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RAPTORS

 北帰島で鶸と別れ、一行は根に入った。
 当然警備は厳しい。島でも兵がうろついていたが、根の入り口では入国者のチェックが行われていた。
 馬上の一行に兵の目が向く。
「俺らは単なるフツーの武器商人。疑われる事なんざ無ぇよ」
 隼を抱えて馬に乗っている旦毘が答えた。
「コイツは俺の弟でね。長旅で疲れてっから、早く休ませてぇんだけど、通してくんねぇかなぁ?」
 兵もまさかお尋ね者がわざわざ敵地に戻ってくるとは思っていなかったらしい。あっさりと道は開いた。
「ありがとよ」
 言って、旦毘は馬を駆けさせた。
 それに二頭と三人が続く。
 目的地は一つ。根の城だ。
 城までの距離はそう遠くはない。
 数時間で長く高い城壁が見えてきた。
「こっちは城の西側ね。近くに西門がある筈よ」
 栄魅が先頭に立つ。
 門を潜り、庭を抜けた。
「ここは使用人の使う扉。ここからなら多分、気付かれない」
「しかし、妙ですね」
 城の中に入りながら縷紅が言った。
「人の気配が無さ過ぎる…不自然な程に」
「確かに…」
 扉の前で自然と止まった仲間達を気にも止めず、黒鷹は進んだ。
「早いとこ行こうぜ。バレてるとしても進むのみだ」
「危険よ――罠かもしれない。全滅したらどうするのよ!?」
 危惧する栄魅の両脇が、すっと動いた。
「黒鷹が行くと言うなら私もそれに従うのみです」
「そーそー。王サマは守るって言っちゃったし?」
 縷紅と旦毘が黒鷹の後を追う。
「もーーーっ!!男って単細胞ね!!」
 とか何とか言いつつも、栄魅もその後を追った。

