RAPTORS
2
早朝、縷紅と隼、そして緑葉は、宿営地に戻っていた。
帰るなり旦毘にばったりと出会う。進軍の準備をしていた。
「ご苦労様です」
先に縷紅が声をかけた。
「え?どこ行ってたんだ?」
門から入ってきた一行を、きょとんと見る旦毘。
「ええ、少し私用で…」
「隼と一緒に?それと…」
旦毘は縷紅から隼に目を移し、隼から緑葉に目を移して言葉に詰まった。
「私の友人です。名は緑葉」
「ふーん。軍での知り合いか」
「ええ。我が軍に加わってもらえるとの事で、迎えに行っていたんですよ」
縷紅はそう説明して緑葉に笑んだ。
当の緑様は困惑した表情を浮かべている。
「天の軍はいいのか?」
旦毘は緑葉に訊いたが、答えたのは縷紅だった。
「私と同様、あちらの軍に愛想尽かしたんですよ」
「ほぉー?ま、仲良くやろうな」
まだ納得しかねている旦毘の横を通り、去ろうとしてふと足を止めた。
「戦力は足りていますよね?」
旦毘はすぐに頷く。
「ああ。どうした」
「少しの間、隼は戦場に出られませんから」
「おい、待てよ!?何だよそれ!?」
隼の怒鳴りとは裏腹に、旦毘はあっさりと了解した。
「ああ。そうだろうと思った」
歩き出すと、当然隼は噛み付く。
「何だよ!?何で俺が出れねぇんだ!?」
「貴方の無謀な行動の結果ですよ」
「無謀って…」
「旦毘がその傷を見過ごす訳無いでしょう?」
先刻の縷紅による刀傷。袖に血がしっかり付いている。
「このくらい何だって言うんだよ!?戦力外にされるような怪我じゃねぇし!」
「ケガはケガです。それに貴方には別の役目が」
「…役目?」
「緑葉の見張りです。旦毘にはああ言いましたが、一応捕虜ですからね」
「何であんな事言ったんだよ」
「…隼は緑葉に普通の捕虜として扱われて欲しいですか?」
「それは…」
「特別扱いですかねぇ。私としても改心したと信じたいし」
「…いいのか?そんな個人的感情で」
「……お願いしますよ」
縷紅は緑葉と隼に笑んで見せ、踵を返した。
「どうして…」
彼を見送ってから、緑葉が呟く。
「アンタの姉貴はそういう人だったんだよ」
隼は言った。遠い昔を思い出しながら。
「あのカタブツに規則曲げさせる程の存在だ。殺しちまった負い目みたいなもんだろ」
「…負い目…」
「俺もそんなとこだ。…中に入ろう」
言って、隼は天幕を潜る。緑葉もそれに従った。
「アイツの事、全部許したワケじゃねぇだろ?」
寝台に腰掛けながら、隼は問う。
「今は…分からない。何が正しいのか、誰を恨むべきなのか…」
緑葉は素直に胸中を言葉にした。
それに頷いて、隼は言った。
「時々…今でも思う。何故殺したのかって」
「それは…」
「助けられといて何だけどな…。あの時思ったんだ、俺が死んでそれで終わるなら、それも悪くないって…。俺が死んであの人が生き残るべきだったのかもな」
「…でも、死んだのは姉貴だ」
「ああ。憎いのは俺も同じだ。姶良を殺したものが」
「……」
隼は立ち、包帯を取った。
「俺も分かんねーんだよ、実は。何を恨めばいいのか」
緑葉に背を向けて、軽く笑う。自嘲するように。
「あんな出会い方しなければ、こんな考え起こさなくて済んだのにな…」
再び寝台に腰掛け、腕に包帯を巻き始める。
「…アンタの見た姉貴はどんな人だった?」
ふいに緑葉が訊いた。
「…誰よりも良くしてくれた。こんな俺を」
「――優しかったのか」
「ああ。見た目で虐げたりしなかった…理解してくれて」
あの頃、唯一そして初めて、信頼できた存在。
「いいな…そんな人だったのか」
「え?」
緑葉の言った言葉に驚き、思わず聞き返す。
「いや、姉貴が、そんな人だったんだな、と」
彼は恥じ入るように笑った。
「実は、あんまり知らねぇんだよ、姉貴の事。十才以上も歳違ってさ、俺が物心ついた時にはもう軍に行ってて。会うことなんて無かった」
追いかけるように自身も軍に入り、そこで初めて出会った。
それも、僅かな時間しか共有できなかったが。
「俺達、親が早く死んで施設で育ってさ…だから姉貴はあの歳で軍に行ったんだけど。…お前が俺の代わりだったのな。姉貴の“弟”」
「…そっか。そうだったんだな」
自分に緑葉を重ねていたから…
「でもアレは全部…嘘だった…」
「嘘?」
死ぬ前に言っていた。“全て調査の為”と。
「どうせ敵同士って事だよ、俺達は」
「…敵…か」
「もう終わらせたい。こんな事は」
その為の、戦。「敵」を無くす為の。
「姉貴はお前の事敵だとしか思ってなかった…そんな事無いと思うけどな」
「…いや…そんなの全部思い過ごしだった。そう思いたかっただけ。俺が」
「何で…」
「あの人を殺したのは、結局俺だから」
「――…」
包帯を元あった場所に戻し、隼は寝台に寝転ぶ。
「あーねみぃ…」
心底から呻いて、腕枕を組み頭を置く。
「監視するんだろ?寝てていいのか?」
「別に、お前が逃げたところで痛くも痒くもねぇよ。咎められる訳でもなし」
「…嘗められてる気がする」
「気のせいだって。お前もそこで寝ていいぞ。寝てねぇだろ?」
「悠長だな」
「どうせ戦場出して貰えねぇもん」
隼、拗ねる。
「…変なヤツ」
「んなっ!?」
緑葉の一言に、思わず飛び起きた隼。
「もう一回言ってみろ!?どこが変だって言うんだよ!?」
「そーゆートコ」
周りが濃ゆいお陰で本人に自覚が無い。
「ホントはすごいガキっぽいんだろ?何か冷静ぶってるけどさ」
「…ガキぃ?てめぇいい加減にしろよ」
「いいんじゃない?多分、姉貴はアンタのそういう所が可愛かったんだよ」
「…」
「お前が罪を負う事なんか、無いんじゃないかなぁ。それ誰も望んでないよ」
「…そんなんじゃなくて、事実だし」
「ふーん。おやすみ」
「…オイ」
さらっと大事な事を流されて、立場の無い隼。
緑葉は既に眠っていた。
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