君が好きだと叫びたい
┗棗様へ
 自室へと踏み入れた足は、驚きでぴたりと止まった。自分の身をダイブさせるつもりだったベッドに、小さな身体が寝転がっているのだ。
「またかよ……」
 一護は後ろ手でドアを閉め、深く溜め息を吐いた。がしがしと掻いた頭から、滴が飛び散った。
 居候を一心に認められてから大分日が過ぎた頃には、ルキアはもう「押し入れに泊まりたい」と駄々を捏ねなくなった。
 しかし、一護が入浴している間に一護のベッドを占領し、そのまま眠りに就くようになった。
 ルキアを妹達の部屋へ運ばなくてはならなくなったその日から、一護の機嫌は下降している。
 そろそろ本気で怒ってみようか。いざ決心したら、行動に移すのは簡単だった。
 一護は止めていた足を前に進め、布団の上で丸まっている身体を真直ぐ見下ろせる位置に立った。
 怒鳴って起こそうとしたが、今までの苦労から無駄だと知っているので、直ぐにその考えを掻き消す。脳内に残った方法は、1つだけだった。
 一護はルキアの細い腕を掴んだ。
「……いちご」
 そのまま、ルキアを布団から引き摺り下ろそうと、したのに。名前を呼ばれて、「達磨さんが転んだ!」と鬼に振り向かれたかの如く、動きを止めた。
「いち、ご」
「……」
「いちご」
「……」
「……いち……ご」
 ルキアは、一護の名を何度も呼んだ。
 一護は、ルキアに「応えてくれ、答えてくれ」と言われている気がした。
 だからだろうか。ルキアの腕を、手から放してしまった。ルキアの名を、呼びたくなってしまった。
「ルキア」
「ん……」
 ルキアは夢でも見ているのだろうか。一護の声に反応するように、口元を緩めた。
 一護は、目の前で幸せそうに眠る少女に、ある感情を抱いた。
 その感情の存在を初めて知ったのは何ヵ月も前、現世へ侵攻してきたグリムジョーが、虚圏へ帰還した後だ。重傷を負い、織姫の治療を受けるルキアを見て、今までとは違う意味合いで「護りたい」と思ったのだ。
 その感情の名は、紛れもなく、「恋」だ。
「ん、う……」
 突然、ルキアが身じろぎ、瞼を震わせた。
 そして、桔梗色の瞳を、垣間見せた。
「……一護……」
 ルキアは一護を目に捕らえると、それはもう嬉しそうに笑った。
「……好きだ」
 一護は熱くなった胸の奥をどうすることも出来ず、想いをそのまま口にした。
「……、え……?」
 目を見開いて驚愕するルキアとの距離を、屈んで狭める。
 薄紅色の小さな唇に、己の唇で触れようとした次の瞬間、ガラリと窓が開いた。
「一護ぉおおっ!!」
 窓から部屋へ入ってきた黄色い物体――コンが、一護の顔をキックした。
 流石驚異的な脚力の持ち主と言うべきか、コンは、一護に床を5メートルも滑らせた。
「い、一護っ!?」
 ルキアは起き上がった。
 ドアの前でうつ伏せに倒れている一護の傍らに、コンが腕組みをして立っていた。
「てめえの妹から逃れて戻ってきてみりゃ、姐さんが襲われてるときたじゃねえか!」
「あ、否……コン! 私は襲われてなど……」
 一護を庇おうとするルキアの言葉は耳に入らないらしく、コンは続ける。
「良いか! 姐さんの唇を奪うことは、この俺様が禁止するっ!」
「……何だと!?」
 今まで気を失っているように見えた一護ががばっと起き上がり、コンに食って掛かった。
「何でてめえに禁止されなきゃならねえんだよ!」
「うるせえっ! 姐さんは――」
「……ほう。そうか」
「……え?」
 一護とコンは見事に2重奏を奏でて、楽しそうに呟いたルキアに、振り向いた。
 口端を吊り上げて怪しい笑みを浮かべたルキアが、2人――というより、一護に近付いていく。
 ルキアはたじろぐ一護の胸元を、思い切り引き寄せた。

