第6話
 うっすら開けた目を、明るい日差しが刺激する。
「……何時の間に寝てたのかな」
 眩しい光を避けようとして寝返りを打つと、椅子に座って寝ている冬獅郎を見つけた。
「日番谷君。……あれ、何? これ……」
 冬獅郎の足元には、何故か救急箱が置いてあり、それを取ろうとして、桃は手を伸ばす。
 だが、桃の動きはぴたりと止まる。
「……包帯……?」
 伸ばした手には、丁寧に包帯が巻かれていた。
 桃はまさか、と思い、救急箱を空ける。
 他の湿布薬や消毒液は綺麗に揃って入っているのに、包帯と鋏は、それらの上に適当に置かれている。
 桃は昨日、自分で両手に傷を付けたことを、思い出した。冬獅郎の優しい言葉に涙が止まらず、泣き疲れて眠ってしまった事も。
「この包帯……日番谷君が巻いてくれたんだ……」
 冬獅郎の寝顔を見て、愛しさが込み上げてきた。
「有難う、心配してくれて……」
 桃は、熟睡している冬獅郎に礼を言った。無意識の内に、彼の柔らかな銀髪に指を通す。

「……ふふ、可愛い寝顔だなぁ」
 長くてくるんとした睫毛。筋の通った鼻。小さな薄紅色の唇。まるで少女の様な綺麗な寝顔に、桃は思わず見惚れてしまう。
 もっと近くで見たくなって、桃が顔を近付けた次の瞬間。
「……ん」
 冬獅郎の顔がかくっと前に傾き、桃の顔に覆い被さる。
「……うわ!」
 びっくりして目を瞑ると同時に、唇に柔らかい感触がした。それに驚いて、ゆっくりと目を開ける。
 桃と冬獅郎の唇が、重なっていた。

「……ふ、ふわああああっ!!」
 突然の出来事に落ち着いていられず、桃は冬獅郎を突き飛ばし、ガタンと椅子ごとひっくり返してしまった。
 当然、冬獅郎は後頭部に強い痛みを感じて、起き上がった。
「いっ、てえ……」 
 そして、目の前に居る、口をぱくぱくさせている少女を睨み付けた。
「……雛森、俺はそんなに寝相が悪かったのか?」
「え、あ……私がやったの……ごめんなさい」
「別に。おかげですっかり目が覚めたぜ。有難な」
 冬獅郎が皮肉たっぷりにそう言うと、桃は俯いた。
「だ、だ、だって……だって」
「……俺、何かしたのか?」
 心配そうに、冬獅郎は桃の顔を覗き込む。
 至近距離になり、桃は耳まで真っ赤にして、部屋を飛び出した。
「え……あ、おい! 雛森!」
 冬獅郎は慌てて桃を追い掛けた。
「あのバカ……まだ本調子じゃねーのに!」

 桃は一目散に廊下を駆けていった。
 ついさっきの光景が、頭の中でぐるぐると駆け巡る。冬獅郎はキスのことに全然気付いていなかった様だが、桃は心臓が爆発しそうだ。
「あら、雛森! あんた、走っても大丈夫なの?」
 聞き慣れた声に驚いて顔を上げれば、そこには乱菊が立っていた。
「乱菊さん……!」
 桃はぴたりと立ち止まり、息を整えた。お早うございますと朝の挨拶をしようと思ったが、乱菊に不思議そうに顔を見られて、狼狽えてしまった。
「え、ら……乱菊さん?」
「……顔、真っ赤よ。何かあった?」
「え……」
「話してみなさいよ。面白そうだし」
 乱菊はにやりと笑った。
「……」
 桃は黙って頷いた。

 2人で歩き始めると、乱菊は桃に尋ねた。
「何で、さっきから霊圧抑えてるの?」
「……日番谷君に、見つからないように……」
「隊長ってば、やっぱり雛森の所に居たのね! 昨日隊舎に戻ったら、居なくてさ! ……ねえ、見つかると困る事でも有るの?」
「日番谷君には、あんまり知って欲しくない事なので……」
 桃は再び顔を赤く染めて、先程の出来事について話し始めた。

 全てを聞いた乱菊は、またにやりと怪しげに笑った。
「……やるわねえ、雛森」
「ち、違いますよ! あれは、事故なんです!」
「そうやって動揺してるって事はさ、よっぽど隊長を意識してるのね」
「違いますってば……」
 桃は必死に否定しているが、その赤い顔に『意識してます』と書いてある。桃の様子を見て、乱菊はつい吹き出してしまった。
「な……何が可笑しいんですか?」
 桃が不機嫌そうな顔をしたので、乱菊は慌てて話を変える。
「ね、ねえ、雛森。知ってる?」
「……何をですか?」
 桃が首を傾げると、乱菊は微笑んで言った。

「……恋ってね、気が付いたら、始まってるのよ」


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