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RAPTORS

 気付くと、布団の中で手首に紐が巻き付けてあった。
 部屋は見覚えがある。まだ東軍に居た頃に使っていた自室だ。
「お望み通りだ」
 脇に朋蔓が座っていた。
「本当は峰打ちなんかしなくても倒れそうだったけどな、お前」
「…そうでしょうか」
「どうせ休まずに歩き続けたんだろう?寝もせず食いもせず」
「――ええ。分かりましたか」
「だから嘘はついてないだろうと思ったんだよ」
 縷紅は気まずそうに微笑して、目を閉じた。
「…本当はずっと帰りたかったんですよ…」
「そうか」
「辛かった…」
「……」
「すみませんでした。謝って済む事じゃないとは解っているけど」
「謝る相手が違うだろう?」
 朋蔓が言った時、何者かが部屋に入ってきた音がした。
 それが誰であるかは、気配で分かった。
「董凱――」
 思わず上体だけで起き上がる。
 だが激しい眩暈に襲われて、それも長くは持たなかった。
 背を支えたのは、董凱の手。
「――らしくねぇじゃねぇか、将軍サマよ?」
 皮肉な笑みで、淡々と言う。
 この人はいつもそうだったと、縷紅は思い返す。
 東軍の頭――そして縷紅を育てた張本人が、この董凱だ。
「許しては、もらえませんね…」
「よく解ってるじゃねぇか」
「――別に許しを乞いに来たのではありません」
「地の使者だってな?」
「はい。民を解放し、我々は天に戦を仕掛けようと思っています」
「無茶だ…」
「それは十分承知の上。しかしあなた方東軍が加わって下されば、あるいは…」
「我々が加わっても同じ。無駄死にともなりかねん」
「ではこのまま見捨てると!?」
「王の書はあるのか?御璽は?」
「五年前の戦を御存知でしょう!?その時御璽は紛失しました…国と共に…」
「滅ぼしたのは、お前だろう?」
「――」
「まぁ、書が無い事には我々は動けぬがな」
 縷紅は唇を噛んで俯く。
「…だが董凱、五年前のあの戦の時もそうだったではないか」
 朋蔓が見兼ねて口を開いた。
「地は我々に使者を送る余裕も無く滅んだ。東軍が駆けつける暇も無く」
「使者も無くどうやって我々が動けたと言うんだ?」
「では悔いては無いのか?あの時の事を。みすみす地を滅ぼした事を」
「…それは…」
「あの時潰えたと思われた希望がまだ残っていたんだ。やり直す好機だと私は思うが。よもや東軍だけで天は倒れまい」
「お願いします。黒鷹の為に」
 縷紅も口を添える。
「…朋蔓は縷紅を信じるのか?」
「少なくとも、彼の言葉は信じ得る」
 今度は、縷紅に向いて言う。
「良いのか?信じても」
「地の王に誓って。神に見放されても、黒鷹は私を見放しません」
「――黒鷹、か」
 遠くを思うように、董凱は宙を仰いだ。
「幾つになったんだっけな」
「十五です」
 微笑して縷紅が答えた。
「最後に見たのは十三年前だ…早いものだな」
「会ってみませんか?」
「黒鷹に?」
「私は最後に貴方に会いに来たんですよ?戦が始まれば二度と会えないだろうと思って。…貴方も会えなくなる前に、あの子に会うべきです」
「決め付けられてもな」
 珍しく、小さく苦笑する。
「…俺に会いに来たか…」
「はい」
「軍はどうだった?」
 その短い問いかけが、まるで遊びに行って帰ってきた子供に訊くような口調だったから、縷紅は少々面喰った。
「どうしたんですか、突然」
「いや…なんでもない」
 照れたのか、董凱は背を向けて扉に向かった。
「ちょいと他の奴らと話してくる…地に行くかどうかを決めるのはその後だ」
「董凱」
 扉に手をかけた彼は、半分振り返った。
「なかなか好い所でしたよ、軍は。少しここに似ていて」
「似てんのか…」
「ええ。家族のように接してくれた人と、異分子扱いで妬む人が居たところなんか特に。でも貴方程の存在は居なかった…」
 ふん、と董凱は笑う。
「俺程の人間がそうそう居ると思ったか」
「私は井の中の蛙でしたからね。…空の高さが余りに身近だったんですよ」
 董凱は扉を開けた。そして出ざまに朋蔓へ言い残した。
「手、解いてやれ」
 董凱が去り、扉が閉まるのを見計らってから朋蔓が言った。
「何だかんだ言って、心配していたんだ、あの人は。それだけは分かってやって欲しい」
 縷紅は首を振る。
「悪いのは私の方です。口も利いて貰えないかと思っていた…」
 朋蔓は微笑して応え、縷紅の手首を縛っていた紐を解いた。
「…朋蔓、一つ聞いて欲しい事があります」
「何でも聞こう」
「私は急ぎ帰らなければならない。後の判断は董凱に任せて、明日にでも地に帰ろうと思うんです。…彼ならきっと来てくれると信じていますから」
「私も他の連中を納得させる為に努力しよう」
 “ありがとうございます”と礼を言って、縷紅は続けた。
「だから董凱に直接話せないので、彼に伝えて頂きたいんです。…私が東軍を抜けた経緯を」





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