2度目のファーストキス
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ムードメーカーの阿散井恋次が咳払いし、立ち上がった。
「そんじゃ、皆との再開を祝って……」
彼がジョッキを掲げると、一同もつられる様にしてそうする。
「……乾杯!」
「カンパーイ!!」
ジョッキのぶつかり合う音が、部屋中に響く。
8年振りだった。3年間の中学生活を共に過ごした仲間達と、会えたのは。
このイベント――つまり同窓会――をやらないか、と数週間前に提案したのは、当時生徒会長だった日番谷冬獅郎。
「……しかし驚いたぜ。あの無口で1人で居るのが大好きだった日番谷が、なあ」
目の前の豪勢な料理を口に詰め込みながら、檜佐木修兵は言う。
「俺が提案しちゃ可笑しいのか」
「そ……っそそそ、そうは言ってねえけどさ、いや、ホ、ホラ……め、め珍しいことも有るんだなと」
左隣の冬獅郎が翡翠色の瞳をギラリと光らせたので、冷や汗をかく。
「檜佐木さん、吃り過ぎですよ」
右隣の吉良イヅルが、小さな声で突っ込む。同級生にまで敬語を使う礼儀正しさと、派手な金髪と対照的な地味な顔・性格は、中学時代から変わっていない。
「そんな睨まないでやれよ、冬獅郎。修兵に悪気は無かった筈だぜ」
痛い視線を受ける修兵に救いの手を差し伸べたのは、修兵の向かい側に座る黒崎一護。彼の橙髪は、恋次の赤髪や冬獅郎の銀髪並に目立つ。
「だろ? 修兵」
「ああ! 勿論だ!」
力む修兵に苦笑いしながら、一護はキョロキョロし始める。
彼の隣に座る恋次は不自然に思ったのか、問い掛けた。
「どうしたよ? 一護」
「いやさ、ルキアと雛森が来てねえな、って」
「そうだな……ってオイ、雛森はともかくよ、何でルキアが来てねえんだ? ……ついこの間付き合い始めたのに、もう喧嘩したのか?」
ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべる恋次を、一護は睨み付ける。
「ちげえよ。それに一緒に住んでる訳じゃねえし、別々に来たって可笑しくねえだろ」
「は? 未だ同居してねえの? ……ま、仕方無えか。てめえは昔からヘタレてるからな」
その言葉に堪忍袋の尾が切れたのか、バンと長いテーブルを叩き、立ち上がった。
「少なくとも、赤パイン以上にはヘタレてねえぞ!」
「その赤パインってのは俺のことか、タンポポ!」
恋次も立ち上がり、髪型を貶す。
「それ以外に誰が居るってんだ、野良犬!」
「世界には自分そっくりな野郎が3人居るんだぜ、だったらそいつらも当て嵌まるじゃねえかヒヨコ!」
「だったらその3人が可愛そうで仕方無いぜ!」
「んだと!? この、どうてい――」
「止めんか!」
恋次の罵声は、女性の声に遮られた。
一護と恋次、そして2人の喧嘩に唖然としていた者達も、入口を見やる。
朽木ルキアと雛森桃が、そこに立っていた。
「急用で遅れてしまいましたの。申し訳ございません」
ルキアは、武士の様な口調から育ちの良いお嬢さんの様な口調に改め、青ざめている一護と恋次に歩み寄る。
「喧嘩をするなら表へ出て行って下さいません? 皆さんの邪魔になると思わなくて?」
「すいませんでした!」
彼女の黒いオーラには勝てず、一護と恋次は同時にわびた。
ルキアは満足そうに微笑むと、恋次の腕を引き、耳元で囁いた。
「……言っておくが、一護は童貞ではないぞ」
部屋が静まっていた所為か、それを聞き漏らした者は誰1人おらず、女性陣は口に含んでいたビールを吹き、石化した恋次を除く男性陣は、茹で蛸状態の一護に敵意の目を向けた。
唯1人取り乱していなかった冬獅郎は、この状況をどうにかしようと考え込む。
「……っ、あはははっ!」
入口につっ立ったままだった桃が、突然笑いだした。
「あはははは! ルキアちゃんも黒崎君も阿散井君も、皆も……可笑し……! あはははは!」
「……ぷっ」
腹を抱え、涙を浮かべ、肩を震わせ、笑う彼女を見て、誰かが吹き出した。それが合図だったかの様に、部屋中が笑いの渦に包まれた。
冬獅郎はただただ、桃を見つめていた。彼女の笑った顔は、本当に、本当に久し振りだったのだ。
8年前。とある中学校で、ことは起こった。
『――っ!』
冬獅郎は反射的に桃から離れ、唇を手で拭った。
――俺はただ、つまずいて、階段から落ちそうになったこいつを、受け止めただけだ。
心の中で言い聞かせるも、鼓動は早まるばかり。
『……ひ……つ、がやくん』
桃は目を丸くして、冬獅郎を見つめる。
見つめられている本人は、俯き、必死に落ち着こうとしていた。
