近くの恋 3 「な、なんで…」 なんでバレたの。バレたことが未だに信じられなくて、心臓がバクバクしてる。 「だから。室内では被りものするなっつってんでしょ」 そんなことを言いながら敦は俺のズボンを引っ張ってくる。はっ、もしかして。 「か、被ってないもん!」 二年経っても何にも変わってない、失礼な奴! 「ウソつけ、絶対被ってるだろお前。証拠見せろ」 「被ってない、被ってない!」 「ハイ嘘。被ってなかったら見せられるはずだろ」 見せられる訳ないだろ。こんなところで。 「敦」 そんな俺達の攻防を心が仲裁に入る。 ていうか。正体がバレてしまっても心も驚く様子がない。 「久しぶり、凪」 それどころか心は優しく微笑んで、あらわになった俺の色素の薄い地毛を撫でてくれる。 「な、なんで…?心、俺だって解ってたの…?」 「あー…まあね。事前に凪の資料貰ってたしさ。写真付きの」 「つかこんな忘年会のかくし芸みたいなカツラでよく外出歩けたよな。その鋼みたいなメンタリティ尊敬するわ」 「尊敬だなんて…そんな」 敦に尊敬してるなんて言われて照れてしまう。敦でも素直な気持ちを吐き出すことってあるんだ。 「バカでメンタル強いって怖い」 「敦」 心が一瞥すると、敦は肩を竦めて口を噤んだ。 「心…気付いてたら言ってくれたらよかったのに」 「なんか気付かれたくない事情でもあるのかなって思ってさ。ビックリしたのはホントだし。この綺麗な髪、弄っちゃったかと思った」 さらさらと、心は俺の髪を弄んだ。心の手は大きくて温かくて気持ちいい。 「お前のその甘やかしが、こいつのわがままを助長する原因だと思うよ。俺は」 「わがままじゃないもん」 「マジか。どの口が言うの。そんなこと」 また突っかかって来る敦。 「…」 しかも今度は心が加勢してくれないし。 「つかなんでこんな恰好して来たんだよ。しかも俺達と他人のふりするつもりだったんだろ?」 敦はにやりと笑って、俺の分厚い眼鏡も取り去った。視界は広くなったものの、一気に目の前の世界がぼやけてしまった。この眼鏡は、正真正銘度の入った俺の眼鏡なんだ。いつも外ではコンタクトで、使用することはないんだけどさ。変装するためにわざとこれをつけてきたのはその通りなんだけど。それは突っ込まれて然るべきことだと思う。 「そ、れは…」 でも、こればっかりはいくら心と敦でも言えない。本当の事知ったら、二人とも距離が出来てしまうかもしれないから。俺は唇を固く結んで俯いた。 「言いたくなかったら、無理に言わなくていいよ」 ぽん、と。心がまた頭を撫でた。 「それよりさ。先に寮に行こう、凪。荷物も着いてるよ」 心が話を切り替えてくれる。いつも心は優しい。俺の気持ちを、一番に解ってくれる。だから、心には絶対に嫌われたくないんだ。 「ほんとっ!俺の部屋、どんな部屋?俺さ、一人部屋が良いって言ったんだけど…」 聞いたところによると、この学校の寮は基本二人部屋らしい。俺は一人っ子で育ってきて、母も仕事で忙しい人だからいつも一人だったし、むしろ今や一人の方が落ち着くから。知らない人と同室はちょっと避けたかった。 「うわ、図々しっ」 敦がカラカラと笑う。 「あんさ。いくらでかい寮っつってもそんな余計な部屋をぽんぽん作る訳ないだろ。一人部屋どころか、二人部屋も空きなんかねーの」 「え」 じゃあ俺、どこに住めばいいの。 「だから、お前が住むのは寮監室の横の用具室」 え、ウソ、用具室!?そんなとこ住めるわけないじゃん! 「それか最上階の生徒会長様の部屋の居候ー」 生徒会長。それってまさか。 「よろしく、凪。ごめんね、一人部屋用意できなくて」 ふわりと微笑む心に、俺はぶんぶんと首を横に振った。 [*前へ] [戻る] |