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RAPTORS

 言うなれば、偽者の自分を本物に変えてしまった人物。
 否、理屈は抜きだろう。
 親友は親友。それ以上は無く、それ以下ではない。
 例えそれが戦場でも、一緒に居て当然だった。
 だから。
 だからあんなにも、失うのが怖かったのだろう。
 十年前のあの時、自分は「失いかけた自分」を取り戻した。
 そして彼は、「自分以外の存在」を再び手に入れた。
 もう決して、手放したくなかった。
 根・天・地、その上から降る光が、黒鷹を照らす。
 その光で、眠りから覚めた。
 この森での、二度目の朝。
 先ず、隣に目をやる。
 その時、隼がふっと目を開いた。
 数日振りに合わせた視線。
 声にならなかった。
 驚きと、歓喜のせいで。
 やっと、その名を呼ぼうと息を吸った時。
「アホかっ!!天国までのこのこ付いて来てんじゃねぇ!!!」
 先制パンチを喰らった黒鷹。
「そ、そこまで馬鹿じゃねぇよ!!勝手に俺をあの世の住人にすんな!!」
 慌てて反撃開始。
「自覚無ぇのか?カワイソーな奴」
「それはお前の方だっつーの!!ここはあの世じゃなくて、この世!!」
 どっちが“あの”で、どっちが“この”なのか。
「ここは根の城の裏庭!お前の養生の為に来てやったんだよ!!」
「嘘付け…」
 言いながら立ち上がって、偵察しようとしたが、ぐらりと揺れて。
 前のめりに倒れて水しぶきが上がる。
 黒鷹が仰向けにして起こすと、分かりにくいが顔色真っ青。
「…血が足んねぇ…」
「そりゃそうだろ。何も食ってない上に吐きまくってんだから。…天国でまで貧血になるとは思わなかったろ?」
「お前が無駄に叫ばせるから…」
「自分で勝手に騒いでんじゃんよ。寝起きっから」
 「分かったから」と、弱々しく片手を挙げ、
「ここが本当に根の城だって言うんなら、医者呼んで来い…」
「うっわ、めっずらし!医者嫌いが」
「うるせーんだよ!!早くしろ!!」
「また無駄に体力使ってるし…」
 浪費とはこの事だ。
 しかし、本当にぐったりとしている隼を見て、黒鷹はそれ以上のツッコミを飲み込んだ。
「病人の自覚あるんあら、大人しくしとけよっ!」
 と、あまり意味の無い捨て台詞を残して、足取りも軽く城の中へと入っていった。


「…ホントに根の城だったんだな…」
 いつかも来た事のある、根の城の診療室。
 隼は寝台の上。
「まだ疑ってたのかよお前。寝てなくて大丈夫なのか?」
 隼の隣に、椅子に座って彼の顔を覗き込む黒鷹が居る。
「そんなの俺の勝手だろ。こんなに寝てたら飽きたっつーの」
「大丈夫ですよ」
 横から、いつぞや世話になった医師が告げた。
「貧血以外の症状は見られませんから。後遺症なども見られません。」
「そっか、良かったなぁ隼」
 素直に“うん”とは言わず、
「ま、死ぬよりはマシだろうな」
「何だよソレ。もうちょっと素直に喜べよぉ!」
「別にどうでも…。それより、他の奴は?お前一人で来た訳じゃねぇんだろ?」
「あ、旦毘が快気祝いに酒盛りやろうって言うから、皆でその準備」
「旦毘って?」
「縷紅のダチ。ずーっとお前背負ってくれてたんだぞ」
「ふうん…。まぁた暢気なヤロウが増えたもんだな。酒盛りなんざ」
「オイオイ…」
 隼は一つ息をついて、天井を見つめる。
「本当に根と同盟組んだんだな」
「違うよ。光爛が統一しようって言ってくれたんだ。まだ俺は返事してないけど」
「…アイツを殺さなかったのか…!?殺さずにこんなに馴れ合ってるって言うのか!?」
 黒鷹は隼の目を見て笑う。
「大成功だろ?あとはお前次第だ」
「…どういう事だ?」
 隼の問いには答えずに、黒鷹は部屋の扉に向かって言った。
「入ってくれよ、光爛」
「え…」
 小さく声を漏らした隼をよそに、扉は開いた。
 予想を裏切らず、そこに現れたのは光爛だった。
 思わず、隼は左手で剣を探る。
 その手首を、黒鷹が握った。
「大丈夫だから」
 笑いかける黒鷹に、隼は不安そうに首を横に振った。
 光爛は、隼を挟み黒鷹と向き合う形で座った。
「…大丈夫か?」
 彼女は隼に話しかけた。しかし、隼は答えず光爛を見ている。
「私の話を聞いてくれるか?」
 それでも隼の態度は変わらない。
「…俺はな、お前が地に来た理由を聞いてから統合を決めようと思う。あと、お前の意見も聞きたくて」
「何故…」
「ゆくゆくはお前が国を治める事になるから」
「はぁ!?冗談言ってんじゃ…」
「それは後の話。聞きたくないのか?地に来た理由」
「…捨てたんじゃねぇのか」
 黒鷹の方を向いて訊いたが、光欄への問い。
「…違う。奪われたのだ。国王側の者共に」
「奪われた…?」
「あの頃私は度々叛乱を起こしていてな。王を倒し、新しい国を作ることに必死だった…。この城まであと一歩と迫った時、国王側にお前を人質に取られたのだ。叛乱を止めねば殺す、と――」
 彼女はゆっくりと首を振った。
「私事の為に、仲間を裏切れなかった…。城を攻め落とし、国王を殺した。私は子の命より国を選んだ。城に攻め入ればお前を助けられると思ったが…見つからなかった。手遅れだったのだ。お陰で夫と娘は私から離れた。確かに母親失格だ」
「…でも、俺は殺されてない」
「奴らに赤子を手にかけることなど出来なかったのだろう。地の者に殺させようとした…それで、お前は地に…」
「――」
「死んだと…私が殺したと思っていた。あの時、国を選んだ時から、私は間違っていたのかも知れない。…あれだけ悔いた筈なのに、今また二の舞をするところだった。黒鷹には感謝している。私を正気に戻してくれた」
「俺は…別に何も…。でも嬉しいよ、光爛がそう言ってくれて。な、隼?」
 彼は答える代わりに、真っ直ぐに光爛を見つめた。




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