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RAPTORS

 それは十年程前――彼が城に出入りする以前の事。
 司祭の孤児院に、一人の女性が働く事になった。
 王家専属の司祭である彼は、仕事が忙しく、子供達を一人で見きれない為だ。
 その日も司祭は院を空け、彼女一人で子供達を世話していた。
「遊ばないの?」
 遊びに夢中の子供達を背に、彼女は寝室を覗いた。
「あんなのつまらない」
 その中に一人居た子供は、可愛げも無く答えた。
「まぁ、男の子にままごとは合わないかな」
 実際には男の子も二、三人混じって遊んでいる。
「そう言えば君いっつも独りだね?寂しくないんだ」
 子供は特に何も答えない。それが普通だと言わんばかりに。
「強い子だね。名前は?」
「…ハヤブサ」
「そっか。強そうな名前だね」
「別に…強くない。一日中寝てなきゃいけないヤツが、何で強いんだ?ワケわかんねぇ病気にかかってさ」
「病気?」
「前よりだいぶ良くなったけど。…どーせアンタも俺の事、変だと思ってんだろ」
 確かに真っ白な髪も緑の瞳も、彼女は生まれて初めて目にした。
 ――この国の子じゃない。
 彼女もそこまでは察しが付いた。
 彼の孤立の原因も、そこにあるのだろう。
「じゃあさ、どうやったら皆と一緒に遊ぶのかなぁ?」
 思考を変えてそう尋ねると。
「それは、仕事が楽になるから?」
 コイツ本当に六歳児か!?
 内心で激しく疑いながらも、この態度を見ては目的も諦めざるを得ない。
「…何か、欲しい物はある?」
 隼は少々考え、
「放っといてほしいな」
 これまた可愛げの無い返答をして、彼女に扉を閉めさせた。
 それから数日経った。
 彼女が見た限り、隼はいつも孤立していた。他の子供達も彼を嫌っているのは明らかで、言葉を交わす事すら無い。
 良く言えば大人びた、率直に言えば相当横柄な性格も、確かに一因である。しかし、主たる理由はやはりその容姿であった。
 隼は気にした風も無く、孤立に甘んじている。
 ――それでも子供には違いないのだ。時に集団にじっと視線を注いでいる。
 決して孤独が好きな訳でも、慣れた訳でもない。
 彼女が「一緒に遊べば?」と煽ると、視線を逸らし、「何で?」と言い返す。
 欲しかったのは「理解者」。
 自分自身が何者なのか分からず、孤独を持て余す事を、誰かに理解して欲しかった。
 再び彼女は子供達の遊ぶ声を背に、寝室を覗いた。
 そこには木刀を構えた隼が居た。
 よほど集中しているのか、扉が開いた事に気付いていない。
 木刀を振り上げようとした時、その背がビクリと震えた。
「居たんだ」
 振り向きながら彼は言った。
「存在薄いからね、私」
 彼女は開いたままの扉に背を預けて言った。
「司祭には言わないで。止められるから」
 彼にしては大人しい口調で、木刀を指す。
 それほどに、司祭に窘められる事や木刀を取り上げられる事を恐れている。
 司祭にしてみれば、隼の病を案じて激しい運動は止めていたし、自身が宗教家である以上、乱暴な事に加担させたくなかったのだろう。
 隼もそんな事情は言い聞かされて何となく分かっていたのだが。
 彼には目的があった。
 『強くなる』、と。
 捨てられ、傷付けられ、差別され続けてきた。恨む訳ではないが、許せる筈も無い。
 増してや、心を許す事など誰にも出来ない。
 己しか信じられぬなら、独りでも生きられる程、強く。
 それを知ってか知らずか、彼女は笑った。
 初めて見た子供らしい態度が、意外であり、可愛らしかった。
「言わない。黙っててあげる」
「ほんと?」
「そうだ――相手してあげようか」
 思わぬ申し出に、隼はキョトンとした。
 抜けるような青空の下、二人は向かい合う。
 彼女は手に、真直ぐで長く、太めの枝を持った。木刀の代わりだ。
「そんなのでいいのか?」
 隼の方がむしろ不満気に訊いた。
 自分を嘗めているのか、そんな悪気は無くとも相手にするには間の抜けた感がある。
「だって木刀がもう一本無いんじゃ仕方無いでしょ?」
 “遊びじゃない”とブツブツ呟きながらも、彼は木刀を構えて飛びかかった。
 彼女は内心で驚きつつもかわし、枝を横に滑らせて脇を狙う。このタイミングなら完全に当たると思った。
 しかし隼はその下を潜り、屈んだ態勢のまま背後に回っていた。
 背中の痛みで彼女は負けを知った。
「…打つ時はもーちょっと手加減してほしーなー…」
 いくら子供の力とは言え、木刀だ。かなり痛い。
 振り向くと、少し得意気な笑顔があった。
 そんな調子で、気付くと空の青が赤に変わりつつある。
「ちょっと、休憩」
 先に息が上がってしまい、子供の体力の限界の無さを知る。
 疲れ知らずと言っても、実際は夢中になるあまり気付いてないだけなのだが。
 隼は座り込む彼女を焦れたように見ていたが、やがて諦めたのか、自身も草むらの中に寝転んだ。
 目の前いっぱいに、赤とも青とも言い難い、微妙な紫が広がった。
 綺麗だった。
「俺、外に出たの初めてだ…」
 ふと、思い出して彼は呟く。
「こんなに空って広かったんだな…」
 息をつきながら、彼女はゆるゆると隼を見た。
 緑の瞳は、空に吸い寄せられている。
「夕飯の支度、しなくちゃ」
 言って彼女はやっと立ち上がった。
「帰ろ、隼」
「…いい。後で行く」
 まだ空から視線は外さない。刻々と変化するものを捉えるように。
「じゃあ、夕飯までには帰ってね」
「分かった」
 彼女は歩き出した。
 ――あんな素早い動きが出来るなんて…
 先刻の打ち合いの事を思い出す。
 あの子は、強くなる。戦力として。
 しかしそれを本人に伝える事は、彼女にとって恐かった。

 それから数ヶ月後、彼女の姿は孤児院から消える。



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あきゅろす。
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