Love's sounds
┗831Hit 梅桃先様へ
「……そうだ、日番谷君の所に書類届けなきゃ」
 流魂街に在る祖母の家を出て、暫く経った頃。桃は、自分に残されている仕事を思い出した。
 急いで隊舎に帰ろうとした桃の手の甲に、ぽたっと冷たい何かが落ちる。
「……え」
 真っ白な空を見上げれば、銀の雫が、次々と降ってきた。
「嘘……、雨?」

 執務室で、珍しく真面目に仕事をしていた乱菊の耳に、雷鳴が届いた。
「あ! 雷ですね。隊長」
「それがどうした。仕事に集中しろ」
「……あ!」
「何だ」
「ねー、隊長。そういえば」
「何だ」
 冬獅郎の苛ついた返事を聞いて、乱菊はニヤリと笑う。
「まだ、五番隊から書類来てませんよ」
 冬獅郎の筆を持つ手が、ピクリと動いた。
「もしかして雛森、雷を恐がってるんじゃないですか?」
『シロちゃん、雷恐い……!』
 乱菊の言葉で、流魂街に住んでいた頃を思い出す。
 雷を恐がっていた、桃の顔。
「隊長、手が止まってますよー」
 冬獅郎は我に返り、再び筆を走らせるが、どうしても桃の顔が頭を過る。
『シロちゃん、傍に居てよ』

「……散歩して来る」
 そう言い残して、冬獅郎は消えた。
 乱菊はクスクスと笑った。
「こんなに天気悪いのに。大体、瞬歩使って散歩する人が何処に居るんですかー?」
 雛森が心配だって、素直に言えばいいのに。そんなことを考えながら、乱菊は鼻歌混じりに仕事を着々と進めていく。
 今日の彼女は、一体どうしたのだろうか。この様子だと、明日は雨が降るに違いない。
 ……既に降っているのだが。

「止まないな……」
 桃は、独り言を呟いた。
 此処は広い野原で、家は1軒もない。つまり、まともに雨宿りが出来る場所が無いのだ。
 桃は取り敢えず、梅の木の下で雨宿りをしているが、あまり意味は無い。枝と枝の間から雫がおちてくるので、桃の身体は、既にずぶ濡れだ。
ズガァン
「ひゃあっ!」
 桃は雷鳴に怯え、悲鳴をあげた。
「……ひ、……日番谷……君」
 涙腺が壊れそうになるのを必死に堪え、幼なじみの名前を呼ぶ。
「雷、恐いよ……」
ドガァン
「ひ……っ……!」
 ギュッと目を瞑った次の瞬間、何かが頭に覆いかぶさった。桃は目を見開き、頭に乗った物を掴み取る。
 それは、羽裏の千歳緑が色鮮やかな、十番隊の隊長羽織。
「それ、着てろ」
「……日番谷君……!」
 見上げれば、羽織を着ていない冬獅郎の姿が在った。
「……早く着ないと風邪ひくぞ」
「は、はいっ!」
 桃は、急いで羽織を着た。やや窮屈に見えるが、冬獅郎はそれを気にせず、桃をひょいと抱き上げた。所謂、お姫様抱っこというやつだ。
「うわあっ!? ひ、ひつっ――」
「ちゃんと掴まってろよ、雛森」
 それだけ言うと、冬獅郎は瞬歩を使い、隊舎へ向かった。