 ルキアの顔が、目の前にある。大きな目は、瞼に伏せられていて見えない。
 唇に感じるのは、柔らかくて温かい……ルキアの、唇だ。
「ぎゃああああああ!!」
 ルキアにキスされている、と認識した直後、一護はコンの叫びを聴いた。
 ルキアはすっと唇を離し、今の状況を理解出来ずに口をぱくぱくさせているコンに振り向いた。
「ね、ねねね姐さん……何を!?」
「何って、接吻だが」
「いやいや、それは分かってますよっ! そうじゃなくて……」
「コン。お前が一護に禁じたのは“私の唇を奪う”ことだ。“私に唇を奪われる”ことではない。そうだろう?」
「そ……そんなのアリっすか!?」
 ルキアの揚げ足と言えそうな言葉に、コンは呆気に取られる。
「すまぬ。2人にさせてくれ」
 ルキアは申し訳無さそうにそう言うと、ドアを開けてコンを廊下に撮み出した。
「……あーっ! 夏梨ちゃん、ボスタフが見つかったよ!」
 パタンとドアを閉めた直後に聞こえた、遊子の歓喜の声。それに苦笑いしながら、ルキアは一護に向き直った。
 そして、赤らめた顔を伏せている一護の、下顎をそっと持ち上げた。
「ちゃんと、こちらを見ろ。馬鹿者」
「……!」
 上を向かされた一護は、不敵に笑うルキアを格好良いと思ってしまった思考に、俺は乙女か!と心中で突っ込みを入れる。
 しかし鼓動は早まるばかりだ。好きな相手に、キスをするつもりが、されてしまったのだから。
「……っ」
「一護。私も好きだぞ」
「……は?」
 一護が目を丸くするので、ルキアは吹き出した。
「はは、何を驚いておるのだ? 嫌いならキスをしたりはせぬ」
「だって……信じられねえ」
「……私もだ。お前に好かれていたなんて」
 ルキアは照れ笑いして、俯いた。
「お前が好きで、最初は、一緒に暮らせるだけで良かった。だが私は我儘で、『仲間』ではなく『女』として見てほしくなった」
「……ほんとかよ……?」
「せめてこの部屋へ入りたいと思った。だがお前が中に居るときは、怖くて入ることが出来なかったのだ」
「え……」
「部屋に残るお前の匂いや、温もりが安心させてくれて……告白出来ない歯痒さや、お前と上手く向き合えない寂しさが薄れていって。気が付かぬ内に、眠ってしまうようになった」
「……ルキア……」
「毎日、夢を見るようになった。お前がいて、私がいて。夢の中でも良いから、気持ちを伝えたいと思うのに……何時も、名を呼ぶことしか出来なかった」
 ルキアの言葉の1つ1つが、一護の胸に染み渡っていく。
 自分を不機嫌にさせてきた、ルキアの今までの行動。その意味を理解して、鼓動が更に早まった。
「……有難う」
「え?」
 今度は、ルキアが目を丸くした。一護からの感謝の言葉が、何だかくすぐったい。
「何だ? 急に」
「いや、その……俺をそんな風に思ってくれてたんだなって」
「一護……」
「……俺、もっと好きになった。お前のこと」
 紡ぐ言葉を選ぶ癖が有る一護が、ちゃんと口にしてくれた。満面の笑みを滅多に見せない一護が、無邪気に笑ってくれた。ずっと欲しかったものが、目の前にある。そう実感したルキアの頬に、涙が流れた。
「馬鹿。泣くなよ」
 一護は手を差し出して、それを拭う。
「……すまぬ」
 ルキアは目を潤ませたまま、微笑んだ。
「……お前、その顔すげえ綺麗」
 囁かれた言葉に、顔が火照る。照れ隠しに「戯け!」と言おうとした唇は、優しく塞がれた。
「……ん……」
「……なあ、もう我慢出来ねえ」
「……え……う、わっ!」
 一護はルキアをひょいっと抱えて、ベッドまで戻る。
 ベッドに寝かされたルキアは、訳が分からず一護を見上げる。何故、起きたばかりのときと同じ状況になっているのだろうか。目でそう問い掛ければ、一護ににやりと笑われた。
 その直後に零された言葉に、一瞬思考が停止。
「今夜は、帰さない」
 一護がこれからしようとしていること。それを伝えるには十分な言葉で、勿論ルキアにも伝わった。
 ルキアは瞳を揺らして、答えを探す。「分かった」、と承服すべきか、否か。
 しかし、迷いの色が無い一護の瞳を見て、“糞餓鬼”に身を任せるのも悪くないと思った。
「……ふ、出来るものならやってみろ」
 得意げに言って、誘う様に赤い舌をちろりと出す。獣と化した目の前の恋人は、それに食い付いた。

 どちらが先に堕ちるのか。それを知るのは、2人だけ。




End


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