幼なじみの仕事
┗2100Hit 幸様へ
「……恋次。お前、隈出来てるんじゃねーか?」
「昨日、徹夜で祝辞のスピーチ書き上げたからな」
 顔を覗き込んできた一護に、恋次は力なく笑う。
「何で、俺に祝辞読ませることにしたんだ」
「徹夜までしたのに、今更そんなこと聞くのかよ」
 一護は呆れた様にそう言うと、缶コーヒーのプルトップに指を引っ掛けた。
 控室に、カチカチと小さな音が響く。
「あー、ちくしょ……」
 一護は、缶コーヒーに悪態を吐いた。指が震えている所為で、プルトップを押し上げられない。
カチッ
カチッ
「この、くそ!」
「しょうがねー奴だな」
 貸してみろ。と手を差し出してきた恋次に、一護は渋々缶コーヒーを渡す。
プシュ
「ほらよ」
「ん。サンキュ……」
 一護はガタガタと震える手で、缶コーヒーを受け取った。
 恋次はその様子を見て、ニヤニヤした。
「そんなに緊張すんな。あと20分も有るんだぜ?」
「ちげーよ。あと20分“しか”ねぇんだ」
 一護は恋次の言葉を訂正し、コーヒーを一口飲んだ。
 そして恋次を見つめ、口を開いた。
「……どうしても、お前に読んで欲しいと思ったんだよ」
「は?」
「お前さっき、何で俺にしたのかって聞いたろ。その返事だ。ルキアも、お前がいいって言ってたぜ」
「ルキアが?」
「ああ」
 一護は満足そうに笑った。
「お前にお目出度うって言って貰えたら、これから先も絶対頑張れるってよ」
「……嘘だ」
「嘘な訳ねーだろ。そんなことも分かんねーのか」
 恋次は一護の言い方にムッとしたが、何かを思い付いたのか、意地悪な笑みを浮かべた。

「ルキア! 一護の奴、不細工な花嫁姿を早く見たいって言ってるぞ!」
 そしてドアに向かって叫んだ。
 このドアの向こうには、ルキアが居る。一護は恋次を睨み付けた。
「式が始まる前から喧嘩なんて、したくねーっての」
「仕返しをしたまでだ」
「んだと、てめえ――」
「ほう、そんなに見たいのか?」
 一護と恋次が言い争っていると、隣の控室の方から、女性の低い声が聞こえた。
 ドアがバーンと煩い音を立てて開き、ウェディングドレス姿のルキアが登場した。
「お望み通り、私の不細工な姿を見せてやる! どうだ一護!」
 ルキアは笑っているけれど、声にはかなりの凄味があり、恐ろしい。
 恋次は顔を引きつらせ、一護を振り返った。
 一護はポカンと口を開け、固まっている。
「い……一護?」
 ルキアと恋次は困惑し、怖ず怖ずと声を掛ける。

「……ルキア、綺麗だ」
 一護は、漸く言葉を発した。
 だが、自分の発言を恥ずかしく思ったのか、顔を赤らめ、控室を出ていってしまった。

「……何なのだ? 一体」
 ルキアは赤い顔を両手で押さえ、消え入りそうな声を漏らした。先程までの迫力は、消え失せていた。
「ぷ……!」
「な、何が可笑しい!」
 ルキアは、吹き出した恋次を睨み付けた。
「2人がおもしれー反応するから、つい……」
「…………では、一護が不細工な私を見たがっていたというのは、嘘なのだな? 貴様は、私達をからかう為に嘘を吐いたのだな?」
「…………ハイ、そうです――」
ゴンッ!!
 恋次の頭に、鉄拳が炸裂した。
「いって……何も打つことはねーだろ!?」
「フン!」
 ルキアは腕組みをし、外方を向いてしまった。
「おい、悪かったって。こっち向けよ」
「……恋次」
 ルキアは背を向けたまま、恋次に声を掛けた。
「あ?」
「今まで、世話になったな」
「……急に何だよ」
「……言いたかっただけだ」
「何だそりゃ」
 恋次は笑った。それと同時に、胸が締め付けられた。
 そんなこと、言わないでほしかった。遠い何処かへ行ってしまうような気がして、怖くなる。
 ルキアはこれから、一護と幸せな家庭を作っていく。
 しかし自分は……、残された自分は、どうしたら良いのだろう。
「……貴様も、早く良い相手を見つけるのだぞ」
「……ああ」
 恋次にはもう笑える余裕が無く、短く返事をするしかなかった。馬鹿野郎、と胸中で叫ぶ。
 ルキアより良い女なんて、そう簡単に見つけられる自身が無い。恋次は昔も今も、彼女だけを……
 けれど、彼女の目には、彼しか映っていなかったのだ。
 恋次は握り拳を作り、俯いた。

