爪先立ちで見える世界
 冬獅郎は理解出来ない。重い瞼を擦った手が、昨日よりも大きく、偉容なことが。
 冬獅郎は理解出来ない。立ち上がったときの視界が、昨日よりも広いことが。
 冬獅郎は理解出来ない。鏡で見た己の顔が、大人になっていることが。
「……なん、だ。これは」
 冬獅郎は理解出来ない。驚きのあまり発してしまった声が、昨日よりも低いことが。

 乱菊は理解出来ない。執務室のソファでごろごろしながら揚げ煎餅を食べていたら、上司の霊圧を感じて、急いで居住まいを正したのに。襖を開けて入ってきたのが寝間着姿の美丈夫だったことが。
「誰? あんた」
 美丈夫の髪と目、霊圧が上司のそれらと同じで気になったが、乱菊は強い口調で尋ねた。
「……俺だ、俺」
「オレオレ詐欺は尸魂界じゃ通用しないわよ」
「……日番谷冬獅郎だ」
 美丈夫こと冬獅郎は、握っていた白い羽織を持ち上げた。
 乱菊は【十】と書かれたそれを見て、目をぱちくりさせた。
「隊長の羽織じゃない! どうやって手に入れたの」
「……未だ信じてくれねえのか?」
 くたびれた様な顔が、上司が自分を注意するときに見せる顔と重なって、乱菊は目を見開いた。
「たい、ちょう?」
「……何だよ」
「ほ……本当に貴方が隊長なら、その姿は何です?」
 ほっとした様子の冬獅郎に、乱菊は2度目の質問をした。
「……否……今の身体に合うサイズの服が、この寝間着以外に無くてだな」
「そうじゃなくて、どうして、大人の身体になっているんですか?」
「……知らねえ。寝る直前までは何時もの姿だったぞ」
「……そうですか……」
「……」
「……そうだ」
 乱菊は何かを閃いたらしく、ぽんと手を打った。
「技術開発局に行きましょうよ。元に戻れる方法が見つかるかもしれません」

「やっぱり来ましたね。日番谷隊長」
「は?」
 乱菊と共に技術開発局の扉を叩いた冬獅郎は、現れた阿近の言葉にきょとんとした。
「俺のことが分かるのか。てか、『やっぱり』って何だ」
「……これですよ」
 阿近は、白衣の右ポケットから懐中電灯を取り出した。
「『拡大電灯』。試作品なんで、使えるのは1回だし、効果の表れが遅いが……この電灯の光を浴びたものは、拡大・成長する」
「……パクりじゃねえか!」
 懐中電灯の説明をした阿近を、冬獅郎が怒鳴った。
「謝れよ、猫型機械装置の作者とビッグライトに謝れよ!」
「そんなことを言われても困りますね」
 阿近は溜息混じりに言って、続ける。
「製作者も、名前の考案者も、正確には俺じゃない。この話を作った管理人です」
「だったら管理人を連れて来いや! ぶちのめしてやるぜ」
「無理ですよ、彼女は3次元に住んでる人ですから。……それにしても日番谷隊長が知ってたとはな、ドラえ」
「うるせえ、黙れ! クレームが来ちまうだろ!」
 冬獅郎は慌てて阿近の言葉を遮った。
 何時になく落ち着きの無い彼を、乱菊は目を丸くして見つめる。
「……隊長じゃないみたいだわ」
「変化したのは外見だけじゃねえらしい」
「……」
 何だか恥ずかしくなってきた冬獅郎は、2、3度咳払いした。
「パクりの話はもう無しだ。……理由は知らねえが、てめえがその電灯を使ったんだろ。阿近」
 冬獅郎の口振りは、確信めいていた。
「寝ていた俺に光を浴びせたのなら、当然、被ってた布団と着てた寝間着も光を浴びて、でかくなる。実際、そうだしな」
「だとしたら、夜中に隊長の部屋へ侵入したってことでしょう? どうやってそんな……」
「技術開発局員にとっちゃ朝飯前だ。そうだろ?」
 かぶりを振った冬獅郎に、阿近はにやりと笑った。
「流石、日番谷隊長だ……と言いたいところだが、貴方は間違ってます」
「何……?」
「犯人は使った電灯を返しにきたとき、これを落としました」
 阿近は左ポケットから小さな鍵を取り出し、驚きを隠せずにいる冬獅郎に見せた。
「俺は昨夜、犯人に電灯を渡しました。人を大きくする道具は無いかと聞かれたんで。誰に使うかは聞かなかったが、直ぐに分かりましたよ。ターゲットは貴方だとね」
 見覚えのある鍵を目の当たりにして、冬獅郎はわなわなと震えた。

