Your selfishness heals me
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 視界が、歪んでいる。目蓋が、重い。
 目の前が、真っ暗だ。背中が、冷たい。
「朽木さん!」
 織姫の声がする。
「朽木さん!」
 雨竜の声。
「朽木!」
 茶渡の声だ。

「――……キア……ルキア……」
 今のは、一護の声だろうか。

「…………ん……」
 ルキアは、閉ざされていた目をゆっくりと開けた。
「……?」
 自分がベッドに横になっていることに気付き、不思議に思って辺りを見渡す。
 右には空っぽのベッドが3つ。左には医薬品が収納された戸棚が2つ。
 保健室だ。
「気が付いたか?」
 何時の間に、どうやって此処に来たのか考えていると、声が聞こえた。部屋の奥から、一護が現れた。
「一護」
「大丈夫か?お前倒れたんだぞ」
「……そうなのか?」
 ルキアには、あまり自覚が無かった。
 理科室から教室へ戻る為に、一護達と長い廊下を歩いていた。そこまでははっきりと憶えているのだが、その後何が起きたのか、全く分からない。
 不意に、一護はルキアの額に手を当て、熱は無い、と呟いた。
「でも顔色悪いな。……早退するぞ」
「え?」
「心配すんな。越智サンには言ってある。鞄は水色が持ってきてくれるし」
「……私なら、大丈夫だ。授業に参加しなくては――」
 ルキアは、ベッドから起き上がった。その途端、目眩がして、一護の胸板に倒れ込んだ。
「お、おい……大丈夫かよ?」
「……すまぬ……」
「……やっぱ帰った方が良いな。乗れ」
 一護はルキアに背を向け、しゃがみ込んだ。ルキアを背負うつもりらしい。
「否、しかし……」
「また倒れたりしたらどうするんだよ」
「……」
 ルキアは何も言えなかった。黙って一護の背中に乗る。
 一護も無言で立ち上がり、保健室のドアに手を掛けた。

 廊下には、水色だけが立っていた。
 水色はルキアの青白い顔を見て、目を見開く。
「だ、大丈夫? 朽木さん」
「ええ、何とか」
「そう……? お大事にね」
 水色は、ルキアにニコリと笑いかけた。
「わりーな、水色。授業有んのに」
「いいって。あ、一護の鞄も持ってきたよ。一緒に帰るんでしょ?」
 水色は、一護に2つの鞄を差し出した。
「いいね、仲良しで。やっぱりそういう関係なんだ?」
「ばっ、ちが……てか、『そういう関係』ってどういう関係だよ!」
 一護はツッコミを入れ、水色から鞄を奪い取った。
「何ムキになってるの? やっぱり図星?」
「うっせーな!」
 一護は真っ赤な顔で怒鳴り、昇降口へと駆け出した。
「ご機嫌よう。小島君」
 ルキアは振り返り、水色に手を振った。
「……否定はしないんだね」
 水色は手を振り返しながら、ボソリと呟いた。
「ホント分かりやすいな……一護って」
 苦笑し、教室へと歩き出す。

「くそ……水色の奴……」
 一護は漸く立ち止まり、文句を言った。
「直ぐ……人をからかいやがって……」
 学園町から馬芝までの長い道のりを全力疾走した為、息切れしている。
「……何も、こんな所まで逃げる必要は無かろう」
 ルキアの呆れたような言い方に、一護は「確かに……そうだよな……」と切れ切れに返事をした。
「それよりルキア、大丈夫か? 急に走ったりして――」
 ルキアの小さな手が肩から離れ、代わりに細い腕が首に巻き付いてきた。それに驚き、一護はごめんな、と言葉を続けることが出来なかった。
「……ルキア?」
「……貴様が走った所為で、もうすぐ家に着いてしまうではないか」
「……駄目なのか?」
「貴様におぶって貰える時間が、……短くなった」
 ルキアの言葉に、一護は顔が熱くなるのを感じた。
「……もう少し、ゆっくり……」
 そう言ったルキアの声は、か細かった。具合が悪いから、というのも理由として挙げられるが、何より照れ臭かったのだ。
 一護は言われた通り、歩くスピードを緩めた。首に感じる、ルキアの腕の温もりが、一護の顔を火照らせる。
 一護は、上の空で帰路を辿っていった。