『あの……私……今、の……』
『今のは違う――、キスじゃねえ!』
冬獅郎は、怒鳴る様に言った。
『事故だ。ただの事故だ!』
『……え……?』
『忘れろ、雛森。今のは忘れろ』
『……な……んで?』
『そんなの、決まってんだろ! 俺達はただの――、……』
友達だからだ、とは、口には出せなかった。床に落ちた1滴の雫を、見逃さなかったからだ。
顔を上げることは、出来なかった。
『……そ……だよね……忘れなきゃ……駄目だよね』
後から後から、雫は落ちる。
『……じゃあ日番谷君も……わ、すれて』
『……』
『……今のは……事故……なんだよね……?』
『……』
『あーあ……ファーストキスは、まだまだ先だなあ……』
『……』
桃が立ち上がる気配がした。それでも冬獅郎は動かなかった。
否、動けなかったのだ。桃の、生まれて初めてのキスを、自分が奪い取ってしまった。その罪悪感が、冬獅郎の脳内に、ゆっくり、しかし確実に染み渡った。
遠ざかる足音は、耳に届いてはいなかった。
後日、ルキアから聞かされた。桃は、中学に入学した当時から、自分を好きだったのだと。
それを聞いてからは、桃に話し掛けることが出来なくなってしまった。好きな人とキスをして、それを事故だと言い放たれるのは、相当なショックだ。謝っても許してはもらえないだろうと、諦めてしまったのだ。
そのまま中学を卒業し、それから昨日まで、桃に会うことは無かった。
「日番谷君」
思い出に耽っていた冬獅郎は、桃の声で我に返る。
広まった笑いがおさまり、それぞれが食事の続きや、他愛の無い会話をしていることに、漸く気付いた。
先程まで入り口で大爆笑していた桃が、こちらに向かってきた。
何を言われるのだろうか。どんな顔をされるのだろうか。身体が強張るのが分かった。
「……隣、空いてるなら、座っても良いかな?」
満面の笑みによって、一気に緊張が解れた。
「……日番谷君? どしたの?」
「――!」
見惚れていたら、顔の前で手を振られた。
「大丈夫? さっきから、ぼうっとしてるけど」
「否……平気だ」
「そっか。……隣、良いかな?」
「……あ……ああ」
軽く頷くと嬉しそうに微笑まれて、不覚にも、心臓が高鳴ってしまった。
桃にとって自分は憎い相手だから、自分にはもう笑ってくれないだろう。だが、かつて共に日々を過ごした大切な仲間達の前でなら、笑ってくれるに違いない。自分に向けられる笑顔でなくても良い。もう1度、笑う彼女を見たい。そう思い、同窓会を開いたのだった。
だが、今、彼女は自分に笑っている。他の誰でも無い、自分だけに。
彼女が隣に腰を降ろした。綺麗な横顔が視界に入り、また心臓が高鳴る。
「……遅れてきたのはね……ルキアちゃんに相談に乗ってもらってたからなの」
桃は顔の向きを変えず、静かに言った。
冬獅郎は、眉間に皺を寄せた。
「……何を相談したんだ?」
「……日番谷君に、なんて謝ったら良いかなって。……うじうじしてないですぱっと言えば良いってさ」
「……!」
信じられない答えだった。
「日番谷君と、ちゃんと話しないままで、会えなくなっちゃったから……きっと日番谷君、怒ってたんじゃないかなって」
「……雛森」
「ごめんね、失礼なことして」
冬獅郎と向き合い、頭を下げた。
「……俺も、ごめんな」
「えっ?」
冬獅郎からの謝罪に、思わず顔を上げる。
「……何で、日番谷君が……?」
「俺もお前と同じ気持ちだった」
「え……」
「ごめんな」
冬獅郎は、恥ずかしそうに笑って言った。
やっと、言えた。2人の気持ちは同じだった。クスクスと笑い合い、昔の自分達に戻れたことに幸せを感じながら、桃は思った。
――やっぱり、私は、この人が……。
「……好き」
「?」
「ずっと好きだったの」
知っていた。とっくの昔に。なのに、告白が唐突過ぎて、顔を真っ赤にしてしまった。
「……雛森……」
「とっておくから。……ファーストキス……」
「!」
「日番谷君がしてくれるまで、とっておくから」
「……」
「待ってるから、ずっと」
自分と同じく顔を赤くしているくせに、目だけは強気だ。そんな彼女が、可愛過ぎた。
此処に居るのは、自分達だけではないなんて、考えている暇など無かった。
「……待たなくて良い」
「……へ」
「今まで、十分待ってただろ」
「え……な、に……」
「好きだぜ」
ちゅ
部屋はあまりにも騒がしかったのに、その小さな音を聞き漏らした者はおらず、食器の割れる音と、黄色い声が、響いた。
End
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