第12話
「冬獅郎。スイカ食べるかい?」
「ああ」
 冬獅郎は小さく返事をした。
 祖母は、縁側で日向ぼっこをしている冬獅郎の隣に、等分されたスイカの乗った皿を置いた。
 そして、はあ、と溜息を吐く。
「桃は、未だ機嫌が直らないのかねえ」
「しょうがねー奴だな」
 冬獅郎は立ち上がり、屋根に向かって声を張り上げた。
「桃、降りてこい! 婆ちゃんがスイカ切ってくれたぞ!」
「……後で」
 屋根から、不貞腐れたような返事が聞こえた。
 冬獅郎と祖母は、同時に溜息を吐く。

 冬獅郎は屋根を登り、体育座りをしている少女の肩を軽く叩いた。
「おい。さっきから何拗ねてんだよ? 桃」
 仕事中なら「雛森」。「桃」と名前で呼んでいるのは、此処が祖母の家だからだ。
 今日2人は、偶々非番が重なった為、久し振りに潤林安へ来たのだ。
「いい加減に機嫌直せよ」
「……あーちゃんが謝ってくれたらね」
 桃は、何時もより低い声で、ボソリと呟いた。
 「あーちゃん」というのは、隣に住んでいるあゆ美のこと。桃の友達だ。
 桃の言葉からすると、どうやら2人は、喧嘩をしたらしい。冬獅郎は、呆れながら桃の背中を見つめる。
「どうせ詰まんねえ事で――」
「詰まらなくない!」
 桃は振り向き、冬獅郎を睨み付けた。直ぐに顔を俯かせてしまったが。
「……あーちゃんに、死神になってからも、ずっとシロちゃんと一緒に居るの? って聞かれたの。それで『うん』って言ったら……『あんな氷みたいな人と一緒に居ても、楽しくないでしょ』って、言われた」
 桃は涙声になりながらも、必死に言葉を紡いでいった。
「あーちゃんは、シロちゃんの事を昔から氷みたいだと思ってたんだって。てっちんも、他の子も、同じだって。頭にきたから、あーちゃんの顔打っちゃった」
「なっ! お前……」
「だって皆、何にも分かってない癖に、勝手な事言うんだもん!」
 桃は、冬獅郎の右腕を掴んだ。数日前に怪我を負った、右腕を。
「こんなに強くて優しい人が、どうして氷なの? どうして冷たい人だと思われてるのよ!? 本当に氷だったら、仲間を庇って怪我したりしない!」
「……もう良い。俺は別に……」
「よくな――、んっ」
 冬獅郎は桃の顔を上げさせ、噛み付くように口付けた。
「ん……シロ、ちゃん」
「俺がどういう奴かなんてのは、お前と婆ちゃんに分かってもらえれば、それで良い。早くスイカ、食べようぜ」
「……う、うん……」

「……懐かしいね、こうやってスイカ食べるの」
 桃はスイカを頬張りながら、ニッコリと笑った。先程の不機嫌な顔は、何処へやら。
「お互い、忙しいからな。お前が隊長になってからは、余計に」
 2人の思いが通じ合ってから、約半年後。今から数週間前の事だ。イヅルが三番隊、修兵が九番隊の新隊長となった。そして新五番隊隊長には、今、冬獅郎の隣でスイカを平らげている桃が任命された。


「藍染隊長には、絶対負けない」


 任命式の日、桃は真新しい羽織を着てそう言った。それを思い出して、冬獅郎は笑みを零す。
 ふと、桃が隣を見ると、そこには穏やかに笑う冬獅郎が居た。
 やっぱり、氷なんかじゃない、と桃は思った。本当の氷は、藍染だ。
 自分の手で、氷である藍染を溶かせなかったのは、悔やんでも悔やみきれない。だからせめて、これから藍染の様な者が現れないように、頑張ってみようと思うのだ。

「ね、シロちゃん」
「何だ?」
「私は隊長になったばかりで未熟だし、これから覚えなきゃいけない事も沢山ある。でもね」
 桃は一呼吸置き、真剣な眼差しで冬獅郎を見つめた。
「……戦う時は私も一緒だから。何が有っても味方だから」
「桃……」
「2人で敵を倒して……その後、頑張ったね、とか言いながらさ……スイカ食べたい」
「……そうだな」
 2人は照りつける太陽を見つめ、クスクスと笑った。


あきゅろす。
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