「ただい――」
「いーっちぐおーい!!」
 家のドアを開けた直後に、一心が飛び掛かってきた。ルキアを背負っているにも関わらず、一護は難なく躱す。
 言うまでもないが、一心はドアに正面衝突した。
「む、息子よ……避けるなんて、酷いじゃないか……!」
「なあにが『酷い』だ。毎度毎度うぜーんだよ」
「何だと!? やけに早く帰ってくるから、父さんに会いたくなったのかと――」
 鼻を押さえながら振り返った一心は、息子の背中に乗ったルキアを見て、一時停止した。
「……一護。ルキアちゃんどうしたんだ?」
「学校で倒れたから、俺も一緒に早退してきた。熱は無いし、……貧血じゃねーかな」
「そ、そうか。大丈夫かい? ルキアちゃん」
「……はい。ご心配をおかけして申し訳有りません……」
 ルキアは、軽く頭を下げた。
「否、気にすることは無いぞ」
「それでさ、親父。ちょっと様子見てやってくれねーか」
「ああ……俺もそうしてやりたいけど、診察の時間なんだ」
 一心は、困った様な顔をした。
「お前がちゃんと面倒見てあげるんだぞ。いいな?」
 一心は一護の肩をポンと叩き、診察室へ行ってしまった。
「すまぬ……迷惑を掛けて……」
「謝んなよ」
 一護はルキアに優しく笑い掛け、階段を上がった。

 一護の部屋はしいんと静まり返っていた。どうやら、コンは出掛けたらしい。
 一護はルキアをベッドに降ろし、遊子のパジャマを手渡した。
「台所行ってくる。その間に着替えてろ」
「え?」
「適当に食えるもん作るからさ。出来るまで寝てて良い」
 一護はそれだけ言うと、自室のドアに手を掛けた。
 その直後、ルキアが、一護の背中に抱きついた。
「へ……ルキア?」
「行かなくて、いい」
「いや、けど」
 一護は思わず、ルキアを振り返った。
 ルキアの顔は、林檎の様に赤かった。
「傍に、居ろ」
 ルキアの一言で、一護はルキアに負けない位、顔を赤くした。
「ルキア……」
「あと」
 ルキアは深呼吸し、俯いた。
「……膝で……寝かせてくれぬか」
 一護は最初、キョトンとしていたが、再び顔を赤らめた。
「お……お前何言っ……」
「……我儘なのは分かっておるが……貴様がいないと落ち着かない」
 身体が弱っている所為なのかは、分からない。けれど、今日は、何時もの様に意地を張らずに、思う存分甘えたいと思ってしまう。
「……乗れよ」
 一護は身体を反転させ、腰を降ろした。

 ルキアは寝転がり、一護の膝にそっと頭を乗せた。優しい匂いがした。
「一護」
 見上げると、一護は優しく笑った。
「……ルキア」
 頬を撫でてやると、ルキアは微笑んだ。
「……好きだ」
「……知っておる」
「……可愛くねえ」
「その可愛くない女に惚れたのは誰だ?」
「……」
 眉間に皺を寄せた一護に対し、ルキアはクスクスと笑った。大分顔色が良くなってきている。
「……幸せ」
「……いきなり何だよ」
「貴様とこうしていられるだけで、幸せだ」
「……俺も」
 一護は、ルキアにゆっくりと顔を近付けた。
 啄む様な口付けを、何度も何度も繰り返す。
 唇を離せば、猫の様な、大きな目が、じっと見上げてきた。

「………もっとくれ」
 今日の我儘は、これが最後。




End


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