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RAPTORS

 がつん、と音をたてて、剣と剣は離れた。
「――生きてたのね」
 驚愕から一変、嘲笑を浮かべて姶良が言った。
「私が殺されかけた事をご存知のようですね」
 静かに頷いて、縷紅が言った。
「透錐は私の同僚よ。あなたを暗殺するとは聞いていたけど、今ここにあなたが居るって事は――失敗したのね」
「ええ。残念ながら、彼は亡くなりました。自らに刃を向けて」
「…そう。残念ね」
 言葉とは裏腹に顔色一つ変えず、彼女は続ける。
「あなたもかなりの深手だった様ね。しかも治りきってないんじゃない?無理してここまで来たって顔色ね」
 縷紅は少しやつれた顔で微笑する。
「やはり貴女には何も隠せない」
「それで私と戦う気?いくらあなたでも、それじゃ勝ち目が無いわ?」
「勝てるとは思いません。ただ、負ける気もありません。――目的は決着を着ける事、それだけです」
「そんな事でいいの?この子達を助けるんじゃなくて?」
 言いながら黒鷹達を一瞥する。
「無論です。例え貴女が勝ったとしても――彼らに手は出させない」
 四人が居る牢の外、通路から、二人の男が現れた。
 一人は黒鷹も知っている。数日前に地で別れた朋蔓だ。
 もう一人は若く、縷紅と同じくらいの歳と見え、肩の辺りまである茶髪を結っている。手には槍。
 その彼に向かって、縷紅は姶良を見据えたまま言った。
「旦毘(たんび)、二人を外へ」
「あいよ」
 場にそぐわぬ気楽な返事をして、彼は牢の中に入った。
 そうはさせまいと、当然姶良は彼に斬りかかろうとしたが、縷紅の剣により止められる。
「今、剣を向けるのは私だけで十分でしょう」
「…決着を着けに来たと言ったわね」
 縷紅は頷く。姶良は不敵に笑う。
「いいでしょう。もう生半可はナシ…ね」
 旦毘は黒鷹の横で隼を背負った。
「アンタも東軍の人?」
 黒鷹も立ち上がりつつ、彼に訊いた。
「ああ。俺は朋蔓の甥で、縷紅の兄弟子。東軍生まれの東軍育ち、生粋の東軍人間で」
「分かった分かった…」
 くどい説明に、訊いた事を半ば後悔しつつ、武器を手にする黒鷹。
 それを不思議そうに半笑いで見る旦毘。
「嬢ちゃんも戦うんだ?」
「当然だろ…って!嬢ちゃんじゃねぇよ!!ドサマギでからかってんじゃねぇ!」
「いや、ワザトと違うんスけど。悪ィ悪ィ。だが、加勢は無用だと思うね」
「はぁ!?ついこの間まで、アイツ昏睡状態だったんだろ?」
「黒鷹も外へ」
 縷紅が言った。
「私の心配は無用です。あなたは、隼を」
「そーゆーこった。俺の弟弟子はこんなとこで負ける程弱かねぇよ」
「――分かった」
 旦毘は既に牢の出口に向かっている。
 と、突然槍を振った。
 音をたてて叩き落とされたのは、苦無。
「くのいちさんよぉ、病人狙うのはちと卑劣とちゃう?」
 小さな扉を潜りながら、彼は続ける。
「まぁ、殺させねぇけどよぉ」
 旦毘に続いて通路に出た黒鷹は、床に下ろされた隼に駆け寄った。
「よくここまで持ったものだ。しかし時間の問題だな」
 朋蔓が脈を取りながら言った。
「遅れて済まなかった。だが君が本当にここまで来るのもいかがなものかと思うが。縷紅の言った通りだな」
「何て?」
「“黒鷹も同じ事をしているでしょう”と。縷紅も我々が止めるのを聞かず、ここまで来てしまったのでな…」
「縷紅が…」
 ざくり、と肉の切れる音。
 肩から血が零れ落ちる。
「傷が痛むの?動きが鈍ってるわよ」
 左肩を右手で押さえる。その傷より、塞がりきっていない背の傷が痛んだ。
 姶良から間合いを取る。
「素直に加勢を頼めば?手練が三人も居るのに」
「貴方には自分の実力だけで勝ちたい」
 言うなり、左手から何かを放った。
「――!?」
 飛んできた物を剣でなぎ払う
 からん、と手裏剣が二枚、床に落ちた。
 その間に縷紅は姶良に斬りかかっている。
「こんな事で私を出し抜けはしないわ」
 再び剣を交えつつ、姶良が言う。
 一方縷紅は口元で笑み、言った。
「貴女に習った技ですよ?」
 姶良ははっとして背後を見た。
 三枚目の手裏剣が迫っている。
 彼女は横に跳んでそれをかわした。
 それに伴って縷紅も付いて行く。動きを予測していたかのように。
 やがて両者の動きが止まった。
「こちらに寝返っては頂けませんか」
 姶良の目の前に剣を止めて、縷紅が問う。
「戦いを避けたい?…まだ子供のつもり?甘いのよ」
「分かっています。でもそれは貴女も同じ」
「――そうね」
 言って姶良は苦無を投げた。
 避けようとして、背中の痛みが邪魔をした。
 苦無は顔を掠め、崩れた縷紅に切先が迫る。
「だから私はあなたを殺す」
 形勢が逆転し、彼は低い体勢のままじりじりと後ろに下がった。
「縷紅!」
 黒鷹の叫びが遠く聞こえる。
 その時、床に付いた手に何かが触れた。
 背中ごしに、手だけでそれが何かを探る。
 先刻、姶良が旦毘と隼に向けて投げた苦無。
 左手でそれを持ち、姶良の剣の下を潜りつつ投げた。
 それを彼女がかわしたかどうかまでは見ず、右手の剣を思い切り前へ突き出し――
 奇妙な感触が手に伝わる。
 ずぶりと、吸い込まれるような。
 上から――彼女が吐いた血を浴びて、やっと気付いた。
 ――やってしまった、と。
 剣を引き抜くまでの一瞬が、途方も無く長い。
 どさりと、姶良が倒れた。
 己にかかった血が、冷えていく。
「…縷紅」
 絶え絶えの息に振り向く。
 彼女は倒れたまま、懐から液体の入った瓶を取り出した。
「これを隼に…。半日は持つわ」
 縷紅は瓶を持つ姶良の手をしっかり握って、深く頷く。
 それを見て、彼女は安堵したように微笑んだ。
「“守る為に”…って…残酷なモノね…」
「…逆に私は鬼になったような気がします。どんな理由で誰を殺す事よりも」
「それでいいの…きっと」
 紅い池の中に、ぽとりと透明な雫が落ちる。
「感情なんて消せないものね…。人間は脆いわ…」
「――はい」
「あなたと出会った時…この子は強くなると思った…。当たったでしょう?期待通りに…私を殺してくれた」
「姶良」
「隼に伝えて…。剣の稽古は楽しかった、って」
 すっと、姶良は目を閉じる。
「こんな世界…変えてね、縷紅。出会わなければ良かったのに…」
 “さよなら”は声にならなかった。
 縷紅の手の中にあった姶良の手が、急に重みを増す。
 温度はゆっくりと去っていく。
 出会わなければ?
 それでもこの命を奪っている事には変わりないだろう。
「…ただ殺しているより、マシだと思いますよ…」
 “出会わなければ良かった”など、言わないように。
 せめて誓おう。彼女に。
 世界を変える、と。




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