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RAPTORS

 消化不良。
 ここの食事も消化し難いが、黒鷹はこの環境自体に、消化不良を起こしている。
 ここに来て二日、もうすぐ夜半だろうか。慣れてもいい頃だが、これは慣れられる状況じゃない。
 寝ても覚めても真夜中。目は冴え冴えとしている。
「眠れませんか?」
 阿鹿の声を聞いて、無意味にごろごろとうち続けていた寝返りを止めた。
「阿鹿、何でもいいから光ちょーだい」
「残念ながら、私も欲しいくらいです」
 精神攻撃かと疑いたくなるような、闇。
 光が恋しい。
「俺達は夜目が利かないって事ぐらい、解ってもらえねぇのかなぁ?」
「囚人に光の差し入れなんて珍しいですね」
「黙ってろ」
 だがそこは黒鷹のしつけ係、黙れと言われて黙る様な阿鹿ではない。
「眠れない理由はそれだけですか?」
「――」
「隼が心配で?」
「心配じゃねぇワケ無いだろ。お前は心配してないのか?」
「いえ――ただ、不思議で」
「何が?」
「昔から思っていたのですが…何故彼にそこまで肩入れするのか…」
「悪いか?」
「いくら側近と言えど、家臣の一人でしょう。確かに歳は近い、しかし何故彼が王子の側近なのか、そこから不思議で…」
 平民だが幼くして王城に出入りしていた。歳も歳だが、あの容姿で。
「阿鹿」
「はい」
「てめぇの目もフシ穴だな」
 鶸と同じらしい。
「俺とアイツの仲くらい、世話役なら知っておけ」
「…は」
「隼は俺が六つの時から側近だった。確かに異常な幼さだよな。でも、側近ってのは肩書だけだよ」
「肩書だけ…ですか」
「お前が城で仕える前の事だから知らないだろうけど、隼の“側近”は母上が命じた…いや、司祭に頼んだんだ。一度俺と隼を会わせてくれ、ってな。その前から母上は隼と会っていたらしい」
 黒鷹は、目を伏せる。
「兄上が死んだのは、その前の年だ。隼と同じ二歳上だった…」
「――!」
「分かるだろ?母上が何故俺に隼を会わせたか…」
「…兄弟として…?」
「いんや」
 黒鷹は、首を緩く横に降って微笑した。
「マブダチ、だな」
 親友。最高の。
「俺は隼が兄上の代わりだなんて思いたくない。肉親は肉親だ。それを抜きにしても、俺は兄上が好きだった――」
 それ故に、失ったものは大きかった。
 母が連れて来た“一人の他人”を見て、思った。
――おなじだ――
 それは多分、己が隠していた心の底の孤独。
 あの時、独りは、二人になった。
「俺と隼の仲は、お前なんかには斬れない」
「それは――」
「この間の厭味」
「…まだ言いますか」
「一生使ってやるから覚悟しろ」
 くっくと笑って、黒鷹は立ち上がった。
「王子――?」
 阿鹿が怪訝そうな顔をする。
「いつまでもこのままって訳にはいかねぇし…」
 すらりと、服の中から長い物を出す。
「俺って、結構短気なんだよな」
 柄を握り、抜く。
 闇が闇を吸い、更に黒い。
「新月…」
 阿鹿が刀の名を呼ぶ。
「一体、今までどこに…?」
「服の中は案外、見つかりにくいモンだ」
 新月――この宝刀は、己より硬い物でなければ何でも斬れる。
 その代わり、使い手にかなりの腕が要求される。
 ゆっくりと構え、そして――
――がつん!!
 鉄柵の一本が切れた。だが。
「王子…!」
「んあ?」
「足音が――!」
 ぱたぱたと、複数の人間が近付いて来る。
「げっ!!」
 黒鷹は刀を鞘に戻そうとした。が、ビクともしない。
 柵と柵の間に、刀がはさまっているらしい。
「〜〜やっべぇ!!」
 引けど押せど、刀は動かない。
 足音は間近に迫る。
「王子ぃ!!」
 悲鳴と化した阿鹿の叫びと共に。
 抜けた。
 着いた。
 反動で後方に転がった黒鷹を、多数の驚愕の目が目撃する。
「いってぇ…」
 やっと、刀を鞘に戻したのだが。
「刀だ!」
「そんな馬鹿な…!武器は全て取らせた筈だぞ!」
 そうやって、ようやく黒鷹は一歩遅かったと気付く。
 本末転倒、である。
「あ、え〜と…」
 彼は決まり悪そうに、言い訳を考えた。
「ちょっと体鈍ってさぁ…。素振りしてたんだよ。ほらぁ、こんなモンで脱出出来る訳ねぇだろぉ?」
「…バレバレですよ、王子…」
「ん、何がぁ?」
 あくまでばっくれる黒鷹。
「だあって、その柵って鉄だろぉ?刀で鉄が切れるワケ…」
「切れてます」
「………」
 一人の男が指差した箇所を、他の者も見遣る。
「まぁ、良い…」
 その中でもリーダー格らしい男が、黒鷹に視線を投げた。
「総帥からの命で、貴殿をここからお出ししますが――」
「えっマジで!?出してくれるの!?」
「武器を使われる事があれば、敵と見なします」
「はーい」
 鍵の音がして、柵は開かれた。
「阿鹿は?」
 出て来ながら、黒鷹は訊く。
「お二人とも、賓客として王宮にお連れします」
 ほころんだその顔は、すぐに元に戻った。
「隼は、どこに…?」
「隼?」
 男は振り返る。
「そのような者は、存じませぬが」
「――」
「それにしても」
 黒鷹は顔を上げる。男の穏やかな笑みが見えた。
「地の王子とお聞きしましたが、普通の子供と変わりませんな」
「何だそりゃ」
「失礼、総帥には子供が無いので…」
「総帥…今の王、か?」
「ええ、その様なものです。世継ぎが居ないので、皆、気にかけているのですが…」
「もう歳いってんだ」
「ええ、まぁ…。養子でも取って下さればいいのですが」
 ガス灯の光が眩しい。
 闇から出ると、想像以上に栄えた根の街があった。




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