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RAPTORS

 夜――
 隼は基地のあった場所の側で敵を待った。
 広い平原の中で一人立っている。敵が来ればすぐに気付くように。
 静かだった。
 嵐の前の静けさ――嵐が近付いて来ている事を予感させぬ静寂だ。
 あの頃のようだと、隼は思った。
 五年前、落城した城跡に佇むより無かった、あの頃。
 昼間は天の兵が瓦礫を片付けているお陰で近寄れはしなかった。来るのはいつも夜、調度こんな時間だ。
 危険を冒してまで来なければならない理由は何も無い。来て何をする訳でもない。ただ、こうして佇むだけ。
 ――ただ、心のどこかで。
 待っていた。あの声を。
 有り得ないと知りながら。
 もう二度と聞く事の無い声を。見る事の無い笑顔を。
 今と、同じに。
 クロ――心の中で呼び掛ける。
 悔いてなどいない。これから先、何があっても後悔は無い。
 黒鷹を命懸けで守らねばならぬ理由が、隼にはある。
 あの時、城に行かせてしまった。
 何も疑う事無く、命じられるままに、敵の占拠する城へ行くよう誘導してしまった。
 悔やんでも悔やみきれない大きな過ち。
 それを、今、命でもって購うのだ。
 何も悔いは無い。
 ただ、アイツが無事で居てくれれば、それで――
 がさがさと落ち葉を踏み歩く音。
 さして警戒もせず、横目だけ向けて相手を確認する。
 闇から現れたのは、隼のよく知った根の人間――栄魅。
「行列に加わらなかったわ」
 彼女は隼の顔を見て、さばさばとした口ぶりで言った。
「何やってんだよ、危ねぇぞ」
「それはこっちの台詞。そんな勝手な事していいの?」
「俺はもう地の奴らとは関係無い。何しようと勝手だ。…何故残った?危ないと分かっていながら」
「私が地の民に混ざって逃げて、何の利点があるって言うの?」
 “どういう事だ?”と、隼は眉をひそめた。
「あなたには協力してもらわなくちゃいけないもの。私の復讐のね。その為に今回は手伝ってあげる」
「…ふーん」
 他人事のように受け流す。
「冷たい人」
 言われた隼は“違いない”と、どこかで思っていた。
「“死んだらどうするんだ”って、言ってくれないんだ?」
「別に、俺は困らない。今更手伝うなっつっても、効果無いだろ?」
「…まぁね。でもホントに冷たいなぁ。王様にはそんな事言わないでしょ?」
 実際、死なれると困るから、自分が今ここに居るわけだが。
「戦えるのか?」
 隼はさして関心も無さそうに、空を仰ぎながら至極当然の事を訊く。
「あの女を討つ為にここに居るのよ?馬鹿にしないで」
「なら、いい。足手まといは要らねぇからな」
「そんなにハッキリ言わないでよね」
 ムッとして栄魅が言う。彼女自身も否定しきれないのだが。
「言っておくが、俺はアンタを助けねぇぞ。死んでも自業自得だ」
「いっちいち癇に障るなぁ。その台詞そっくり返してあげる」
「上等だ」
 隼は冷笑とも不敵ともつかぬ笑みを見せて言った。
「ねぇ」
 彼の表情を見て、ふと疑問を抱く。
「そこまでして地を守りたいの?それとも天を滅ぼしたいの…?」
 隼は真顔で口を閉ざし、少し考え、
「両方だ」
と言い切った。
「何故?」
「俺は黒鷹しか居場所が無くってな。奴が死ねば地は滅びる。地が滅べば奴は死ぬ…。地を守る事が俺の命題であり、黒鷹を守る事が皇后陛下への恩返しだと思っている」
「皇后の恩って?」
「俺に名前をくれた人だ。黒の側近に命じて下さった恩もある」
「名前って“隼”っていう?そう言えば王様の名前も鳥ねぇ」
「――天の上を飛ぶ。自由の名だよ」
 彼には珍しい、純粋な微笑を浮かべる。
「いつか、あの空をも自由に飛べるように。――天との戦が無くなるように、と…」
「…だから、戦うの?」
 微笑は掻き消え、空虚のような無表情が残った。
「…そんな立派な理由じゃない。俺は名に欺いた」
「天を滅ぼしたい…理由?」
「ああ。復讐だ」
 怒りすら見て取れぬ無表情が、却って恐い。
「…何の?」
「そこまで教える義理は無い」
「いいじゃん、別に」
 栄魅はふくれっ面を作って言ってみるが、深く追求はしない事にした。
 隼には口を割る気配が無い。
――俺のせいで死んだヒトだ。
強ければ。
「もしかして…最初に言ってた“いいヤツ”って人の事?殺された…とか…」
 隼と栄魅が出会った時、彼が言った言葉。
 “たまにはいいヤツも居るんだよ、そうでなきゃ俺達は生きていない”と。
 隼は何も言わない。
 彼女はそれを肯定と受けた。
「命の恩人?」
「いや…そんなのじゃない」
 ――肉親のような人。
 そう答えようかと思ったが、やめた。
 平穏な空に、憎い国が望める。
 鳥が一羽、空高く舞っている。





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あきゅろす。
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