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RAPTORS

 天幕に着き、一行はその中に入った。
 隼を寝台に下ろし、その周りを囲む。
「なぁ、変だと思わねぇか?地に入ってもう二日経つのに、全然目ぇ覚めねぇの…」
 黒鷹が深刻な顔をして茘枝に言った。
「それどころか、喀血も続いているし、熱も下がらない。天に居た時より症状が悪化している気がするのだが…」
 朋蔓が付け加えた。
「どういう事…?根の時はそんなに酷くなかったのに…」
 茘枝も戸惑って言う。
 それを聞いていた栄魅が口を開いた。
「それだけ天の空気が悪しき物だって事よ」
「軍事大国ですからね…天は…」
 縷紅が呟く。
「それに、忘れたの?地の空気も決して清浄ではないのよ。今の彼は完全に清浄な空気じゃいと生きられない」
「…じゃあ、このままだと…」
「――命を落とすかもしれないわ」
「嘘だろ…」
 愕然とする黒鷹の横で、鶸が椅子を蹴った。
「死ぬなんて言ってんじゃねえよ!!こんな事で死ぬ程コイツは弱かねぇ!簡単にそんな事言うな!」
「私だって――!!」
「落ち着け、鶸。栄魅は事実を教えてくれたんだ」
 横から黒鷹が鶸の服を掴んで押さえた。
「…事実だと…!?」
「ああ。現実逃避しても仕方ないだろ。…隼は、助けなきゃいけない」
「そりゃ、そうだけど…」
「私だって…助けたいの、彼を。悔しいのよ…こんな事態になるのを止められなくて。だから…」
 栄魅が言いかけた心情を吐露すると、黒鷹も頷く。
「俺も同じだ。こうなったのは俺に責任がある。だから、何とかしないと」
「でも、どうするんだよ!?清浄な空気なんざ、今どの国にも無いだろ!?」
「栄魅…心当たり無いか?今でも空気がきれいな所」
「…そんな事言っても…私も長く根を離れているから現状を知らないし…」
「どこかある筈だ…。でないと、隼が…」
 言って、はっと黒鷹は気付いた。
「根の王宮…!あそこなら…!」
「そうよ!!」
 栄魅も黒鷹の言葉に手を叩いた。
「根の王宮の敷地内に、光及(こうきゅう)の森というのがあるわ。そこは空気の源泉と聞いた事がある…王宮の空気が清浄なのはその為よ。そこに行けば…!」
「空気の源泉か…!さっすが栄魅!」
 黒鷹と鶸は、大喜びで互いに手を叩いた。
 感心して朋蔓は問う。
「やけに根の事に詳しいな。増してや、王宮の内部の事まで」
 栄魅は得意そうに微笑んで答える。
「だって、私の家ですもの!」
「そりゃそーだ、栄魅は本当なら根のお姫様だもんな」
 安泰な雰囲気に包まれる中、栄魅はふと重要な事に気付いた。
「…ただ…」
「え?何?」
「その森は王宮の裏庭みたいな物で、王宮の中を通らないと行けないんだけど…。隼とあの女はケンカしたって聞いたわ」
「…ケンカどころじゃねぇよ…」
 苦々しい顔に戻った黒鷹。
「へぇ?根に行ったんだ?」
 旦毘は興味津々といった顔で訊いてきた。
 そこで黒鷹は、栄魅が根を追放された理由と、同盟を結ぶ為隼と二人で根に行った話をした。
「…複雑やねぇ…」
 以上、説明を聞いた旦毘の感想。
「なら、どうするのだ?」
 朋蔓が訊いた。
「行くっきゃねぇだろ。それしか隼の助かる道が無いなら。…自分の子供が死にそうだってのに、わざわざ邪魔する馬鹿はいねぇだろ」
 黒鷹は確信を持って言い切った。
「ならば我々も手を貸そう。旦毘を連れて行くといい。私はこちらを守ろう」
「俺の半身だもんな。任せときな」
「私も行かせて頂けませんか」
 旦毘に次いで名乗りを上げたのは縷紅。
「いいけど…怪我は大丈夫なのか?」
「ええ。隼にはいろいろ迷惑をかけてますからね、せめてこのくらいお役に立てればと思いまして」
「いやー、迷惑かけてんのは隼の方だと思うんだけどなー。ま、来てくれるなら心強いや」
