The antiseptic solution which is sweeter than a candy
┗苺氷様へ
 屋上の片隅に、昼食を摂っている男の集団が居る。大島は金髪を揺らしながら、彼等に近付いていった。
 彼等の中から目当ての男を見つけると、大島はニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
「久し振りだなあ、黒崎」
 大島の大きな声に、集団の1人である啓吾は顔を強張らせた。
「やっと学校に顔出したかと思ったら、わざわざ挨拶に来てくれたのか? ヒヨコヘッド」
 僅かな沈黙の後、一護が茶色い目を細めて言った。
「うるせえ。何時になったら頭を黒くする気だ?」
「……」
 一護は腰を重そうに持ち上げた。
「行く必要は無いだろう」
 一護の隣の茶渡が、強い口調で言った。
「後で面倒なことになったら、どうする」
「そうだよ、一護」
 啓吾と茶渡に挟まれている水色が、頷きながら同意した。
「大丈夫だって。ちょっくら、食後の運動してくる」
 一護はひらひらと手を振って、大島に近付いていった。

「これは地毛だ。……って何遍言えば分かるんだ?」
 一護が前髪を摘んで言うと、大島は片眉を吊り上げた。
「見え透いた嘘吐くんじゃねえ。生まれ付きでそんな色してる訳ねえだろ。……目だってそうだ。カラコン付けてんだろ」
 2人は、体育館裏に来ていた。大島が、一護を此処へ連れてきたのだ。教師の目に触れてはならない、所謂不良の業を為すには、此処はとっておきの場所だからだ。
「そう思うなら、実際に確かめてみれば良いだろ」
 一護は自分の目を指差しながら、言った。
「手でも突っ込んでみれば分かるだろうが。やってみろや」
「何だと――」
「出来ねえのか? こえーのかよ」
「……そんな口叩いてられんのも今の内だぜ」
 大島は、憎たらしい笑みを浮かべてそう言った。
 その直後だった。大島の背後から、ヘアバンドを着けた男と、ルキアが姿を現したのは。
 ヘアバンドの男に掴まれている腕が痛いのか、ルキアは顔を歪めている。一護を見た途端、その表情は更に苦しげになった。
「馬鹿な女だぜ、話が有るって言っただけで、簡単に俺等に付いてきちまったんだからよ」
「……てめえ」
 一護は目をかっ開いてルキアを見ていたが、大島の台詞を聞いて、鋭い目付きで大島を睨んだ。
「そいつを、どうするつもりだ」
「そんなの分かってんだろ。てめえ次第だ」
「ふざけんじゃねえ――」
 一護は拳を振り上げた。
 しかし呻き声を耳にして、ピタリと動きを止めた。
 そして、大島からルキアへと視線を移した。
 ルキアの腕は、ヘアバンドの男に捻り上げられていた。
「……言っただろ、てめえ次第だとな」
「……っ」
 大島に嘲笑われ、一護は歯を食い縛る。
「っ、う……っ」
 ルキアも同じように、歯を食い縛って痛みを堪えようとしている。
 彼女の目尻に溜まった涙を見た瞬間、身体が動いた。
「……言うこと、聞く気になったのか?」
 深く頭を下げた一護を見て、大島は口端を吊り上げた。
「……ああ。だから、そいつを放してくれ」
 一護は下を向いたまま、答えた。
「一護! 駄目だ!」
 ルキアが叫んだ。
「貴様が大島に従う必要は無い! 元はと言えば、私が……!」
「お前の所為じゃねえよ」
 泣く寸前になっているルキアを慰めるかのように、一護は顔を上げて笑った。
「心配すんな。放してもらったら直ぐに逃げろ」
「一護――」
「挨拶は仕舞いだ。……黒崎、俺からの命令は特にねえ」
 大島はルキアの言葉を遮り、一護にずんずんと近付いていった。
 一護の鼻先にまで来ると、以前一護と揉めたときには使うことの出来なかったメリケンサックを、指にはめた。
「……ただ、てめえは黙って俺にやられてりゃ良い!」
 大島の拳が振り下ろされた。それと同時に、一護は目を閉じた。
 頬に拳固を食らった時、泣き声にも似た叫びを聞いた。それを聞き取れぬまま、一護は、湿っぽい地面に倒れた。
『後で面倒なことになったら、どうする』
『そうだよ、一護』
 茶渡と水色の姿が瞼の裏に浮かんで、思わず苦笑いした。

