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近くの恋
5(終)

「お腹すいた…」

昼休み、一人中庭のベンチで三角座りで蹲る。朝から何も食べていないのに加えて、昼ご飯も食べずにこんなところにいるのだから。
食堂は行きたくなかった。心と鉢合わせたくなかったから。心と鉢合わせというよりは、他の人と一緒にご飯を食べる心を見たくなかっただけだけど。
しかしそれならそれで、せめて購買で何かを買ってくれば良かった。それすらも頭からすっかり抜けていて今更になってガッカリする。

「ひっ!?」

はあ、と何度目かの溜息をついた時、不意に首筋に冷たい感触。思わずびくりと身体が跳ね、危うくベンチから落ちそうだった。
何が起こったのかと慌てて振り向くとそこには。

「何してんの、こんなとこで」
「心…」

心が立っていて。片手には俺が大好きな甘いコーヒー牛乳。おそらく俺の首に当たったのはあれだろう。

「ほら」

心が俺の隣に腰掛けながらそのコーヒー牛乳と購買の紙袋を俺に渡してきた。中にはいくつかサンドイッチが入っていて、そのなかでも俺が一番好きなハムタマゴサンドは二つ入っている。

「…いい、いらない」
「なんで?腹減ってんじゃん?」
「減ってないし」

なんとなく素直に受け取ってしまうのは俺のプライドに障るような気がした。

「機嫌ワリ―な」

心が苦笑する。

「じゃあ俺が食お」
「なんで!心だってお腹空いてないじゃん!違う人と食堂行ったんでしょ!」
「何?ヤキモチ?」

心の中を見透かされたような発言に、カアッと顔が赤くなる。

「わっかんねーなぁ…」

心が呟くと同時に、俺の顔を手のひらで包み込んだ。必然的に俺と心が向き合う様な形になった。
いつものように優しそうに微笑んでいる心にどきりと胸が高鳴る。

「俺、気ィ利かせたつもりだったんだけど?」

心に見つめられると、なぜか涙がこみ上げて来て。ぐにゃりと心の王子様みたいな顔が歪む。

「なんで泣くの」

ぎゅっと抱きしめられて、心の腕の中にすっぽりと収まってしまった。途端に涙がぽろぽろと零れおちる。心は俺の背中を一定のリズムでぽんぽんと優しく叩いた。まるで赤ちゃんをあやあすようなそれは、俺が失恋するたびに心がやっていてくれてたこと。

「凪。何がそんなに悲しいの。折角保健委員長と両想いになったのにさ」

やっぱり。やっぱり心は勘違いしている。

「ひっ、ぅ…こ、ことわったもん」

言葉と同時に漏れる嗚咽。

「断った?何が」
「こく、はく。おくだっ、くんのこくはく、ことわったもん」
「!」

ぴたり、と。急に心のリズムが止まる。折角心地よかったのに。

「…何で?」

何でって。そんなの決まってる。

「だって!しんがいいんだもん!心が好きなんだもん!」

緩む心の腕。でも今度は俺がぎゅっと腕に力をこめて心を離すまいと縋りついた。
さっきちゃんと断ってきたんだ。俺は他に好きな人がいるから付き合えないって。それなのに。

「心、俺と付き合ってないとか言いふらすし、他の子に言い寄られてへらへらしてるし…!」

ああ、心のシャツに鼻水つきそう。まあいいや。お仕置きだ。

「もう他の子好きになっちゃったのかよ…!」

人の心はころころ変わる。それは俺が身をもって知っている。でも。

「…お前と一緒にすんなよ」

心はバッと俺の身体を離す。そして涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった俺の顔を覗きこんできた。

「言っただろ。愛してるって。お前みたいにころころ変わる気持じゃねーの。お前に彼氏ができても、失恋しましたはい次、なんて簡単に吹っ切れるようなもんじゃねーの」

心の大きな手が俺の前髪をかきあげる。

「きったねーツラ」

心は笑いながらもその綺麗な面を、俺のぐちゃぐちゃになった汚い面に近づけて来て。そしてちゅっと唇を奪っていった。

「好きだよ、凪」
「俺も大好き。心」

初めてのキスは、しょっぱい味がした。

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