“お兄ちゃん”と呼べ
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「では……そろそろ現世に戻ります」
「……そうか」
「失礼致します」
「……ルキア」
 立ち上がり、背を向けたルキアを、白哉は呼び止める。
「何でしょう?」
「私も現世へ行って良いか」
「へ?」
 ルキアは目を丸くした。
「……別に、今日と言っている訳では無いぞ」
「……ですが、日帰りでないのならば、何処か泊まれる所を探さなくては」
「黒崎一護の家で良かろう」
「え?」
 ルキアは仰天した。
「……何をそんなに驚いている」
 白哉はさも不思議そうにルキアを見つめた。

「……では、一護に伝えておきます」
 そう言って、ルキアは屋敷から出ていった。
 可笑しいぞ。最近の兄様は何だか可笑しい。心の中で、そう繰り返す。

 先週のことだ。白哉に一護の好物を聞かれ、
「チョコレートだったと思います。現世のお菓子です」
「そのちょこれえととやらを持ってきてはくれぬか」
「え? はい」
屋敷にチョコレートを届けに行った。
 その翌日は、一護の家族について聞かれた。
「一護は、父親の一心殿、妹の遊子、夏梨……3人と暮らしています」
「そうか。1度挨拶をしておかなければならぬな」
 ルキア自身、一護達には世話になっているし、白哉の気持ちは嬉しかった……のだが。
 白哉は笑っていた。否、笑っていたというより、ニヤけていたといった方が正確なのだろうか。
 しかも「妹か」、なんて呟いていた。
 白哉が白哉ではないような気がして、背筋が寒くなったのを覚えている。

 今日も、一護の趣味とか、普段何をしているかとか、とにかく一護について聞かれた。
 何故白哉は、一護に関することについて聞いてくるようになったのだろうか。
 一護と何か有ったのだろうか。

 どうしても気になったので、黒崎家に到着したルキアは、早速一護に尋ねた。

「……え、白哉?」
「ああ。兄様と何か有ったか?」
「別に……」
「そうか。……ふむ」
 ルキアは腕組みをした。
「……最近、ほぼ毎日白哉に会いに行ってるよな」
「ああ。兄様は貴様について、色々と聞きたいみたいでな」
「……え、何か嫌な予感すんな」
 一護の予想は的中している。
「一護……そのことなのだが」
「何だよ?」
「いずれ、兄様がこの家に来るかもしれぬ」
「ふうん……、ええええ!?」
 一護は、ルキアから後退りした。ルキアにとっては想定内のリアクションだった。
「お……お前まさか、OKしたんじゃねーだろうな?」
「……仕方なかろう?兄様の頼みだ」
「ふ……っ、ふざけんなー!」
 一護の絶叫は隣家まで響いた。

「マジでふざけんなよ、何で馬鹿でかい屋敷に住んでる奴がわざわざ一般庶民の家に……大体此処に来て何するつもりだ? まともに話が続きそうにねーし、遊子や夏梨にバレたら面倒だ! そういえば何で俺のことを聞こうとしてたんだ?」
 疑問が新たに疑問を生み、一護は頭がこんがらがってしまった。
「どうかしちまったんじゃねえか? 白哉は」
「私は常に冷静だ」
「そうかよ……え?」
 返事をされた。しかもその声はルキアのものと違う。
 恐る恐る振り向けば、ベッドに正座した白哉の姿があった。しかも黒のジャンパーにジーンズといった、現世の若者の服装。
「……で、で、で」
「久し振りだな。黒崎一護」
「に、兄様!?」
「ルキア。済まぬが、暫く現世に留まる」
「出たあぁぁぁああ」
 再び、一護の絶叫は隣家まで響いた。
「一兄! さっきから煩いって!」
 夏梨が、勢い良く一護の部屋へ入ってきた。
 暫く一護を睨み付けていたが、ルキアの背後に見知らぬ男性の姿が見えたので、キョトンとしてしまった。
「……一兄の友達?」
「何言ってんだ、んな訳ねーだろうが! 『友達』にしては老けてるだろ!」
 夏梨が尋ねてきたので、一護はすかさずツッコミを入れる。
「じゃあ、どういう」
「私はルキアの兄だ」
 白哉は立ち上がり、夏梨に近付いた。
「……ルキ姉の、お兄さん?」
「……ルキア。お前はルキ姉と呼ばれているのか」
「え……、へ? あ、はい。そうです」
「……」
 白哉は黙り込んだ。
 だが、暫くすると笑みを浮かべ、夏梨に手を差し出した。
「では、私のことは白兄と呼ぶと良い」

(えええええ!? ていうか呼びにくいし!)