 桃は理解した。執務室に入ってきた美男子を見て、拡大電灯の効果が現れたのだと。口元だけを緩ませた恐ろしい笑みを見て、冬獅郎を成長させたことがばれた上に、怒らせてしまったのだと。
「日番谷君、あの……」
 ガタンと椅子から立ち上がって謝罪の言葉を探す。
「……阿近が拾ってくれたらしいぞ」
 彼女に向かって、冬獅郎は阿近から受け取った鍵を投げた。
 恋人同士になったときに貰った、冬獅郎の部屋の合鍵。それを辛うじてキャッチし、桃は深く頭を下げた。
「ごっ、ごめんなさい! 怒らせるつもりは無かったの、……ただ、驚かせようと」
 冷や汗が流れ、上手く喋れなくなってくる。
「ひ、日番谷君、前から、身長のこと……気にしてたから、その、喜んでくれるかな……なんて、あははは――」
「ふうん」
「!」
 瞬歩で間近に来た冬獅郎に頬を撫でられ、思わず顔を上げる。
「……だったら、プレゼントとして有難く受け取るか」
 冬獅郎を見上げることの新鮮さと、穏やかな微笑に、心臓が跳ねた。
 不意に冬獅郎は、桃の背中に手を伸ばした。そのまま桃を自分に引き寄せて、そっと抱き締める。
 170センチ近く有る冬獅郎の身体は、桃をすっぽりと隠した。
「変な気分だ。お前が酷く小さく感じる」
「……そ、そうみたいだね」
 冬獅郎の肩口に顔を埋めて、桃は小さく笑った。
「何時になるかな。本当に、身長追い越されるの」
「その内直ぐに抜かしてやるよ」
「本当?」
 桃はそっと顔を上げた。彼女のことを、何時も以上に綺麗だと冬獅郎は思った。
 今まで見上げてばかりだったから、気付かなかったのだ。桃は思った以上に小さくて、可憐だということに。こんなにも、美しいということに。
「ああ、約束だ」
 約束を果たしたならば、今以上に強くなって、小さな桃を守り通してみせる。藍染が負わせた傷口が、開くことのないように。

 細長い桃の指に、唇をなぞられる。それに誘われて、冬獅郎は指先をちゅ、と吸った。そして、今度は唇に口付けようと、身体を屈めた。
 そのときだった。頭がぼうっとして、目の前がはっきり見て取れなくなった。
 そんな中、桃の顔が段々と遠退いていくのが分かった。まるで、桃の背丈が高くなっていくようだ。
「……日番谷君」
 実際は、冬獅郎の背丈が縮んでいた。つまり、元の姿に戻ったということだ。その証拠に、寝間着の大きさはぴったりだが、乱菊から借りた足袋はぶかぶかである。
「効果、切れちゃったのかな」
 霞む視界が鮮明になったとき、冬獅郎は苦笑いする桃を見た。
「仕方無いよね、試作品だって阿近さんが言ってたし」
「……え、は……?」
 未だ状況が理解出来ていない冬獅郎。彼と目線が合うように、桃は中腰になった。
「大きくなったら……そのときは日番谷君からしてよね。これも約束ね」
 桃の口調は、幼い少年の様におどけていた。
 益々状況が理解出来ない冬獅郎に桃が施したのは、掠める程度のキス。
 たった一瞬だったけれど、滅多に自分からキスしない桃が唐突に仕掛けてきたので、冬獅郎はぽかんとしてしまった。
「……ひな――」
「あーもう! そんなに見ないでよね! 恥ずかしいんだから!」
 桃は顔をふいっと逸らして、足速に部屋を出ていった。
「……」
 1人取り残されてしまった冬獅郎は、その場に立ち尽くすしかなかった。
 彼の頭の中には、去り際の桃の表情しかない。キスの所為か照れを含んでいたけれど、安心したような、ほっとしたような、そんな顔だった。

「隊長ったら、もう元に戻っちゃったの?」
 ソファの上で揚げ煎餅を頬張りながら、乱菊は尋ねた。
 此処、十番隊執務室に逃げ込んできた桃は、こくりと頷いて答えた。
「突然でしたよ」
「残念ねー、格好良かったのに」
 揚げ煎餅を飲み込んで、溜息を吐く乱菊。
「えっと……何だっけ、スモールライト?」
「あはは。何言ってるんですか、拡大電灯です」
「そうそう、それ。阿近にまた作ってもらえば?」
「……それは、止めときます」
 桃は苦笑して答えた。
「私の所為ですけど、日番谷君が急に大人っぽくなっちゃったから、焦ってしまって……。私だけ変にどきどきして、それが悔しかったんです」
「……へーえ?」
 乱菊はにやついた顔で桃を見上げた。
「隊長にされるがままだと思ってたけど、そうでもないのかしら? 寧ろ積極的に向かってくタイプ?」
「えっ、いや、……でも、日番谷君が元に戻って、ほっとしました。日番谷君が小さい内は、少しでも余裕を見せときたいから」
「ふーん?」
「もう、乱菊さん! そういう目で見ないで下さいよ!」
 真っ赤な顔で叫ぶ桃をからかいながら、乱菊は心の中で冬獅郎に忠告した。雛森を甘く見てると、その内組み敷かれちゃいますよ、と。
 直後、何処からともなく、くしゃみが聞こえた気がした。




End




後書


1周年記念作品でした。内容は女攻にハマり出した頃に思い付きました。
冬獅郎に翻弄されっぱなしな桃も可愛いですが、冬獅郎を振り回したいとか思ってる桃も良いんじゃないかと。

成長した冬獅郎は168pです。今の身長(133p)プラス35p……冬獅郎の足の長さがどれ位か分かりませんが、明らかに爪先立ちになっても達しない身長ですよね。タイトルのセンス無さ過ぎだろ私!
何で168pにしたのかというと、冬獅郎と同じく身長の伸び悩みを気にしているリョーちん(WJが誇る名作・SDのキャラです)が、168pだからです(単純)。リョーちん大好きなんです。

所々に某国民的SF漫画の登場アイテムを書いてしまいました。悪乗りし過ぎですよね、すみません(汗)冬獅郎を成長させる道具が思い付かなかったんです。

意味不明な部分が多いですが今更書き直す気にはなれません(最低)。
ここまで読んで下さり、有難うございますm(__)m


あきゅろす。
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