「……ずっと考えてたんだけどよ。本当に、俺が祝辞読んで良いのか」
 小さな声で、ルキアに問い掛ける。
 独り言にも聞こえるそれに、ルキアは首を縦に振って答えた。
「お前、一護に言ったんだってな。俺にお目出度うって言って貰えりゃ、頑張れるって……」
「……言ったぞ、確かに」
「……けど俺は、お前等にちゃんとお目出度うって言える自身がねえんだよ」
 その理由は、至って簡単だ。今でも、ルキアが好きだからだ。
 だから、送り出す言葉が、全部嘘になってしまう気がする。
「……構わぬ」
「――は?」
 ルキアの発言に、恋次は思わず目を見開く。
「何……で」
「……姉様に捨てられて、身寄りが無かったけれど、貴様は何時も傍に居てくれた。一緒に死神になろうとしてくれた」
 そこまで言うと、ルキアは深呼吸した。
 そして、やっと、恋次を振り向いた。目には、涙が溜まっていた。
「朽木家に引き取られたとき、……貴様と離れるのが辛かった。けれど、あのとき貴様が送り出してくれなかったら、今の私は、居なかった。………貴様は何時も、私に力をくれた」
「……」
「例え嘘の言葉でも、貴様が読んでくれるのなら、私は力を貰える。……だから、どうしても、貴様に祝辞を読んで欲しい……」
「……分かった」
 恋次は頷き、ルキアの震える肩に優しく手を置いた。
「泣くなよ。もうすぐ式が始まんだから」
「戯け……貴様が、泣かせるのだ……」
 ルキアは擦れた声で文句を言いながら、指で涙を拭った。
――すまぬ、恋次。
 自惚れた言い方かもしれないが、ルキアは知っている。恋次に好かれていることを。
 けれど、恋次の気持ちに答えることは出来ない。もう、ずっと前から決めていたのだ。口が悪くて生意気だけれど、愛をくれた太陽の様な少年と、共に歩んで行こうと――。

「ルキア、まだ居るか?」
 ドアがノックされ、向こうから一護の声が聞こえた。
「……ああ、居るぞ!」
 ルキアは出来るだけ、明るい声を出した。
「どうした? 一護」
「否、ほら……そろそろあっちに行かねえとさ……」
「おお、そうだな! 今行く!」
 ルキアは立ち上がり、ドアノブに手を掛けた。

「幸せになれよ、黒崎ルキア!」
 恋次の言葉に、ルキアはピタリと止まった。
「……貴様もな、恋次」
 ルキアは振り返り、微笑んだ。頬に涙を伝わせながら……。

「……徹夜した甲斐が有ったぜ」
 ルキアが控室から出ていくと、恋次は懐から折り畳まれた紙を取出した。
「見てろよ……今以上に泣かせてやるから」
 仕方無い。ルキアのことは諦める。その代わり、泣かしたりしたらぶっ飛ばすから覚悟しとけと、後で一護に伝えよう。
 恋次は紙をギュッと握り締め、笑った。

「目、赤いぞ」
「そ……そうか? 気のせいだろう」
「なら良いけど……」
 一護はルキアから顔を逸らし、頬を掻いた。
「一護?」
「その、……お前、すげー綺麗だぜ」
「貴様も、良く似合っておるぞ」
 ルキアは耳まで真っ赤にした一護に微笑み、彼の手を優しく握った。
「ところで、これから兄様のことを何と呼ぶか、決めたのか?」
「…………『白哉』に決まってんだろ」
「ふふ、貴様らしいな」
「うるせー、『お兄ちゃん』じゃ気色悪いだろ」
「……一護」
「ん?」
 ルキアは振り向いた一護の顔を、両手で引き寄せた。
「るき――」
 そして彼の唇に、己のそれを重ねる。
「……『誓いのキス』の練習だ」
 唇を離したルキアは、ニヤリと笑ってそう言った。
「…………1回だけじゃ、練習にならねーだろ」
 一護は照れ臭そうに笑い返し、自らルキアに顔を近付けた。

「……げ」
「どうしたの? 夏梨ちゃん」
 隣に居る夏梨が変な声を漏らしたので、遊子は首を傾げた。
「な、何でもない」
「そう? ……ルキアちゃん、もう会場に行っちゃったかな。控室には居なかったし……あーあ」
「……そんなに早く見たいの? ルキ姉の花嫁姿」
「当たり前だよ! 絶対綺麗だもん!」
「なら、今見てくれば?」
「え?」
 夏梨は遊子に苦笑いしながら、2手に別れた通路の右側を指差している。
 遊子は、夏梨の示す方向へゆっくりと足を進めた。
「あ」
 遊子の目に、抱き合って口付けをしている花婿と花嫁の姿が映った。
 遊子は早足で戻ってくると、夏梨と同じ様に苦笑いをした。
「……あ、あはは……」
「笑うしかないよね」
「うん」
 2人はそれっきり一言も喋らず、会場へ向かった。

――……一兄。予行練習するなら、ちゃんと場所を選んでよね。




End


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