 城内に入って一時間ほど。
「そこを曲がれば到着よ」
 栄魅が声に安堵を交えつつ言った。
 何事も無く、無事に「光及の森」に着きそうだ。
「…しかし、拍子抜けだな。警戒してるのに全然何にも無ぇ」
 旦毘がからりと笑う。
「森に着けば姿をくらます事はできるわ。帰りが問題だけど」
「いいんだよ。隼が助かれば…」
 黒鷹が廊下を曲がった。
 彼はそこで足を止めた。
 その先に、兵の壁があったのだ。潜るべき扉の前に。
「ついに来やがったな。待ちに待ったモンが」
 旦毘が槍を取る。
「…どうします?」
 縷紅が黒鷹に目を遣った。
「戦うしかねぇかな。時間の無駄だけど…」
 彼も武器を手に取る。そして立ちはだかる兵に告げた。
「単なる見張りならそこ、どけた方がいいぜ。俺らはそこを通らなきゃなんねぇ」
「――みすみす通すとお思いか?」
 ふいに兵の一人が言った――否。
「光爛…!?」
「久しいな、黒鷹。まだ生きておるようだな」
「アンタが止めをさしてくれなかったお陰で。…そこを通して欲しい。用件は既にお察しのようだから」
 兵と同じ鎧を身に付けた光爛は、にやりと笑う。
「まだくだらぬ事であがいておるようだな」
「…どういう事だ…?」
「分からぬか?そなた国が欲しいのだろう?」
「ああ…取り戻したい」
「ちょっと待てよ!てめぇはそれがくだらねぇって言うのか!?」
 旦毘が食って掛かる。
「無礼だな。発言する時は名ぐらい名乗れ」
「敵に名乗る名は無い」
「――っと、待てよ旦毘。光爛、非礼を詫びる。彼らは東軍のお二方だ」
「…どういうつもりだ?急に態度変えやがって」
 小声で旦毘が訊く。
「まだ敵ではないという事です」
 隣に居た縷紅が答えた。こちらも旦毘に聞こえる程度の小声だ。
「どうやら、この状況下でまだ黒鷹は同盟を考えているようですね…」
「無理だろう…!?」
「いえ?」
 チラリと縷光は旦毘の上――隼に目をやった。
「頼みの綱が、まだ」
 彼ら二人の前で、黒鷹と光爛のやりとりは続いている。
「それで――彼女は…」
 黒鷹は後ろに居た栄魅を紹介しようとしたが。
「私の顔を忘れたの?光爛」
 栄魅は黒鷹の言葉を遮った。
 光爛は思い出すように目を細める。
「――見覚えがあるな。先王にそっくりだ…」
「殺した者の顔を忘れる程、落ちてはいないようね」
「先王の娘か?」
「いかにも、根の王栄撞が娘栄魅。十三年前アンタが国外追放してくれたお陰で私はここに戻って来れた…復讐を果たす為に」
 言いながら歩み出て、黒鷹と並ぶ。
「…まだ止めておけ、栄魅」
 黒鷹が静止の言葉を囁く。
「言った筈よ。この件であなたの指図は受けない」
 からん、と短刀の鞘が床に落ちて硬質な音を発てた。
 同時に兵も刀を抜く。
「――栄魅」
 旦毘からも静止の声がかかる。だが届かない。
「私はアンタを殺す――」
「出来るものならやってみるがよい。ただし周りの状況をよく見てからな」
「えっ――」
 驚いて声を出したのは、黒鷹の方だった。
 いつの間にか背後にまで兵が居る。
 完全に囲まれ、逃げ道は無い。
「お前、俺らがここに来ると分かって――」
「当然だ。ソレを見れば分かる」
 光爛が顎で示した。
「お前、これが誰だか分かって言ってんのか…!?」
「見間違えるとでも?」
「…なら、ここを通して欲しい。俺達が駄目なら、隼だけでも」
「笑わせるな。何の為に我々がここに居ると思っている?そなたらを捕らえ、地を我々の物とする為だ。勘違いするな」
「自分の子供より、そんな欲望の方が大切か!?」
「欲望?我が国の為だ。子より大事で当たり前だろう。増してや、敵国に加担し我らに刃向かう子など、我が子とは思えぬ」
「…お前…このままじゃ隼は死ぬんだぞ…!?正気で言ってんのか…!?」
「そなたこそ正気か?国を放っておいて一家臣に命を賭けるなど、仮にも王として失格ではないのか?」
「失格ならそれでいい。俺は王に相応しいなんて毛頭思っちゃいねぇ。でも例え一人でも命を救える民が居るなら、救うのが俺の務めだ。それが出来ないなら、国なんか建てられねぇ」
「愚かだな。一人を救う代わりに国が倒れる事もある。上に立つ者は全体のみを見ればよいのだ。民の一人など消えても差し支えあるものではない。国の駒の一つに過ぎん」
「…どうやら、理解はし合えねぇようだな。なら訊くけど、アンタ自身の感情はどこにあるんだ?」
「不要だろう、感情など」
「捨てれるモンじゃねぇだろ。アンタ自身は隼助けてぇって思ってんだろ!!」
 黒鷹の叫びを、光爛は鼻で笑った。
「いいや?全く思っておらぬ」
「……!?」
「かの者はこの国を害する裏切り者でしかない。ならば排除するのが筋」
「ほら言ったでしょ黒鷹!?この女に希望を持つ事が間違っていたのよ!?」
 栄魅が隣で怒鳴ったが、黒鷹は愕然としていた。
「お前…それ、本気で言ってるのか…!?」
「本気だ。甘かったな、黒鷹」
 後ろの二人も武器を取る。
「強行突破しか無ぇらしいな」
「隼の呼吸も弱くなってきている――急ぎましょう!」
「――」
「黒鷹!!」
 呆然としている彼に縷紅が叫んだ。
 それを好機と見て、根の兵達がどっと動き出す。
 戦場となった廊下。
 黒鷹はその中で一人動かなかった。
「しっかりしてよ―-もう!」
 戦いながら栄魅が呼びかける。
 その時、一人の兵は黒鷹に斬りかかった。
 だが、刃は届かず、兵の体はその場に倒れた。
 その向こう、黒鷹の手元に、赤に染まった月があった。
「…そこを通せ。邪魔した奴から、殺す」
 低い声、据わった目。
 それは仲間達の知る黒鷹ではない。
 鋭い爪を現し、殺気を纏う捕食者。
 戦慄が、走る。
 周りの兵がじりじりと後ずさりし始めた。
 しかし光爛は兵を責めなかった。彼女自身、このただならぬ気に圧倒されていた。
 ゆっくりと黒鷹は前に進む。
 光爛に近付いていく。
「…引け」
 ぽつりと、彼女は言った。
 黒鷹を数歩前にして、表情を変えず。
 兵達は一瞬、動きあぐねた。
「引けと言っているのだ。各自持ち場に戻れ!」
 光爛が叫んだ。悲鳴に近かった。
 蜘蛛の子を散らすように、兵達は数秒と待たず消えた。
「――光爛…?」
 彼女にそうさせた張本人が、我に返った顔で呟く。
「通るが良い」
 短く言って、光爛は扉の前から横に逸れた。
 彼は後ろの仲間を振り返って頷き、その扉を開けた。




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あきゅろす。
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