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RAPTORS

 そうして目の前に広がった世界に、彼等は言葉を失った。
 動く事を忘れる程、美しい景観。
 清らかな空気と、静寂、そして生命の息吹に満ちた空間。
 穏やかな緑色の光が降ってくる。
 光及の森――空気の源泉。根と地を繋ぐ大木の森。
 地上の光が降りてくる、根の国唯一の場所。
「すんげぇ…」
 やっと、旦毘がそれだけを言った。
 幹と見まごう程の木の根が、複雑に入り組んでいる。
 あちこちに虹がかかり、緑の光と混ざって、この世の景色とは思えない。
「行こう」
 黒鷹が言って、やっと彼らは動き始めた。
 全体が浅い湖となっている。その水は限りなく透明だ。
 湖底となっている木の根を踏み締めながら、彼等は中に入ってゆく。
 水はひんやりとして、心地良い。
「これ、どこまで続いてんだ?」
 どこまでも続く光景を見遣り、旦毘が訊いた。
「さあ?深すぎて誰も知らないんじゃない?世界の果てまで、とは言われているけど」
 そう栄魅は答え、続けた。
「さ、あまり奥に入ると出られなくなるわ。この辺でいいんじゃない?」
 旦毘は隼を手頃な木の根にもたせ掛けて、自身も水上の根に腰を下ろす。
 にやりと、意味深に笑う。黒鷹に向けて。
「いーもん見せて貰ったな」
「えぇ?」
 隼の様子を窺っていた彼は、旦毘に言われた事が分からない。
「いい殺気だったぜ?なぁ?」
 旦毘は今来た道の方へ問い掛ける。
 そこに、光爛がいた。
「…あれは、殺気ではあるまい」
 低く、静かに彼女は言う。
「殺気では私は引かぬ」
「じゃあ何だったんだよ?」
「ちょっと待って…何の話?」
 張本人である黒鷹が怪訝な顔をする。
「何って…さっきの事に決まってんだろ」
「だから何の事だよ?」
「…覚えてないんでしょうね」
 縷紅が苦笑してまとめた。
「思わぬ二重人格です」
「危ねぇ奴…」
「だから何が!!?って、何でフツーに光爛が混じってるんだよ!?」
「悪いか?」
「不自然だろうが!さっきまで敵だったのに!」
「“さっき”までは、だ。…そなたにこの行為を咎める権利は無い筈だが?」
「行為って…」
 光爛は黒鷹、そして隼の元に歩み、屈む。
 彼女の手が、息子の顔をそっと撫でた。
「…そなたのせいだ、黒鷹」
「何が…」
「親の情を思い出してしまった。私にもかつてはあったのだよ、そんな物が」
 顔を起こし、黒鷹を見る。
「もう私は地を敵に出来ない。この子を憎めないから」
 そして、栄魅に向かって告げた。
「こうなった上は、私に国は統治できない。…王族にこの国を返そうと思う」
 言われた栄魅は首を横に振った。
「今更王権だけ返されても困るわ。それじゃ父の死はまるで無駄じゃない。私が欲しかったのは王権じゃなくて貴女の首。…だけどそう言うのなら、貴女が国を統治する事で責任を取ってよ。それが筋ってものじゃなくて?」
「…成程な」
 納得したように頷く。
「ならば…黒鷹、この国と新たな国を興す気は無いか?」
「それって…同盟ってこと?」
 嬉しそうに黒鷹が訊く。
「いや?同盟の事ではない」
「なんだ」
 大仰に肩を落とせば。
「そう落胆するな。私が言っているのは、根と地の統一だ」
「統一…!?」
「根は私が責任を持って統治する。だが事実上は根と地を一つの国としたい。王はそなたとして」
「…ほんと?」
 ぽかんとしている黒鷹。
「悪い話ではありませんよ。これで天とも互角になるでしょうし」
 縷紅が言う。
「いや…それは分かるし、そう決めて貰えたなら嬉しいけど…」
「早く返答をしてほしい。私の気が変わらぬうちに」
「それなら私も賛成するわ。あとは黒鷹次第」
 栄魅に言われても、彼は首を縦に振らない。
「何を迷っているんです?」
 横から縷紅が問うと、彼は答えた。
「隼が目ぇ覚めるまで決めたくない。コイツが納得しなきゃ、民も納得できないと思うんだ。それに…」
 少し考え、そして真っ直ぐに光爛を見る。
「理由が知りたい。隼が地に居る本当の理由が。何も考えずに子供捨てるような人間とは、仲間にはなれない」
「…分かった。返答はしばらく後という事か」
「俺としては賛成なんだけど、個人で決める事でもないだろ?」
 光爛は頷く。
「それが私とそなたの違いなのだろうな。やはりそなたは王に相応しい」
「そりゃぁ…どうもアリガト」
 返答に窮した彼は、素直に礼を言った。
 ふっと笑って光爛は踵を返す。
「では、この事を皆に告げねばならぬ。客人方も城内で休まれよ」
「なぁ、光爛」
「――何だ?」
「アンタの世継ぎは、やっぱりコイツなのか?」