 覚醒した一護は、自分が仰向けに寝ていることに気付き、ゆっくりと目を開けた。
 身体中の痛みに耐えながら目だけを動かして辺りを見回すと、自分を支えているのは私室のベッドであると分かった。
「……何で……」
 一護には訳が分からなかった。
 一護は大島のパンチで地面に倒れた後、顔だけでなく腹や手足も散々殴られて、気を失った。中学時代から恐れられていた強者といえど、オプション(メリケンサック)付きの攻撃を無抵抗で受けるのには無理があったのだ。
 意識を取り戻したとき、仰ぐのは青空だろう。そう思っていたのに、実際に見上げているのは私室の天井だ。
 気絶した自分が自宅に辿り着けた経緯を1人考えていると、ガチャリと部屋のドアが開いた。
 そちらを見やれば、救急箱を抱えたルキアが立っていた。
「……大丈夫か?」
 ルキアは目を細めながら尋ねた。
「否、未だ痛む。……なあ、どうして家に来ちまってるんだ? 大島に殴られてた筈なのに……」
 一護は起き上がり、聞き返した。
 ルキアは悲しそうな顔をした。
「……傷付いていく貴様を黙って見ているなんて、出来なかった。気が付いたら貴様と義骸を抱えて、学校から飛び出していた……」
「じゃあ、お前が、家まで運んでくれたのか?」
「……そうだ」
「馬鹿じゃねえのかお前!」
 一護は怒鳴るなり、ベッドから出て立ち上がった。
「あんなことぐらいで、義骸脱いだりするんじゃねえよ! 大体、お前が俺と義骸を抱えてんのを誰かが見てたら、どうするんだよ!」
「……」
「……ったく、よ……」
 一護はルキアに歩み寄り、彼女をぎゅうっと抱き締めた。身体の節々が痛んだが、そんなことはどうでも良かった。
「……怪我は、してねえんだな?」
「え?」
「俺が気絶した後、大島達に何もされてねえよな?」
「……ああ」
「……良かった」
 一護は腕に力を込めた。
「……っ、馬鹿者!」
 今度は、ルキアが怒鳴った。
「散々酷い目に遭ったくせに、人の心配をしている場合か! 大体、私の心配などしなくて良い! ……こんなにボロボロになったのは、私がしっかりしていなかった所為なのだから」
 言葉尻が小さくなっていき、ルキアの身体は震え始めた。
「……最低だ、私は……」
「……俺もだよ」
 一護はルキアの身体をそっと放した。
 そして赤くなったルキアの腕を取って、じっと見つめた。
「自力でお前を助けられなかった。お前に怖い思いさせた。最終的には、お前に助けられちまった」
「一護……」
「……」
ちゅう。
「……へ?」
 腕に吸い付いてきた一護を、ルキアはぽかんと見つめた。
「……い、いち……ご?」
「……」
「っい……ん、あ、やっ」
 強く歯を立てられて、かと思えば優しく舐められて、背中がゾクリと震える。更に追い打ちの如く、熱い吐息を掛けられて、思わず目を瞑った。
 ふと、腕から温もりが離れた。瞼を持ち上げると、視界に入ってきたのは歯形の付いた己の腕。
 あまりにもくっきりと残っている跡を見て、ルキアは顔を赤らめた。
「……な……、何を……」
「消毒」
 一護はぼそりと呟いた。
「……ほら、掴まれた跡が残ってるだろ」
 だから消毒したんだよ、と、不機嫌な顔を逸らす。そんな彼が何だか可愛く思えてきて、ルキアはくすりと笑った。
 癪に触ったのか、一護はルキアを睨んだ。
「笑うなよ」
「ふふ、いや……すまぬ」
「……お前が大島達に触られてたっていう事実がムカつくんだよ。大島に殴られまくったことよりも」
「……一護」
「気が有ろうが無かろうが、お前に跡を付けて良いのは俺だけなのに……なあ?」
 一護はにやりと笑って、再びルキアの腕に吸い付いた。
「……っ……こ、のっ!」
 ルキアは、一護の痣が出来た頬に口付けた。
 触れたのは一瞬だったが、一護を驚かすのには十分だった。一護はルキアの腕から唇を離し、目を丸くしてルキアを見た。
「……貴様も同じだ。貴様も、私以外の者に跡を付けられてはならぬ」
 ルキアは先程の一護と同様に、にやりと笑った。
 そして切れて血が滲んでいる一護の唇に、音を立てて吸い付く。
 ぺろりと舐めて唇を離せば、一護が蜂蜜色の目を怪しく光らせた。

「……な、他の傷も。……消毒してくんねえ?」
「……言われなくとも」

 チョコレートよりも、飴よりも甘い極上の消毒液で、傷を癒してあげる。




End


あきゅろす。
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