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RAPTORS

 近い筈なのにどこか遠い喧騒。
 すぐそばで皆が命懸けで戦う中、じっと動かない自分。
 戦況を見守っている。
 今はまだ五分、これが自分達に好転するとは思えない。
「見るだけ、ってのは辛ぇなぁ」
 頭上で旦毘が呟いた。
「…辛いなら貴方も行って下さい」
「そういう訳にはいかねぇだろ。お前が我慢してるんだから、俺も我慢してるわ」
 旦毘の言葉に少し笑って、そしてまた耐える。
「早めに引き上げましょう」
 負け戦ですから、と小さな声で付け加える。
「そ、早く帰ってお前を閉じ込めとかなきゃな」
「そんな事しなくても、しばらくは大人しくしてますよ」
「今にもあの中に混じっちまいそうだけどな」
「それはお互い様です」
 ただ、見つめるだけの戦。
 一度だけ、過去にも同じ事をしていた。
 東軍制圧の時だった。
 あの時は、戦わねばならぬ立場だった。だが、何も出来なかった。
 もしも、あの時戦に参加していたら。
 きっと、今は無かった。
「旦毘、もういいでしょう。引き上げましょう」
「え?でもまだ行けそうだけど」
「これ以上はお互い無駄な犠牲を出すだけです。十分敵の目は引き付けた…本陣に帰って待ち構えましょう」
「…分かった」
 旦毘は伝令の為に走り去った。
 それを見届けて。
「これが望みですか?」
 空に向かって、縷紅は話し掛けた。
 天幕の中に一人座している縷紅。
 その後ろから。
「いや、有難い。あのオニーサンに見つかったら怖いからなぁ」
「私も同じですよ?散々人を馬鹿にしといて」
「助けてやったんだろうがぁ。ヒドイ奴」
 すっ、とどこからともなく瑚梛が天幕の中に現れる。
「助けるくらいなら射たないで下さい。迷惑です」
「こっちの事情も察してくれよ。敵なんだから」
「それで?」
 盛大な文句とは裏腹に浮かんでいた笑みを消し。
「何か問題でも?」
「戦ゴッコが出来なくなりそうだ」
「遊んでいた覚えはありませんが」
「今までのは遊びも同然だ――赤斗が、来るぞ」
 瞬時に難しい表情に変わる。
「…王が首を突っ込みましたか…」
「何かとんでもない物騒なモンを試そうって噂だ。赤斗のヤロウも相変わらずお前の事を狙っている。気を付けろ」
「物騒なモノ…ですか…」
「お前ら、不利になるぞ。これからの戦いは苦しいものになる」
「…覚悟の上です」
「無駄に命落とす事は無ぇって言ってんだ」
 言われて、初めて縷紅は後ろの瑚梛に向き直った。
「降伏しろと?」
 正面から見据えられて、瑚梛は気まずそうに目を逸らす。
「死ぬ事は無ぇ…こんな事で」
「まだ決まってはいません。…私達は、生きます」
「お前が地と運命を共にする事は無い。…投降しろ。俺が助けてやる」
 意外な申し出に、思わず見据えていた目を逸らした。
「ふざけないで下さい…。私は…既に地と滅ぶより無い…」
 ふん、と後ろで鼻で笑う音がした。
「やっぱり死ぬと思ってんじゃねぇか」
「……!」
「こんな事で命落としてどうなる?他にすべき事があっただろう、俺達には」
「私はもう貴方達の元には戻れない。戻る気も無い」
「嘘だ。お前とてここで死にたくはないと思っている。投降しろ」
「甘言を弄して私を陥れるつもりですか…?」
「殺させはしない。匿ってやる。さぁ、来い」
 差し出された手。
 恐々、それを見て。
 手を取りたいと確かに考えた――
 が、一瞬後にはそんな自分が怖くなった。
「私達は、もう目指すものが違います、楜梛」
 静かだが、震える声で言って。
「消えて下さい――今、すぐに!!」
 悲痛な叫びとなった。
 天幕の向こうで、見張りの兵が近付いてくる。
「…出来るだけの準備はしました…もう戻りたくはない、負けたくはないから…。でも」
 兵が天幕を覗いた。
 既に瑚梛の姿は無い。
「これ以上、失いたくもないんです…」
 誰にも聞こえない呟きは、言いたかった相手にすら届かなかった。
 分かっている。無謀な戦いだと。
 それでも、ここに来て得た仲間を失いたくないから、ここまで戦ってきた。
 そして、失った人の為にも――
 実力差はよく分かっている。限りなく悲惨な敗北になる確率が高い事も。
 旦毘が戻ってきた。
 ただならぬ気配の天幕内に驚き、俯く縷紅に駆け寄る。
「何があった?」
 その声に、顔を上げ、ぎこちなく笑った。
「意地悪な事、言われました」
「……?」
「何があっても私は降伏なんかしない。それで、いいんですよね?」
「当然だろ。降伏なんてもっての他だ」
 力強い言葉に、やっと自然に微笑む。
「旦毘が味方で良かった」
 空を、見上げる。
 黒い雲が立ち込めていた。
「…降るな」
「ええ…早く戻りましょう」
 雨が強まると同時に、両軍は引いた。