 一護とルキアは同じことを考えていたので、思わず顔を見合わせた。
 夏梨は、口をあんぐりと開けている。
 白哉は全く気にしていない様だ。
「名は何というのだ」
「へ? あ、夏梨。です」
「……そうか。これからも宜しく頼むぞ、夏梨」
「は、はい……」
 白哉と握手をした夏梨は、閉じない口をそのままに、部屋から出ていった。
 すると白哉は振り返り、一護を見た。
「兄の御尊父と、遊子は何処に居る」
「親父は仕事で、遊子は買い出しに行ってっけど。……つうか、あんた2人を知ってんのか?」
「否、名前をルキアから聞いただけだ」
「ふうん……って納得してる場合じゃねえ! 何であんたが此処に来てんだ!」
「明日でも良かったのだが、兄の家の様子を見ておくべきだと思ってな」
「……何でだよ?」
「兄様、それはどういう意味なのですか?」
 2人が尋ねると、白哉はルキアと一護を交互に見つめ、言った。
「ルキアに兄について繰り返し尋ねたのも、此処を訪ねてきたのも、いずれ我が義弟となるかもしれぬ兄について、少しでも理解を深めるべきだと思ったからだ」
「は? 義弟?」
 一護はポカンとしてしまった。
 だが、白哉はそれを全く気にしていない。
「兄等の親睦をより深める為、先程、これを購入した」
「お、おい! 話進めてんじゃねーよ! 義弟ってどういう意味だ!」
「兄の好物であるちょこれえとがこおてぃんぐされている、ぽっきいだ」
 白哉は、ジャンパーのポケットから、赤い箱を取り出した。
「現世のお遊びについて色々と調べたのだが、このぽっきいこそが、兄等の親睦を深めるのに相応しいと考えている」
「ポッキーが何だってんだ! まず人の話聞けよ!」
 一護の声に、段々と怒りの色が見えてきた。
 だが、白哉はそれを全く気にしていない。その上、とんでもないことを口にした。
「これから兄等には、ぽっきいげえむをしてもらう」
「……何、だと!?」
 一護は、顔を茹でダコの様に赤くしてしまった。
「どうしたのだ、一護」
 ルキアは一護の顔を不思議そうに見つめた。ポッキーゲームの真の恐ろしさを知らないのだから、仕方ないのだが。
 白哉は、チョコレートが塗られた細長い棒を取出し、ルキアに差し出した。
「ルキア、この先端をくわえるのだ」
「……? はい」
 ルキアが言われた通りにすると、白哉は一護を振り返った。
「兄はこのぽっきいげえむを知っているな」
「そりゃ知ってるけどよ、やるのはちょっと」
「……散れ。千本ざ」
「やりますやります! やりますから!」
 白哉が瞬時に義骸から抜け出し、千本桜に手を掛けようとしたので、一護は慌てて返事をした。
 棒の先端をくわえ、ルキアと向かい合う形になる。互いの顔が至近距離に在る為、顔を赤らめ、俯いた。
「では、互いに少しずつ噛っていくのだ」
「!」
 白哉の爆弾発言に、ルキアは目を見開き、耳まで赤くする。

 白哉が義骸に戻ろうとしないので、何時千本桜が解放されるか分からない。2人は躊躇っていたが、自身の身を案じ、ポッキーゲームを始めることにした。

 部屋が静まっている所為か、かりかりと噛る音が、妙に大きく感じた。
 互いの顔が段々と近付いていく。
 あと少しで唇が触れ合いそうになると、2人は恥ずかしさが増し、白哉の方に目をやった。
「!?」
 だが、そこに白哉の姿は無かった。
「居ない――」
 ぽきり。一護が『い』を声に出したと同時に、残り1p程の棒が折れた。
 唇が重なる。
「っ……」
 2人は直ぐ様離れ、上昇する体温を下げようと必死になったが、互いに目を逸らすことが出来なかった。
「……るきあ」
「へ?」
「……その、もう1回、していいか?」
「……な!」
「よく、分かんなかったし」
「……一護」
「え?」
「……付いておるぞ」
 ルキアは、一護の唇に付いたチョコを舐めた。
「甘いな」
 笑ったルキアを見て、一護は、心臓がドクンと脈打つのを感じた。思わずルキアを抱き締め、囁いてみる。
「……もっと甘いの、やろうか」
 ルキアは、ビクリと肩を震わせたが、首を縦に振った。
「くれ。一護」
 互いの顔が、吸い寄せられる様に近付いていく。

「私の存在を忘れた訳ではあるまいな」
 甘い雰囲気を打ち壊したのは、押し入れから顔を覗かせた白哉の声だった。
「うおっ! 白哉!?」
「兄様!? 何時から押し入れの中に」
 一護とルキアは真っ赤になり、慌てふためく。
「兄等がぽっきいげえむをしている間に、入ったのだ。先程から、この中が気になっていたのでな」
「いや、勝手に入ってんじゃねーよ!」
「……兄の御尊父が帰ってくるのは、未だ先であろう」
「あ? ああ」
「ならば、今日は一先ず帰る。いずれまた、此処に来るつもりだが」
 白哉は押し入れから出てきて、向かいの窓を開けた。

「また会う日までに、私を“兄様”と呼べるように練習をしておけ。兄が言いにくいのならば“お兄ちゃん”でも構わぬ」

 それだけ言うと、白哉は窓から飛び降りた。

「……誰だあいつはあぁぁああ」

 一護、本日3回目の絶叫。




End


あきゅろす。
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