RAPTORS
7
それは十年程前――彼が城に出入りする以前の事。
司祭の孤児院に、一人の女性が働く事になった。
王家専属の司祭である彼は、仕事が忙しく、子供達を一人で見きれない為だ。
その日も司祭は院を空け、彼女一人で子供達を世話していた。
「遊ばないの?」
遊びに夢中の子供達を背に、彼女は寝室を覗いた。
「あんなのつまらない」
その中に一人居た子供は、可愛げも無く答えた。
「まぁ、男の子にままごとは合わないかな」
実際には男の子も二、三人混じって遊んでいる。
「そう言えば君いっつも独りだね?寂しくないんだ」
子供は特に何も答えない。それが普通だと言わんばかりに。
「強い子だね。名前は?」
「…ハヤブサ」
「そっか。強そうな名前だね」
「別に…強くない。一日中寝てなきゃいけないヤツが、何で強いんだ?ワケわかんねぇ病気にかかってさ」
「病気?」
「前よりだいぶ良くなったけど。…どーせアンタも俺の事、変だと思ってんだろ」
確かに真っ白な髪も緑の瞳も、彼女は生まれて初めて目にした。
――この国の子じゃない。
彼女もそこまでは察しが付いた。
彼の孤立の原因も、そこにあるのだろう。
「じゃあさ、どうやったら皆と一緒に遊ぶのかなぁ?」
思考を変えてそう尋ねると。
「それは、仕事が楽になるから?」
コイツ本当に六歳児か!?
内心で激しく疑いながらも、この態度を見ては目的も諦めざるを得ない。
「…何か、欲しい物はある?」
隼は少々考え、
「放っといてほしいな」
これまた可愛げの無い返答をして、彼女に扉を閉めさせた。
それから数日経った。
彼女が見た限り、隼はいつも孤立していた。他の子供達も彼を嫌っているのは明らかで、言葉を交わす事すら無い。
良く言えば大人びた、率直に言えば相当横柄な性格も、確かに一因である。しかし、主たる理由はやはりその容姿であった。
隼は気にした風も無く、孤立に甘んじている。
――それでも子供には違いないのだ。時に集団にじっと視線を注いでいる。
決して孤独が好きな訳でも、慣れた訳でもない。
彼女が「一緒に遊べば?」と煽ると、視線を逸らし、「何で?」と言い返す。
欲しかったのは「理解者」。
自分自身が何者なのか分からず、孤独を持て余す事を、誰かに理解して欲しかった。
再び彼女は子供達の遊ぶ声を背に、寝室を覗いた。
そこには木刀を構えた隼が居た。
よほど集中しているのか、扉が開いた事に気付いていない。
木刀を振り上げようとした時、その背がビクリと震えた。
「居たんだ」
振り向きながら彼は言った。
「存在薄いからね、私」
彼女は開いたままの扉に背を預けて言った。
「司祭には言わないで。止められるから」
彼にしては大人しい口調で、木刀を指す。
それほどに、司祭に窘められる事や木刀を取り上げられる事を恐れている。
司祭にしてみれば、隼の病を案じて激しい運動は止めていたし、自身が宗教家である以上、乱暴な事に加担させたくなかったのだろう。
隼もそんな事情は言い聞かされて何となく分かっていたのだが。
彼には目的があった。
『強くなる』、と。
捨てられ、傷付けられ、差別され続けてきた。恨む訳ではないが、許せる筈も無い。
増してや、心を許す事など誰にも出来ない。
己しか信じられぬなら、独りでも生きられる程、強く。
それを知ってか知らずか、彼女は笑った。
初めて見た子供らしい態度が、意外であり、可愛らしかった。
「言わない。黙っててあげる」
「ほんと?」
「そうだ――相手してあげようか」
思わぬ申し出に、隼はキョトンとした。
抜けるような青空の下、二人は向かい合う。
彼女は手に、真直ぐで長く、太めの枝を持った。木刀の代わりだ。
「そんなのでいいのか?」
隼の方がむしろ不満気に訊いた。
自分を嘗めているのか、そんな悪気は無くとも相手にするには間の抜けた感がある。
「だって木刀がもう一本無いんじゃ仕方無いでしょ?」
“遊びじゃない”とブツブツ呟きながらも、彼は木刀を構えて飛びかかった。
彼女は内心で驚きつつもかわし、枝を横に滑らせて脇を狙う。このタイミングなら完全に当たると思った。
しかし隼はその下を潜り、屈んだ態勢のまま背後に回っていた。
背中の痛みで彼女は負けを知った。
「…打つ時はもーちょっと手加減してほしーなー…」
いくら子供の力とは言え、木刀だ。かなり痛い。
振り向くと、少し得意気な笑顔があった。
そんな調子で、気付くと空の青が赤に変わりつつある。
「ちょっと、休憩」
先に息が上がってしまい、子供の体力の限界の無さを知る。
疲れ知らずと言っても、実際は夢中になるあまり気付いてないだけなのだが。
隼は座り込む彼女を焦れたように見ていたが、やがて諦めたのか、自身も草むらの中に寝転んだ。
目の前いっぱいに、赤とも青とも言い難い、微妙な紫が広がった。
綺麗だった。
「俺、外に出たの初めてだ…」
ふと、思い出して彼は呟く。
「こんなに空って広かったんだな…」
息をつきながら、彼女はゆるゆると隼を見た。
緑の瞳は、空に吸い寄せられている。
「夕飯の支度、しなくちゃ」
言って彼女はやっと立ち上がった。
「帰ろ、隼」
「…いい。後で行く」
まだ空から視線は外さない。刻々と変化するものを捉えるように。
「じゃあ、夕飯までには帰ってね」
「分かった」
彼女は歩き出した。
――あんな素早い動きが出来るなんて…
先刻の打ち合いの事を思い出す。
あの子は、強くなる。戦力として。
しかしそれを本人に伝える事は、彼女にとって恐かった。
それから数ヶ月後、彼女の姿は孤児院から消える。
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