第7話
 桃は重い足取りで、1人病室に戻っていた。さっきの乱菊の言葉が、ずっと引っ掛かっている。

「恋ってね、気が付いたら始まってるのよ」

 桃は、自分の唇に、そっと触れてみた。
 冬獅郎とキスをしたのは、嫌ではなかった。むしろ、ドキドキした位だ。何時も身近に在った冬獅郎の銀の髪、翡翠の瞳、今迄の何気ない優しさを、今更意識してしまい、心臓の音が聞こえそうだ。
 たった1回のキスで、冬獅郎のことで頭が一杯になってしまうなんて思ってもみなかった。
「……っ、う」
 突然身体に力が入らなくなり、眩暈がした。

「……もり……雛森!」
 名前を呼ばれた桃は、はっとして目を覚ました。
 心配そうに自分を見ている、冬獅郎。
 廊下に横たわっている、自分の身体。
「……私、どうしたんだろ」
「今迄寝たきりだったからな。急に動いた所為で、身体がもたなくて倒れたんだろ。……ホラ」
 冬獅郎は、しゃがんだまま桃に背を向けた。
「……日番谷君?」
「乗れよ、早く」
「えっ? だ、駄目だよ、私、重いし――」
「いいから!」
「うわあっ」
 遠慮している桃に痺れを切らしたのか、冬獅郎は桃の腕を無理矢理引っ張り、背中に乗せた。
 桃は何だか恥ずかしくなって、うう、と唸った。
 冬獅郎はそれに反応して、眉間の皺を深くした。
「背負われるのが嫌だったら、勝手に部屋を出てった自分を恨むんだな。全く、心配させやがって……」
「なっ……誰の所為だと思ってるの!?」
「……どういう意味だ?」
「あ、そうじゃなくて……背負われるの、嫌じゃないよ」
「は?」
「は、恥ずかしかった……だけだもん」
 冬獅郎は目を丸くしたが、やがて桃に優しく微笑んだ。
「お前……可愛いこと言うな」
「へっ!?」
 どくり。自分の鼓動が、やけに大きく聞こえた。桃は心臓が吹っ飛びそうになるのを、何とか抑えた。
「か……か、かわ、いい……? 可愛い?」
 かなり混乱している桃を見て、冬獅郎はくすくす笑った。その滅多に見せない優しい笑顔が、桃の鼓動を速める。

「恋ってね、気が付いたら始まってるのよ」

 桃は、乱菊の言った事が、分かったような気がした。
 きっと、冬獅郎の存在が近過ぎて大切過ぎて、気持ちに気付いていなかったのだ。ずっと、自分と冬獅郎の関係は、『兄妹』だと思っていたのだ。

 桃は冬獅郎の首に、腕を回した。
「……雛森?」
「ねえ、好き。……大好きだよ」
 キスをして、あんなにもドキドキしたのは、『可愛い』と言われて、こんなにも嬉しいのは、恋をしたからだ。『弟』でもない、『兄』でもない、『男』の日番谷冬獅郎に。


あきゅろす。
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