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RAPTORS

 赤い髪の子供。
 凶事の兆候。始末せねば不幸を呼ぶもの。
 知る筈もない母親に抱かれている。
 嗚咽が聞こえた――否、そう感じた。
 夢だ。
 泣いているのは誰なのか。
 全てが霞んでいる。
 ふいに、抱かれていた手から別の手に奪われ、そして――
 一瞬、泣いていた人の顔が見えた。
 その顔は、何故か姶良だった。
 その場所に、
 温かかった腕に戻ろうとして、
 縷紅は目を覚ました。
 すでに光が射している。早朝だろう。
 ゆるゆると現実に戻る頭で、先刻の夢を思い出す。
 あの後、本当なら殺されていた。
 隼の事が気になって、身支度をして天幕を出た。
 自分の実の母親は本当に泣いていたのだろうか。
 だとしたら、少しは救われる気がする。
 隼の場合、光欄はどうだったのだろう。
 今でこそ、冷めた態度でお互い接してはいるが。
 光欄とて好きで隼を地に置いたのではない。別れたくはなかった筈だ。
 何だろう、胸騒ぎがする。
 胸の辺りを手で押さえる――こんな事で落ち着きはしないのだが。
 隼の居る天幕の前に立つ。
 息を一つ。
 開けようとして、手を止めた。
「冗談じゃねぇよ!!」
 怒鳴り声――隼のものだ。
 目覚めている事には安堵したが、本気で声を荒立てている事には驚いた。
 思わず、そのまま聞き耳を立てる。
「根の撤退だけでも悪い冗談なのに、俺まで連れて行くだと!?寝言もいい加減にしろ…そこまで墜ちた人間だったとは…」
「まだ裏切った訳ではない。それにお前はここに居ても命を削るだけ。連れ帰るのは親として当然の選択だ」
 もう一方の声は、光欄。
 どうやら嫌な予感は的中したらしく、話は全く穏便に進んではいない。
「はっ…どうせ今から裏切るんだろう?都合のいい事ばかり抜かしやがって…。そんな奴の元に居る気は無い。例え苦しむ事になろうと」
「…自ら命を捨てる気か」
「アンタ自身が捨てたじゃねぇか?一度は見捨て、二度目は殺そうとした」
 光欄が言葉を失う。
 たまらなくなって、縷紅は中に入ろうとした――が。
 強く腕を掴まれる。
 見ると、旦毘がそこに居て、首を横に降った。
 静観しろと言うのだ。
「そこまで…地にこだわるか。否、私の元に居れぬという事だな…確かに私は酷い親だ…」
「勘違いするな。俺はあんたを親と思ってない。残るのは、この戦を見届ける為…それだけの理由だ」
「私の事など、元より無関係…か」
 寂しそうに、光燗は言った。
 隼は何も答えなかった。
 ややあって、きっぱりとした声で隼が言った。
「…今度こそ、絶縁だ。次会う事があるなら…敵同士かも知れない」
 長い沈黙。
 光欄の心情を思うと、縷紅は居たたまれない。
 そして、母親として、最後に、彼女は口を開いた。
「お前が無事で居られるよう…根から努力する。…どうか、生きていてくれ…」
「……」
 ばさりと、内から天幕の扉が開いた。
 そこに立っていた二人は、慌てて後ずさる。
 光欄は縷紅の姿を認めると、背を向けたまま言った。
「あの子を…頼む」
 しっかりとした声に変わりはなかった。しかし表情をついぞ見せる事なく、行ってしまった。
 当然追える筈も無く、立ち尽くして見送る二人。
 ――泣いていたのか。
 自分を捨てた時、未だ見た事の無い母は…。
 それで救われる者など、居ない。
 きっぱりと忘れてくれた方が、良かったのかも知れない――
「…何故、止めたんですか?」
 腕を掴んだままの旦毘に問う。
「あっ…悪い、つい…」
 掴んでいだ自覚が無かったのだろう。慌てて手を放した。
「…いいんです」
 慌てぶりに微笑を向けて、もう一度目で問う。
「変わらねぇよ。俺らがしゃしゃり出ても。…何も」
 解っている。解ってはいた…が。
「残酷…ですね…」
 もう一度、光欄が去った方を見て呟いた。
「それだけ志が高いと言うか、石頭と言うか…。…よォ隼。気分はどうだ?」
 言いながら扉を開け、何事も無かったかの様に入っていく旦毘に、内心で縷紅は舌を巻いた。
 ちょっと自分には真似できない。
 だからこそ慕える兄貴分なのだが。
 自分も後に付いて入っていくと、予想通りにそっぽを向いた隼が居た。
「結構、顔色良いんじゃねぇの?ま、俺には見分けがつかねぇけど」
 旦毘一人で笑っている。
 …訂正、真似したくない。
「…この盗み聞き野郎が」
 ぼそりと隼が言った。予期できた言葉ではある。
「気付かれてたか」
「馬鹿にするな」
 これ以上なく、低い押さえた声。
「…気付いていても、あれ程激昂していたんですね?」
 隼は自分の本心を人に見せる事を嫌う。だから本気で怒鳴りつける事などあまり無い。第三者が居れば、尚更。
「言うべき事を言ったまでだ」
「にしてはえらく感情的だったな」
「うるせぇ。消えろ」
 今、蜂の巣をつついてもどうにもならない。
 旦毘を目で制して、縷紅は問う。
「本当に良いんですか?」
「……」
「言ってしまえば、貴方の命の保証は出来ない…。それでも、残りますか?」
「今更…無駄な事を」
「無駄?」
「死ぬ事は俺が一番よく解っている。だからアンタ達にどうこう言われる筋合いは無い」
「…そう、でしょうね…」
 それでも言わずには居られないのだ。
「…それとも…俺が邪魔か?」
「そんな事は…!」
「病人一人抱えても邪魔なだけだよな…」
「隼!」
「自分だけだと思ってんじゃねぇよ!!」
 突如、旦毘が怒鳴った。
 縷紅は勿論、それまでそっぽを向いていた隼も、驚いて旦毘を見る。
「この戦に出てる奴は、皆命懸けてんだよ!いつ死ぬか分からねぇ恐怖と皆戦ってんだ!お前だけじゃねぇ…病だろうが何だろうが関係無い!!」
 一気にまくし立ててから、旦毘ははっと我に返って、縷紅に目で詫びた。
 思わず縷紅は微笑んでしまう。
「…分かってるよ」
 ぽつりと、隼はそれだけ言って、再び目を逸らした。
「黒鷹を待っているんですか?」
 穏やかに縷紅は訊いた。
「隼は地の国は勿論…一番は黒鷹の為に動いているのでしょう?」
 いつか雨の中で言った事を思い出す。
「…約束、だからな…」
 小さく隼は言った。
「約束?」
「今度はちゃんと待ってなきゃいけねぇんだ。地で…アイツが帰るのを」
 二人で勝利を分かち合える様に。
 出立前夜に交わした約束。
「それも…生きてこそ、でしょう?」
「……」
「黒鷹に書簡を出しました。帰るのを早めましたが…それでもどのくらいかかるか分かりませんよ?」
「作戦変更か…」
「普通の戦い方に戻すだけです」
 隼は軽く溜息を吐く。
 歯車が狂い始めた――そんな気がして。
「…栄魅は根の“反総帥派”を名乗る連中に連れ去られた。前々から俺の事をツけていたが…始末しておくべきだった」
「悔いる事はありませんよ。光欄に伝えておきます。彼女が何とかしてくれるでしょう」
「奴が…か?」
「“反総帥派”ならば総帥自ら始末して頂かなくては」
「奴らの狙いは俺だ…!責任は俺にある!だから…」
 “俺が助けに行く”と、言えなかった。
 不可能だ――少なくとも、今の体では。
――無力だな…。
 自嘲する。
「大丈夫ですよ。何とかなります」
「…気休めか」
 言われて、縷紅は微苦笑する他は無い。
 無責任な言葉は、通じない。
「少し…休んだらどうです?」
 光欄の事もあり、あまり長く話しても疲れさせるだけだろう。
「…ああ…」
 吐く息と共に隼は頷いた。