 この台詞も本人が聞いていたら、激怒する事間違いなし。
「私も行くわ。王宮の中に詳しい人間が必要でしょ?」
 縷紅が承諾された事を受けて、栄魅も手を挙げた。
 しかし、黒鷹の態度は曖昧だ。
「…そうだけど…。復讐するのか?光爛に」
「そのつもりよ。願っても無い機会じゃない?」
「待ってくれないか?せめて隼と光爛がもう一度ちゃんと話すまで。今はあんなだけど、血の繋がった肉親だ。俺は二人の仲を取り戻したい」
 黒鷹の願いは、溜め息に掻き消された。
「この件であなたの指図は受けないわ。それに、無理だと思う。最近まで赤の他人で、今は敵。甘いのよ、黒鷹。光爛は体温を持った人間じゃないわ。隼だって、あの女の子供だし――」
「隼は冷たい奴じゃない」
 栄魅の言葉を遮って、黒鷹はきっぱりと言った。
「俺はずっとコイツの横に居るんだ。自分で言ってる程、本当は冷血じゃないんだよ。…だから、光爛も、多分」
「でも私の親を殺したのよ!?黙って見過ごせないわ!」
「…俺は、復讐は認めない。俺だって、この戦が父上の復讐になるかもしれない。でも、俺はそんな事の為に戦っているんじゃない。――今生きている、民のみんなの為に戦いたいんだ」
「…悔しくないの?憎くないの…殺した相手が…」
 彼は首をゆっくり横に振った。
「憎い。殺したい気持ちは分かる。でも、今すべき事はそれじゃねぇんだよ。復讐して誰かを殺したって、誰も救われはしない。…自分も」
「…」
「――隼にもこう言って説得すれば良かったのかなぁ…。そしたら今頃こんな…」
 しかし、それでも変わらなかったとも思う。
 隼が自分の意見を素直に聞いてはくれない事は重々分かっている。それに憎しみも人並みではない。
 それは、黒鷹が一番よく知っている。
「…分かった。一応、隼と一緒に仇は討つ」
 黒鷹は「ありがとう」を言う代わりに頷いた。
「じゃ、根強行軍は旦毘と縷紅と栄魅と俺で決まりな」
「ちょぉっと待ったぁぁぁ!!」
 出し抜けにハモッた二人の声。
 黒鷹は旧知の二人の顔をしばし見て、
「ちょ・っ・と、はい待ったよ〜。行こー!」
 子供がよくやるテを使って、すたすたと歩き始めた。
「阿呆か!!お前が行くなら{俺・私}も連れて行け!!」
 二本の左手が黒鷹の両肩をがっしと掴む。
 凄まじい力で捕らえられて、仕方なく黒鷹は振り向く。
「そんな大人数だと隠密行動できねーじゃん。こっちの守りだって手薄になるし」
「だからアンタは行かなくていいでしょ」
「て言うか、行くな」
「でもさぁ」
 一度言葉を切って、理由を探す。
「隼が目ェ覚めた時に俺が居なかったら悲しむだろぉ?」
「…その台詞本人に言ったらなんて言うでしょうね」
 茘枝、脅迫の笑み。
「ま、いいじゃん。王サマは俺らが守るからさ」
 旦毘が軽く言う。
「やだぁぁ!!俺これじゃあ完全にお留守番キャラじゃん!!」
 鶸の駄々が復活。
「そうでもねぇよ、鶸」
「え?」
 鶸の目に希望の光が宿る。
「北帰島だ。羅沙達を呼んで来い。俺が帰ったら戦だ」
「――そうか、北帰島な。分かった」
 意外と素直に鶸が頷く。そこまでお留守番が嫌らしい。
 そして、もう一方は。
「茘枝には最後に天に行ってほしい。向こうが動き出したらすぐに地に知らせられるように」
「…そこまでして根に行きたいわけ?」
 黒鷹は当然と言わんばかりに首をタテに振った。
「…いいわ。好きにしなさい。地はちゃんと守るから」
「ありがとう」
 茘枝に微笑んで、周囲に告げた。
「明日出発しよう。今日はゆっくり休んでくれ」
「俺らは床でな」
 鶸が付け加えた言葉に、黒鷹は苦々しく笑った。




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