涙は男の武器
┗2500Hit 月代輝様へ
「五番隊、雛森です。書類をお届けに参りました」
「……ああ、入っていいぞ」
「失礼致します」
 襖を開け、執務室に入ってきた桃は、眉を八の字に下げ、悲しそうな顔をしていた。
「明日までにお願いします」
 書類を机に置き、冬獅郎の顔を見ずにそう言った。
「……ああ。御苦労さん」
 冬獅郎は桃の態度に少々戸惑ったが、取り敢えず返事をした。
「……失礼致しました」
 桃は、クルリと背を向けてしまった。何時もの彼女だったら、「乱菊さんは?」とか「明日は非番?」とか聞いてくるのに。
「おい、雛森」
「……何でしょうか」
「お前、今日はどうしたんだ?」
「特に何もございません」
 何も無い訳が無い。第一冬獅郎に敬語を使うなんて、変な物でも食べたのだろうか。
「……ひなも――」
「失礼致しました!」
 冬獅郎が椅子から立ち上がると、桃は逃げる様に執務室を出ていった。
 冬獅郎は目を丸くして、その場に立ち尽くした。
「……何なんだ?」
「破局ですね」
「!」
 開けっ放しの襖から、乱菊がひょっこり顔を出した。
「松本……今迄、何処に居やがった」
「京楽隊長と、だーいじなお話をしてたんですよ!七緒に追い返されちゃいましたけど」
 乱菊はべ、と舌を出した。どうせ、酒でも呑んでいたのだろう。その証拠に、顔がほんのり赤い。
「……減給してもいいのか?」
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ、隊長」
「……残業も追加してやるぞ」
「雛森、此処から出ていくとき泣いてましたよ?」
 冬獅郎の手が、ピクリと動く。
「……泣い、てた?」
「そうですよ。雛森に何したんです?」
「否、俺は何もしてない。大体、泣きてえのは俺の方だ」
「……、隊長が泣く? ……」
冬獅郎の言葉を聞いて、乱菊は身震いした。
「……冗談でも止めてください」
「何だと?」
「あ、でも1度は見てみたいかも! 絶対可愛いですよ、隊長!」
「てめえ、ぶっとばすぞ!」
「た、隊長が泣きたいって、どういうことですか?」
 冬獅郎が本気で怒ってきたので、乱菊は慌てて話を逸らす。
「雛森が、何かしたんですか?」
「あいつ……俺を思いっきり避けてた」
「……ふむ」
 乱菊は腕組みをし、眉間に皺を寄せた。
「……そう言えば」
「何だ?」
「昨日、雛森があたしに相談してきたんですよ。『私は魅力無いんでしょうか』って」
「……は?」
「何でそう思ったのか聞いたんですけど、あの子黙っちゃったんですよ。……こうなったら、隊長が聞くしかないですね」
「え、だが――」
「本当に、破局になっちゃいますよ」
 『破局』という詞を聴いて、冬獅郎は、それ以上何も言えなかった。
「いってらっしゃい、隊長」
「……」

 桃は、隊舎裏にしゃがみ込んでいた。
 水溜まりに映る己の顔を、じっと見てみる。何度も顔を洗った甲斐が有り、目はもう赤くない。
「……日番谷君」
「何だ」
「――!」
 背後から、何時も以上に不機嫌な顔の冬獅郎が現れた。
「日番谷、隊長……」
「……」
「……」
 桃は、冬獅郎を睨んだ。
「何だその目」
「……何か御用ですか」
「あ?」
「無いのでしたら、帰って頂きたいです」
「……」
 冬獅郎は言葉を詰まらせる。
「……早く帰って下さい」
 再び涙が溢れそうになり、桃は下を向いた。
「無理だ」
 冬獅郎は足音を立てずに桃に歩み寄り、抱き付いた。
「はうっ!? 日番谷く――、隊長! 放して下さい!」
「さっきから、何で俺のこと避けるんだ?」
「それは――」
「なあ、何でだよ、桃……」
「……え」
 冬獅郎の涙声に、桃は、ビクリと肩を震わせた。
「ひ、日番谷、隊長?」
「俺のこと、嫌いになったのか?」
「あ、あの……」
 桃はおろおろしながら、冬獅郎を見下ろす。すると、冬獅郎が、潤んだ目で自分を見上げてきた。
 こんな冬獅郎を見るのは、初めてだった。威厳が全く感じられず、とても可愛らしい。

