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RAPTORS
13

 縷紅の天幕で、緑葉と二人、昼食を共にした。
「そう言えば、軍議はまだ続いている様ですね」
 緑葉がふと思い出して言う。
「ああ、だから誰も居ないんですね」
 はたと縷紅の顔を見る。
 知らなかったのか。
 だが、考えみれば無理も無い。
 皆が集まっているその裏で、彼は命を絶とうとしていたのだから。
 ここでこうやって話しているのが不思議なくらいだ。
「何だか夜中から続いている様ですよ?流石に朝方に休みを挟んだ様ですけど、話がまとまらないらしくて」
「体力ありますねぇ、皆さん」
 暢気に言っている場合か!
「貴方は加わらなくても?」
 緑葉の問いに、縷紅は苦く笑った。
「今頃私が出ていっても、水を差すだけです。誰も良く思わないでしょう」
 そして、溜息混じりに付け足す。
「まだ、罵倒を受けられる心の準備は出来ていないので」
「……」
 思い知る。
 どんなに平静を装っていても、傷はまだ、生々しい事を。
「やはり貴方はお強いですね」
「…はい?」
「俺ならそうはいかない。重圧に押し潰されてしまってる」
「…いえ…逃げたからですよ」
 申し訳なさそうな顔で言って、水の入った器を置く。
「耐えられなかった…。こんなに弱い自分を思い知ったのは初めてです」
 水鏡に映る自分。
 紅だけが、くっきりと。
「私は…こんな事をしていて良いのでしょうか…」
「勿論です」
「私の代わりに多くの命が逝った…」
「だからってお前の行為は許されない」
 声のした方――天幕の出入口に目をやれば、すっかり汚れを洗い落とした隼が居た。
 新しい衣に着替え、肌は白く透き通り、乱れていた髪は後ろで結われて風に遊んでいる。
 光を反射して眩しい程だ。
「何だよ…!?」
 あまりにも二人が見詰めてくるので隼はたじろいだ。
「いえ、キレイになったなーと思って」
「同じく。そう言えばこんなだったなーと思って」
 素直な感想をそれぞれ述べる。
「なんだお前ら…」
 呆れながら、つかつかと中に入り、二人の間に座る。
「後光が差してたものだから、つい見とれちゃいましたよ」
 笑いながら縷紅が言う。
「はぁ?」
 背に光を受けていた本人は、当然自覚が無い。
「この世の者じゃないモンが来たかと思ったよ。あぁ眩しかった」
「白いですからねぇ。余計に反射するんですよねぇ」
「…お前ら人を人として扱え」
 隼には迷惑この上ない。
「それで?頼みとは?」
 改めて縷紅が問う。
 一瞬の迷いも無く、隼は言った。
「俺が砲撃を止める。許可が欲しい」
 一息で、きっぱりと言い切った。
 縷紅は目を見開いて、隼を見詰めている。
「何故、砲撃の事を…」
 砲撃の事など、まだ何も告げていない筈だったが…
「てめぇで言ったじゃねぇか?覚えてないのか?今朝の事なのに」
「まさか…あの時起きて…!?」
「懺悔聞いてやったんだよ。有難く思え」
 思わず縷紅は額を押さえる。
「迂濶でした…眠っているとばかり…」
「ま、半分も意識は無かったけどな。言ってる事は聞こえた」
「何を喋りましたっけ私は…」
「教えてやっても良いけど?」
「…いえ…結構です…」
 どの道振り返りたくはない。
 だが、起きていたと言う事は…
「死にかけてる人間の前で、よくもあんな真似が出来るな?信じられん神経だ」
 毒舌の前に今度は頭を抱える。
「やはり…気付いていましたか…」
「体が動けば殴り倒していたものを。惜しい事をした」
「……」
 もう苦笑するしかない。
「まぁ、お陰でいいきっかけにはなった」
 その一言で、縷紅は抱えていた頭を離した。
「だから、今朝…」