「気にかかる事が多すぎますね」
 朝日の降り注ぐ中を歩きながら、旦毘に言った。
「追い詰められてんなぁ、アイツも。…ま、無理も無いけど」
「歯痒いでしょうね…。それにしても、気になるのは反総帥派です」
「ああ?」
「隼を狙う理由が解せません…。本当の狙いは栄魅ではなかったという事でしょうか…?」
「どうして?王家の娘なのに?」
「栄魅を奉じて反乱を起こすとは考えにくい…。それならば隼を付け狙う必要も無いし、“王制派”ではなく“反総帥派”を名乗っている、何より彼女にその気が無いでしょう」
「やっぱり隼目当てか…?総帥がそれで動揺するとでも?」
「そうでしょうか…。同じ手に二度掛かるとは思えませんが」
「焦ってんだろ、奴らも」
 ふと、縷紅は足を止めた。
「狙いは…総帥は元より、地にあったら?」
「…俺達に?」
「隼が、今の根と地に無くてはならない存在…もしそれを知っていたなら、狙わない手は無いでしょう。両国の鍵を握る事になる」
「…確かに…。でもどうして…」
「考えられる事は一つ。天との協力です」
「まさか…!?」
「天と反総帥派が結ばない可能性は低い…。むしろ協力した方が双方にとって利益になる」
「光燗はまだ発ってないよな?」
「ええ。行きましょう」
 天と根の挟撃――これだけは避けたい。
 総帥の軍が撤退する事で、これを防げるのなら、不幸中の幸いだろう。
 二人は撤退直前の光欄に、自国の完全統治を願い出た。
 その日のうちに、根の軍は祖国へと戻った。





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