 自室に到着すると、冬獅郎はそっと桃を降ろした。
「……取り敢えずこれ着とけ」
 箪笥から死覇装とタオルを取出して、桃へ手渡す。
「あ、うん。でも、小さ――」
「……あ?」
「う、……ううん! 何でも無いよ!」
 桃が慌てて否定すると、冬獅郎はソファに座り、外方を向いた。
 桃はそれを確認すると、タオルで髪と腕を拭き、冬獅郎の死覇装に着替えた。
 やはりサイズが小さいが、そのことについては触れないようにした。
「……日番谷君。もう、こっち向いてもいいよ」
「……隣、座れよ」
「……うん」
 言われた通り、冬獅郎の隣に座る。
「……」
「……」
 部屋が静寂に包まれる。
 我慢出来なくなった桃は、話を切り出した。
「あの、ね! 日番谷君に渡さなきゃいけない書類――」
「安心しろ。10分程前、五番隊から預かった」
「……ご、ごめんね。私、お婆ちゃんの所に行ってて」
「気にするな。誰だって、1度はそういう失敗をする」
 そう言った冬獅郎の顔はあまりにも優しく、桃は暫く見惚れていた。
「うわ!」
 だが、窓に映る闇が一瞬、光に照らされたのを己の目で確かめると、叫び、冬獅郎の胸に飛び付いた。
「……ご、ごめん……」
 桃は慌てて離れたが、冬獅郎は、彼女の背中を優しく撫でる。
「お前、昔からそうだったよな」
「……え、だって……!」
「あんな雨の中、座り込んでたのも……動けなくなったからだろ」
 図星だった。桃は恥ずかしくて、俯く。
「……ちゃんと傍に居るから」
 優しく声を掛けられ、桃は嬉しそうに笑った。
「……雷なんて、もう全然恐くないね。こうやって、日番谷君が安心させてくれるから」
 冬獅郎は桃の顔を愛しそうに見つめ、身体を強く抱き締めた。さっきまで雨に打たれていた所為か、思っていた以上に冷たかった。
「まだ寒いか?」
「だいじょう……ぶ……、ふ、くしっ!」
 情けないくしゃみが出た。
 冬獅郎は苦笑する。
「ごめんな」
「ううん、そんなこと無い。……日番谷、君」
「?」
「その」
 桃は言葉を詰まらせ、大きな瞳を泳がせていた。
「言ってみろよ」
「……あの、――っ」
「雛森?」
「………きす、して」
「……」
 顔を赤らめて一生懸命に伝えようとする桃が、堪らなく愛しい。
 軽く口付けると、華奢な肩がびくりと震える。
「可愛い、桃」
「……」
「今日は随分と甘えてくんのな」
「……凄く、安心するから」
 桃がそう言うと、冬獅郎は意地悪く笑った。
「雷はもう恐くないって言ったよな」
「う! ……じゃあ、もう良い」
 拗ねて口を尖らせる桃。
「強がんなよ」
「強がってなんか……!」
 桃が意地を張っているので、冬獅郎は思わず吹き出した。
「何よ! 日番谷君の意地わ、……ん」
 桃の声が、途切れる。

 啄むような口付けを繰り返す内に、桃は冬獅郎の首に腕を回した。
「……日番谷君。すき」
「さっきまでは不貞腐れてたくせに」
「いーでしょ別に! ……ねえ、すき?」
「……聞かなくても分かるだろ」
「へへへーっ」
 照れたように笑い、冬獅郎の唇を軽く噛む。

「泊まって良い?」
「……誘ってんのか?」
「え!」
「ばーか、冗談。一緒に居てやるよ」
「……ありがと」

 2人の耳に響くのは、雨音ではない。雷鳴でもない。
 唇が奏でる、甘い音。

 翌朝。執務室に入ってきた冬獅郎を、乱菊はじっと見つめた。
「……何だ」
「散歩のついでに、誰かさんを食べちゃったー、とか」
「泊めただけだ」
「は? ……泊めたのに何も無しですか!? つまんなーい!」
 乱菊がガックリと肩を落とす。冬獅郎は呆れたように彼女を見下ろした。
「良いから仕事だ仕事……、ん」
 冬獅郎は床に落ちていた紙を拾い上げた。
 それの1番上には、「日番谷隊長と雛森副隊長のラブラブっぷりを大公開!!」と書かれている。
「……何だ。コレは」
「ああっ! 『瀞霊廷通信』に載せるつもりなんです! 見ないで下さい!」
 乱菊は慌てて紙を奪い取る。
「もう見たぞ。載せるなよ絶対」
「昨夜の一部始終も載せようと思ったんですけど……期待外れでしたねー」
「松本。お前の書類、全然終わってねえな」
 冬獅郎は、乱菊の机に積まれた書類を、1枚1枚捲りながらそう言った。
「……まさかとは思うが、昨日熱心に取り組んでたのは書類じゃなくて、その下らねー記事か?」
 ……そのまさかである。
「え、あのですね。隊長、書類もやりましたよ? 1枚」
「松本おおおっ!」

 乱菊は乱菊なのであった。
 その証拠に、今日は青空が広がっている。




End


あきゅろす。
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