「どこまで動けるか試したくてな。体が鈍るのも嫌だし」
 縷紅は首を横に振る。
「そんな…無茶な…!」
「無茶に荷担した奴の言えた台詞か」
 思わず言葉に詰まる縷紅。
 横で笑いを堪える緑葉。
「…まぁ、相手してくれて良かったけど」
 口ごもりながら本音を言う。
 意外ではあったし、何を考えているか疑いもしたが、素直に嬉しかった。
「しかし、それとこれとは別です。そんな危険な事を、貴方に任せる訳にはいかない」
「言うと思った」
「普段ならばともかく、今の貴方には…。戦場に出る事だって許す事は出来ない」
「許されなくても行く。俺が行こうと思えば」
 凛として隼が言った。
 縷紅はそんな彼を見やる。
「では何故許可を…?」
 勝手に、自由に動くのは隼と黒鷹の常套手段だ。
 許可を“頼み”に来るなど、本来の彼ならあり得ない。
「…本当の頼みは…これだ…」
 いくらか語気を弱くして彼は言い、懐から出したもの。
 差し出された白糸――否。
「これは…」
「黒鷹に渡して欲しい。もしもの時の為に」
 受け取れない。
 これを受け取ったら…
「地で待つと約束したが…守れるとは思えない。代わりにもならないが、せめてこれだけでも」
「…遺髪…とでも、言うのですか…!?」
「…頼む。アンタにしか託せない」
「そんな…」
 頭を振り、項垂れる。
「何故なんですか…」
 縷紅の態度を見て、差し出していた手を下ろし、代わりに肘を付いた右手に額を持たせかけた。
「見て、分かるだろう…。どうせ放っておいても死ぬ身だ」
 ただでさえ右側が見れない顔が、右手によって表情を窺う事を許さない。
「なら、無駄死には御免だ…。この国の勝利の為に死にたい」
「…隼」
「誰かが行かなきゃいけない事だろう?でもリスクは高い、なら…」
 ――言わないで欲しい。それ以上は。
「どの道、死しか待ってない俺が行けばいい。まだ未来のある他のヤツを行かすより、犠牲は少なく済む」
「……」
「それが俺の…最後の望みだ。いつかみたいに投げやりで言ってるんじゃない。俺だって生きて帰るつもりだ…それは解ってくれ。ただ、現実的にそれは難しいから…。頼む。受け取って欲しい」
 沈黙。
 俯いた縷紅が、どれだけ悩んでいるか。
 眉間に皺を寄せたまま、動かない。
 一方の隼は、揺るぎ無い目で縷紅を見つめている。
 その瞳の奥が、微かに揺れている。
 それは、恐怖か、後悔か、悲哀か――正体は掴めない。
 緑葉はそんな二人を見守る事しか出来ない。
 俯いたまま、縷紅が口を開いた。
「受け取らなくても…貴方は行ってしまうんでしょうね」
「ああ」
 短く答えた中に、確かな決意がある。
 それでも縷紅はまだ唇を噛み、しばらく悩んだ後で。
「…分かりました。預かりましょう」
 隼は無言のまま、それを渡した。
 縷紅も無言で受け取る。
 丁寧に、懐へ仕舞う。
 それを見届けて、隼は、ふっと重い荷を下ろした様な、安堵の表情を浮かべた。
「アンタにだけはずっと、絶対にする事は無いと思っていたが…感謝するよ」
「いいえ、私は何も…。感謝せねばならないのは私達の方です。貴方の決意に…。ただ、これは貴方の決意の表れとして受け取ります」
「それでいい。今は。…意味なら後から出来るだろうから」
「それは…」
「心配するな。ちゃんと帰ってくるよ。その後は、アンタが言う事も少しは聞く様にする」
「約束、ですよ」
 しかし、隼は緩く首を横に振った。
「もう“約束”は懲り懲りだ」
「……?」
「守れないから」
 少しだけ、責める視線を、
 寂しい笑みで、受け取った。




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