 隼が林から出ると、探していたらしい数人の兵に瞬く間に捕まった。
 どうやら光爛の護衛兵らしい。
 抗う理由も無いので大人しく付いて行くと、案の定光爛の前に引っ張り出された。
 天幕に入ると同時に、雨粒が天井の布を叩き始める。
 これが激しくなれば戦場は大変だな、と何とはなしに思った。
「どこに行っていた」
 高圧的な光爛の声が問う。
「別に?どこに行こうと勝手だろ」
「戦中に勝手な行動は許されん」
「分かってるけど」
 高座から見下ろす光爛の視線を避ける様に、隼の視線は上に向いたり横を見たりと定まらない。
「況してやお前は戦後の国を治める役割がある。何としても死なす訳にはいかない」
「誰もそんな事やるとは言ってねぇけどな」
 軽く溜め息を吐いて隼は言った。
「死ぬ気は無い…だがここは戦場だ。いつ誰が死んだっておかしくない。そんな事より勝つ為に何をすべきか考えた方がいいんじゃねぇのか?」
「無論、だ。だがその後の事の為の戦でもある」
「俺は勝つ為に戦うだけだ。アンタの命令があろうと無かろうと」
「勝手な行動は許さん」
「なら処罰でもすればいいだろ。ただ、俺の主はアンタじゃない。黒鷹だ」
「お前はもう黒鷹に従う者ではない。根の国の主なのだから」
「そんなモン俺が決める」
 言いながら光爛に背を向ける。
――地を、裏切らないと?――
 先刻の、男の言葉が頭を過る。
「とにかく二度と勝手な行動はするな」
 去ろうとする背を追い掛けてかけられた言葉に、隼は睨めつける目を返した。
「アンタの命令なんか聞けるかよ」
 裏切るなら、俺が奴を斬るまでの事。
 そう結論付けて天幕を出た。
「何で嫌なの?」
 出るなり横から唐突に訊かれる。
 栄魅が聞き耳を立てていたらしい。
「なっ…お前、緑葉は!?」
「お相手ならその辺の見張り番に任せた。話題無くってさぁ」
「てめ…」
 客人の持て成しだと思い込ませているのは隼自身だ。文句は言えない。
「ねぇ、何で根の統治が嫌なの?」
 繰り返し栄魅が問う。
「別に。言いなりになるの嫌だし」
「なーんだ、反抗期かぁ」
「馬鹿言え、そんなんじゃねぇ」
 平然と否定されるが、栄魅には却って可笑しくなる。
 笑いを堪えながら隼を覗き込む。
「ワガママに一国を巻き込んでいいの?」
 隼は盛大な溜め息と共に覗き込んできた顔を見やる。
 雨が一段強くなった。
 栄魅を促して近くの天幕に入る。
「俺がやらなくていいだろ…やるべきじゃないんじゃないか?」
「どうして?」
「根の人間じゃないから」
「……」
「根の国の統治は根の人間がしなきゃ同盟の意味が無い。そうでなければそれは支配だ…」
 隼は自分の顔にある刺青をそっと触った。
「俺は地の人間として生きてきた…これからもだ。流れる血は根の物だけど…それ以外は全て、地の民のつもりだ」
「でもそれは、民が判断する事じゃない?根の民が貴方を認めるなら、それで上手く行く筈よ」
 栄魅の言葉に、隼は緩く首を振った。
「俺自身が認めない。そんな事――それに」
 言葉を切って、天を仰ぎ、微かな笑みを浮かべる。
「俺なんかに国を治める力があるとは思えない」
「そうかな…」
「だって俺、根に入ったらぶっ倒れるもん」
 わざとおどけた口調で言う。
「あ、そっか…。でも、王宮に居れば…」
「引き込もりかぁ?そんな政治アテになんねぇよ」
「…黒鷹と同類ね、やっぱり」
 禁じられていても、民の中に混じり、そこからやるべき事を見い出す。
「俺、アイツのやり方しか知らねぇから」
「そう…でしょうね…」
「ま、全部そこまで生きていられればの話だがな」
 栄魅は驚いた顔で隼を見る。
「それは、そうだけど…」
 隼は苦い笑いを作って言う。
「縷紅見てっと、勝てるか不安になるぞ。アイツたまに本気で難しく考え込んでる顔しやがる…負け戦を何とか勝たそうとしてるみたいだ」
「そうなの…?」
 分かんねーけど、と隼は肩を竦めた。
「でも勝てる確証のある戦なんかじゃねぇし、天の力は強大だってのも分かってる。それに…」
 言いかけて、口を閉じる。
「何?」
 一瞬の沈黙の間も、さして顔色を変えず、隼は体の向きを変えた。
「何でもない。緑葉の所へ戻ろう。付き合わせてる兵が気の毒だ」
「あ、そう言えば」
 再び雨の降る中へ出る。
「止みそうにねぇな」
 小走りに天幕の間を進みながら、天を見上げる。
 微かに鋼の匂いがする。
 文明と戦争の匂い。
 根の民の体を蝕む毒。
――俺は、この毒に…
 時間が無い。
 微かな予感が胸に蟠る。
 黒く、目だけを光らせる、毒蛇の様に。




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