 訊かれて、微笑する。
「…そうなる事を願う」
「なら、やっぱりコイツの意見聞かなきゃな」
 言って、にっと笑う黒鷹。つられて笑う光爛。
 そしてまた彼女は歩き出し、城の中へ消えた。
「大したものね」
  光爛が遠ざかってから、栄魅が言った。
「光爛のこと?」
「アンタよ。あんなに凍ってた光爛の心を溶かしちゃってさ。どんな手を使ったか知らないけど…私のまで」
「…いいのか?復讐は…」
「アンタに負けた。悔しいけど」
 さっぱりと言って、彼女も歩き出す。
「実家探索でもしてくるわ」
 そして栄魅もその場から去った。
「大したモノ…ねぇ」
 意味深な笑みで旦毘が呟く。
「お前らも城の中で休んだら?光爛がもてなしてくれるみたいだし」
 黒鷹が残った二人に勧める。
「あなたは?」
「俺はここに居る。隼が目ぇ覚ますまで」
 縷紅の問いに、彼は迷うことなく答えた。
「なら私達もここに居ますよ。一人で待っても退屈でしょう?」
「あ、それはそうかも。でもいいよ、付き合わせちゃ悪いし」
「いいや?こっちもあんさんに話があってねぇ」
「…話?」
 黒鷹は勿論、縷紅も不思議そうな顔をする。
「話って…何の?戦の事とか?」
「いーや、王さんのコト」
「王位の事?それとも…」
「…まさか、旦毘」
 ふと思い当たって、縷紅が旦毘に目で問う。
「朋蔓に話しておくように言われた。…戦も近い。教えておいて損は無いだろ」
「しかし…」
「何、ナニ!?何の事だよ〜!?」
 自分の事なのに蚊帳の外というのも悲しい。
「ん。じゃあ単刀直入に言うけど」
 騒ぐ黒鷹に応えて旦毘が口を開く。
「お前、自分が養子だって知ってる?」
「・・・・はっ?」
「知らないのな、やっぱ」
 淡々と旦毘が言う。一方黒鷹は頭真っ白。
「黒鷹、落ち着いて聞いて下さい」
「あの…既に落ち着いてられねぇんすけど…」
 順番を間違えたようだ。
「まぁ、混乱する気持ちは分かるけどよ」
「なんだよ!?冗談!?」
「事実だよ。俺よく知ってるし」
「じゃぁ本当の親は誰だって言うんだよ!?」
「しっかし、こんなギャーギャーうるせぇ奴に育つとは思わなかったなぁ」
「でも、まぁ、あの人の子供ですし」
「無視すんなっ!!あの人って誰!?」
「…知りたい?」
「…と、当然だろ」
 すぐには口を割らない旦毘。
 緊張感の高まる黒鷹。
「教えなぁ〜い!」
 鈍い音が響いたのは言うまでもない。
「私から言います。旦毘は黙ってて下さい」
「あ、ひでぇ。弟弟子のくせに」
 無視。
「貴方は元々東軍の人です。まぁ、東軍で育ったのは一歳にも満たない程短い間でしたが。東軍と天の軍が戦になりそうだったので、安全な地の国に養子として保護されたんですよ」
「…それで…?」
「貴方の父は、私の師――そして東軍の長である、董凱という人です」
「そう…だったんだ……って信じられねえよ!!嘘だろ!?じゃ、じゃあさ、俺は王位継げないんじゃ…!?」
「この事を知ってるのは極一部の人間だけですからね。それに養子ですから、貴方は正式に王位を継ぐ権利がありますよ」
「なんだ…」
「まっ、家業がイヤならそれを盾にしてもいいし。何より事実を知ってからホンモノのパパに会って頂こうと思ったワケ」
「会えるのか…どんな人だろ…」
「ま、あんまり期待するなよ?風格とか無い人だから」
「旦毘、そういう事言うと董凱にチクリますよ?」
「んあ!?裏切り者〜!!」
「なあっ、じゃあさ、俺って似てる?」
「あ?ああ、背丈とか…」
「それはチクってあげます。ええ、ま、似てますよね?女の子の割には?」
「あっ、ひっでぇな背は気にして…あ゙」
「…なんでそんな間抜けな気付き方なんだよ?」
「だってホントに気にしてんだもん。…ってさ、やっぱり知ってて…」
「捜すのに苦労しましたよ。お陰で」
 にっこりと縷紅は笑う。
「女の子と聞いていたのに、五年前捕虜になったのは王子ですもんね。別人かと思ってましたよ」
「よっぽどじゃじゃ馬だったんだな。何で男に仕立て上げたのか、教えて欲しい所だけどなぁ〜。興味本位で」
「…兄上の代わりだった」
 嫌な顔をしながらも答える。
「兄上が死んで王位継承者が居なくて、そこを天に付け狙われない為の代わりだったんだ。十一年間、ずっと」
「隼達にはそれを?」
「気付いたら言おうと思ってた。…けど、マジなのか気ぃ遣ってんのか、ずーっと男扱いで容赦しねぇのコイツ…」
 語尾は怒り混じり。
「…多分、後者だと思いますよ…」
「いや、マジだと思う…」
 真実やいかに。



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