、青根が何故か、自分を指差したのでどきりとした。 「え? 私?」 青根がこくりと頷き、彼はその指先を──先輩女子とそれとなく話している二口にズビシと向けた。 「え?」 そう、まるで、船津さんは、二口と、と言われた気がして、鈴花が惑う。 もしくは、二人は、という意味が否か──ともかく、これだけでは把握できないから、鈴花が首を傾げたが、 青根はぺこりとして、自分の席に戻ってゆく。── とは、これはいかに。 「謎なジャイアント青根くん……?」 鈴花が呟き、二口をちらりと見れば目があった。 「二口くんの友達とさああ」 「あーそっスね、時間あったらでいっスか!」 「ええ〜行こうよ〜」 先輩女子に腕をとられ、胸を押し付けられるように甘えられ、まんざらでもないのか否か、ともかく鈴花に ドヤ顔をきめた二口と。── 「うっざ……」 鈴花が今も、先程も呟いたのはこのせいだ。 二口が妙にドヤ顔をしては楽しそうなのだ。 「っはー……」 勝手にやりゃあいいものを。 そう思えば、溜め息にもなった。 前へ次へ [戻る] |