「桃……嫌いにならないで」
 ――――止めの一撃。
 桃の完敗だ。

「ご……ごめんね! だから泣かないで、日番谷君!」
「う……俺……」
 ついに冬獅郎の目から、涙が零れ落ちた。
 もうはっきりと言うしかない。桃は決心した。
「私……嫉妬、してたの」
 桃は、漸く吐露した。
「この間、日番谷君が告白されてたの見た。……最初は気にしてなかったんだよ? でも、何回もそういうの見ちゃうと、不安になるし」
 桃は冬獅郎に向けていた顔を、下げてしまった。
「日番谷君宛に、女の子からの手紙が何通も届いてること知って」
 桃の肩が、微かに震えてきた。
「それにね、前に聞いちゃったんだ。日番谷君と乱菊さんはお似合いだ、って隊員さんが話してたの」
「……」
「乱菊さんは私の憧れだし、大好きだけど、嫉妬した」
 桃の死覇装に、ポタポタと涙が落ちた。
「日番谷君にとって乱菊さんは、凄く大切な人だから……嫉妬してるって言ったら嫌われちゃうんじゃないかって思って……言えなくて」
「……」
「乱菊さんに相談したんだけど、結局自分の気持ち、ちゃんと言えなかった」
 桃は涙声になり、顔を両手で覆った。
「日番谷君の傍に居たら、我儘、言っちゃいそうで、避けるしかなくて……、もう、嫌だ……!」
「……桃」
 冬獅郎は優しく名を呼び、桃を抱き締めた。
「……や……はな、し……」
「俺、今、嬉しいんだ。凄く」
「え……?」
 桃は思わず、顔を上げる。さっきまで泣いていた冬獅郎が、笑っていた。
「俺……こんなに愛されてたんだな」
「……日番谷君」
「我儘、沢山言っていいんだぜ」
「……う……っ」
 桃は、冬獅郎に抱き付いた。
「日番谷君、日番谷君……!」
「ああ、分かったから、泣くな」
 冬獅郎は子供をあやすかの様に、桃の頭を撫でた。

「…………ねえ、ちょっと気になってたんだけど」
 泣き止んだ桃が、突然話を切り出した。
「日番谷君、何時の間に泣き止んでたの?」
「さあな」
 曖昧な返答をした冬獅郎は、何故か楽しそうだった。
「何よ、『さあな』って………。何時もの日番谷君じゃなかったから、驚いちゃったよ」
「……そうか」
「うん。可愛かった」
 それを聞くと、冬獅郎はクルリと向きを変えた。
「可愛いだとよ。お前の予想通りだったな、松本」
「……ばれちゃいましたか」
「乱菊さん!」
 木の陰から、乱菊が現れた。
「何時、気付いたんですか?」
「最初っからだ。何しろ見え見えだったからな。で、それは何だ?」
「えっ!」
 右手に持っているカメラに冬獅郎の視線が移り、乱菊は冷汗を流す。
「俺の可愛い泣き顔は、お前の目にしっかり焼き付けといてくれ」
ゴシャッ!
 冬獅郎はカメラを奪い取り、片手で粉々に潰した。
 桃は仰天し、開いた口が塞がらない。
「日番谷君、何して――」
「雛森、これも松本の為なんだ」
 冬獅郎は桃を振り返り、ニヤリと笑う。
「松本は写真を『瀞霊廷通信』に使うつもりだったんだろうが、……嘘泣きを載せても面白くないだろ?」

 ……暫しの沈黙。

「何で黙るんだ」
「隊長、あれ嘘泣きだったんですか!?」
「ああ、雛森の口を割らせる為のな。演技力有るだろ?」
 余裕に満ちた笑みを零す冬獅郎を見て、桃は座り込んでしまった。
「……騙された」
「ああでもしなきゃ、全部話してくれそうになかったしな」
「他にも、方法有ったんじゃない?」
「まあ、そうだが」
 冬獅郎は苦笑しながら、再び乱菊を見た。
「お前が居なくなったから、きっと書類が泣いてるぜ? 早く帰った方が良いぞ。ついでに俺の書類も慰めてやってくれ」
「隊長の分もですかあ!? それは止めてくだ――」
「……やってくれるよな?」
 冬獅郎は目を潤ませ、甘える様な声で乱菊にせがむ。
「え、演技しても駄目ですよ! 騙されませんから!」

「松本……お願い」
 ――――止めの一撃。
 冬獅郎、2勝0敗。

「……慰めてきます」
 乱菊は踵を返した。
 「涙は女の武器」あらず、
「『涙は男の武器』ね」
 乱菊は帰りぎわ、そんなことを呟いた。




End


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