第13話
 昼間の、五番隊隊舎内。
「ちゃんと『食べるな』と書いておいたぞ! 字も読めないのか、貴様は!」
「食っちまったもんは仕方無えだろ!」
 一護とルキアが、睨み合い、怒鳴り合っていた。
 桃は、書類に判子を押しつけながら、黙ってそれを見ていた。
「返せ! 今すぐ、私の白玉餡蜜を返せ!」
「たかが白玉餡蜜で、何時までも文句言ってんじゃねーよ!」
「……『たかが』? ほざきおったな」
 ルキアは人差し指と中指を立て、一護に突き付けた。
「お、おい……まさかお前――」
「縛道の一・塞!」
「う、あ!」
 四肢の自由を奪われた一護は、どんと床に膝をついた。
「ふふふふふ……2度目だな、貴様にこれを使うのは」
「……てっめえ!」
「良い眺めだ。暫らくそのままで反省していろ」
 ルキアは憎たらしい笑みを浮かべ、瞬歩で執務室を後にした。
「おい、待てよルキア! 畜生、どうすんだよこれ……」
「黒崎君、それ、私が解いてあげるよ」
 桃は椅子から立ち上がり、一護に歩み寄った。
「本当か?」
「うん。じっとしててね………」
 桃は一護に手をかざし、小さな円を描いた。
 びくともしなかった手足が解放され、一護は脱力したのか、どさっと床に倒れ込んだ。
「だっ、大丈夫?」
「やっぱ隊長はすげーな。……有難な、雛森」
 一護は額を擦りながら、桃に苦笑いした。
「ううん。一桁だったから簡単に解けたの。ルキアちゃんの鬼道の能力はずば抜けてるから、四十番台以上を使われちゃうと、今みたいにはいかない」
「へー、あいつ結構強いんだな」
「自慢の部下だもの! ……ところで、どうして白玉餡蜜食べちゃったの?」
「うっ……」
 一護は顔を引きつらせた。
「何か理由が有ったんでしょ?」
「ああ。笑わないか?」
「うん」
 桃の真剣な目を見て安心したのか、一護はふ、と息を吐いた。
「……あいつに、構ってほしかったっつうか……あいつが副隊長になってからは、中々会えなくなったし。忙しいのは分かってるけどさ、俺ばっかりあいつを好きな気がして、悔しくて。……なんか情けねー、俺」
「……ううん。……だってそれ程黒崎君は、ルキアちゃんが好きなんでしょ?」
「……雛森」
「ちっとも情けなくないよ」
 桃は微笑んだ。頬を赤に染めている目の前の少年が、とても愛らしく思えたのだ。

「黒崎君。ルキアちゃんのこと、探してあげなよ」
「……でも、あいつ怒ってるし」
「きっと、黒崎君のこと、待ってるよ」
 その一言で、一護は照れ臭そうに笑い、襖を開けた。
「……行ってくる」
「うん。いってらっしゃい」
 風を切る音がして、一護の姿が消えた。

「……黒崎君も、『完璧』じゃないのね。……良かった」
 黒崎一護。始解も、卍解も、そして虚化も、信じられない速さで習得した少年だ。その実力は隊長格、或いは、それ以上。あの藍染惣右介を打ち倒したのは他の誰でもない、この少年だ。
 桃にとって、一護は憧れの存在。かつての藍染への思いより、ずっと強いものだ。
 だが、自分の力では追い付けないかもしれない、と不安だった。彼は『完璧』だ。自分の手は届かない、と。
 けれど一護だって、酷く悩んだり、自分を思い詰めたりする事を知った。何時も強い訳ではない事を知った。
「……まだ高校生だもんね」
 弱い部分が有って当たり前よね、と独り言を言い、椅子に座る。
「……私も負けてられないや!」
 1人の死神として。1人の隊長として。何時か、彼を追い越してみせる。冬獅郎に背を預けてもらえるまで――共に戦えるまで、諦めたりはしない。

「――あっ!」
 近付いてくる霊圧は、蒸し暑い執務室には心地好い。
 この、ひんやりした霊圧の持ち主は、桃の愛する、銀髪の天才児――冬獅郎だ。


あきゅろす。
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